7、年下の男の子
バイロン侯爵のメイドであるルカとの会話で、思ったよりも時間が経っていたようだ。すっかり昇った朝日を浴びながら、寮から見知った顔が駆け寄ってくる。
「ユージンくん見つけた、部屋まで行ったのに居ないから探したんだよ。なんで朝からルカさんと一緒なの」
冬子はすでにバッチリと支度を終えていた。ついでに寝癖のついたままの紅と、すでにロードワークを終えたらしい浩介も一緒のようだ。紅は眠た気にまぶたを擦りながらルカを見上げた。
「あり得ない。最初期から登場しているワタシの出番が激減しているのに、また新しい女。ギルティ?」
ポーカーフェイスの二人が並ぶ。
(おお、やっぱり紅の表情は分かるぞ!良かった)
ユージンは二人の顔を見比べる。
(これは怒ってる時だな。ん?良いのかこれ)
そんなユージンを救ったのは、またしても浩介である。
「今日から学院に通うんだよな。何だかつい最近まで普通に学生やってたのに凄い違和感だよ」
「あっ、分かる。何だろう、そう言えばわたし高校生だったなーって。この世界に来てから勉強なんて一度もしていないし」
「学生、逆に新鮮。でもちょっと心配」
みんなの興味は本日訪問予定の学院に移ったらしい。ユージンは苦笑しながら言う。
「お前らでそんなんじゃ俺はどうなる。1回も経験ないぞ」
「ご安心下さい。異世界人の皆様が編入されるのはこの学院でも1番上のクラス。1000人以上いる生徒の中でも最高の頭脳と能力を持つ者しか入れないクラスで御座います。最高の教育をお約束します」
「ぎ、逆に心配が増えたわ。ついていけるしら」
「私たちより問題はユージン」
紅のツッコミは的確だ。冬子たちは不安そうだが大丈夫だろう。彼らは元々いた世界でも、トップクラスのエリートだと聞いている。つまり元の世界でも学業の得意な面々なのだ。良質な教育を勝ち取ってきた彼らは、学院にもすぐに慣れるはずである。
一方ユージンの方は先生といえば、セクハラ親父こと村長と、気にいらなければすぐに手習の場から叩き出すミレーユ婆さん。あとは自力で読んだ本の数々。ひどい授業風景を思い出せば不安しか感じない。
「でもユージンと同じクラスになれるのは楽しみだな。慣れない学生の身分は俺がフォローするって」
持つべきものは地雷臭のしない友である。ユージンは笑顔を取り戻して頷いた。そういえば、最初に仲良くなった異世界人はこの3人だ。その友達と同じ学院に通うのは、ほんの少しだけユージンの心を浮き立たせた。
(ものすごく行きたくないけど、コイツらがいれば俺も学生さんたちと上手くやれるかも)
そんな事を考えたのが悪かった。ユージンは引きの悪い男なのだという事を、近頃すっかり忘れていた。
「はあ?何を仰っているのですか。ユージン様は学院の最低ランクの学級ですよ」
「へっ?」
「えっ!」
「うそっ!」
「あっ!」
4人揃って間抜けな声が出た。ルカさんが続ける。
「当たり前でしょう。どこの世界にユニークギフト持ちの集団と、無能力の農民を同じクラスにする教育者がいるんです」
ユージン目眩を覚えた。知らない世界に一人で足を踏み入れねばならない。
だがその心の片隅で、ほんの少しだけ安堵もあった。
「で、でも。ということはエリートばかりじゃなくて、落ちこぼれにも優しいってことですよね」
いちばん能力の低い集団なら、ユージンでも座学くらいはついていけるかもしれない。それは一縷の希望に縋った質問だった。
「ええ、学院の問題児たちを唯一受け入れる学級で御座います。能力が低いものだけでなく、よそで問題を起こした生徒や数10年もの間1年生を繰り返している生徒もいるそうですね。あ、あと噂では監獄からギフト通信教育を受けている生徒も……」
「帰ります。すぐ畑に行かないと死ぬ病気に明日かかる予定なので帰ります」
全員ドン引きである。さらっととんでも無いことを言うルカに、ユージンの心は完全に折れた。
うん、もうね、おかしい事だらけだよね。俺はね、真ん中ぐらいが好きなの。可もなく不可もなく。でも頑張って少しくらい上を目指してみる。ダメな時は支え合う。そういう学園生活で十分なの
そりゃあ問題児の一人くらいはいてもいいよ?所謂不良生徒。問題は起こすけど実はいい奴とか鉄板だよね。
あと留年してる先輩同級生だな。最初は敬語だけど卒業する頃には敬意を払いつつ、同じクラスメイトとして肩を叩き合えたら最高じゃないか。
でもな。
「監獄からってアウトだろーが!実はいい奴どころか既に罪犯しちゃってんじゃん、全力でダメな方の院に入ってんじゃん」
「はあ」
「あとな、先輩同級生。そういうのは一年だから許容範囲なんだ。もって2年!数十年ってもうおじさんじゃん!敬語どころかビジネスマナー必要じゃん!」
(無理無理無理無理。濃すぎる。俺にはクロノ村が1番あってる。短い付き合いだったが学生生活楽しめよ、みんな)
「何をこのくらいで驚いているのですか。他にも色々いますよ、例えば」
「ストーップ!登校する前から登校拒否になるわ!」
「残念です。貴方にピッタリかと思ったのですが」
「アホか。んな奇人変人と俺を並べないでください」
叫びすぎて息が苦しいが、ユージンとしてはそれでも言い足りないくらいである。しかし隣の冬子がユージンに負けないくらいの大きな声をあげる。
「ちょっと待ったー!今なんか1年生って言わなかったかしら?」
冬子の言葉に、浩介と紅も変な顔をして頷いている。
「ああ、学院って年齢別なのか。それじゃ仕方ない」
ユージンの感覚では、勉強会というのは村の物知りが開く教室に自由意志で参加するものである。だから歳も性別も関係なく村人は集まっていた。
しかし王立学院ともなると、もっと厳密なクラス分けがあって然るべきなのだろう。
納得するユージンをよそに、3人は尚もルカさんに詰め寄った。
「まったまった、ユージンくんって今幾つなの?」
「ユージン様は16歳。高等科の1年生で、貴方達3年生とはそもそも同じクラスにはなり得ません」
「「「年下あぁぁぁぁ!!??」」」
3人の叫び声は、寮の生徒全員に届いたという。
こうして、ユージンの初めての学生生活が始まるのだった。




