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異世界転移 された方はたまったもんじゃありません  作者: あいば村
王立学院編 (入学)
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2、謁見

 ウィンチェスター城は歴史の古さだけではなく、その美しさでも近隣諸国に名を轟かせている。


 円形状の天井に尖頭アーチ。ステンドグラスから差し込む光に、精巧なレリーフをあしらった柱。そのひとつひとつに、高い芸術性と重い歴史の重厚感を漂わせている。そんなひとつひとつに目を奪われながら門を潜る。


 王城に着いたユージンたちは、早速玉座の間に通された。


 ウィンチェスター王家を象徴する剣と鐘楼を象った、この国の最高権力者のみが座れる椅子。

 そんな玉座には当然、ウィンチェスター王の姿がある。


 まだ50代のはずだが、こけた頬と艶の失われた長髪はずっと年老いて見える。ただ落ち窪んだ眼球だけは、爛々と強い光を放っていた。


(あれが王様か、怖そうだな)


 王を前にして、ユージンは場違い感でキリキリと痛む胃を抑えた。すでに帰りたくなっている。


 玉座の隣に控えているのも雲の上の身分の人だ。第一王女のセリル姫だろう。見目は噂通りの美しさだが、退屈そうに自分の髪をいじっている。


 一段下がった位置には騎士団長のグレンが控えている。玉座の間で会うグレンはいかにも王の騎士といった風情で、村で話していた時のような気軽さは微塵もない。


 玉座を挟んだ反対側では、身なりの良い貴族風の男が頭を下げていた。間の抜けた口髭は成金風で、こちらを値踏みするように伺っている。


 慣れない雰囲気が落ち着かなくてキョロキョロとしていると、ユージンの目に信じられないものが飛び込んだ。


 最高権力者である王の玉座の間だというのに、その後ろを畏まる様子もなく平然と歩く女道化師が居るのだ。


 初めは見間違いかと思った。しかし道化師は目が合うとにっこりと笑い、ユージンに向かってひらひらと手を振ってくる。


(偉い人の考えていることはよく分からん)


 そう思いつつも、一応手を振りかえしておく。この辺りでユージンは開き直った。すでに異世界人を王の御前に送り届けるという仕事は完遂していて、これから先の話はほとんど他人事である。


 気の抜けたユージンの頭上から、嗄れた王の声が降ってきた。その声はユージンに、ひどく刃毀れしてざらついた刃物を連想させた。


「よくぞ参った異世界の友よ。我が招きに応じてくれたことにまずは感謝する」


 気を抜いていたユージンは、慌てて床に這いつくばる。それはもう条件反射のようなものだった。

しかしさすがは勇者である。マツダは余裕すら感じさせる声で応えた。


「こちらこそ光栄です陛下。私が勇者マツダ、このパーティのリーダーです」


 冬子が隣で露骨に不愉快そうな顔をしている。きっといつ決まったか分からないリーダーという言葉が気に入らなかったのだろう。ユージンは部外者なので異論はない。


「ほう、では君が盗賊の首領を倒したという勇敢な若者か。余がこの国の王ウィンチェスター十三世である」


 余とか本当に言うんだ。変な所で感動しているユージンは、完全にスイッチを切っている。


「さて、まずは君たちをこの世界に呼んだ理由について話そうか。ギフトにまつわる神話は知っているかね」


「いえ、わかりません」


「そもそもギフトとはなんぞや?それは遠いこの空の果て。天空に住まう神々が力なき人間を哀れみ、授けたもうた恩恵だと伝えられておる。ウル、聞かせてやりなさい」


 ウルと呼ばれた道化師が玉座の横から飛び跳ねて、ユージンたちの前に降りてくる。この場に似合わぬ軽妙な動きだった。


「アタイちゃんの出番だね」


 道化師は歌うように語り出す。その姿は何故か美しい神話の一幕のように見えた。





 これは昔々のお話です。この世界にまだ、空と大地しかなかった頃のお話。

 空の上には楽園がありました。そこには美しくて無垢な神さまたちが住んでいました。


 一方地の底にはそれ以外の者が蠢いております。

 不純で、欲望を追求する者達です。神々はこの穢れた存在が大嫌いなので、地の底には絶対に近づきません。

 そこには善なるものは何も無く、ただ苦痛と悲しみだけが渦巻いているのです。


 神々はずっと目を逸らしてきました。誰だって汚いものは見たくないのですから当然です。

 だけどそれから長い、長い、とても長い時間が過ぎました。不純なものしか無かった地の底に、別の存在が生まれていたのです。


 それが今ここにいる私たちです。人間や獣人、妖精族や草人。彼らは悪ではありません。

 善なる存在でした。でもちっぽけで悲しくなるほど弱々しい存在でした。


 彼らは苦しんでいました。混沌と穢れの中で、その善なる魂を必死で守り続けています。

 ずっと目を逸らし続けていた空の上の神様は、ようやくその弱々しい声に気付きました。


 そしてその哀れで美しい善なる魂のために、7粒の涙を零したのです。それは大粒の雨となって地の底に降り注ぎました。するとその雨を浴びた善なるものの中から、不思議な力を使う者が出てきたのです。


 それこそが神様からの贈り物。ギフト。


 世界に福音の鐘が打ち鳴らされました。

 ギフトに目覚めたもの達は、その力を持って混沌を地の底のさらに奥。世界の狭間へと追いやったのです。


 こうして地上にも、平和な楽園が生まれました。





 ウルのお伽話が終わったあとも、しばらく場は静まり返っていた。幼子でも知っている話で、ユージンも絵本で読んだことがあるくらいだ。しかし道化師の口から朗々と歌われると、不思議と荘厳な神話の物語に聴こえた。


 語り終えたウルの瞳はなぜか哀しげで、遠い空の神々を思うように高い天井に向けられていた。


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