39.残念ながら巻き込まれた農民の苦悩はまだまだ続く
集会場には軽やかな空気が流れていた。すでに異世界からの客人は全員集まっていて、甲冑姿の騎士もちらほらと見える。何人かの村の子供たちが、その様子を物珍しそうに眺めていた。
大半の人の顔色は明るい。盗賊の危機が去ったのもあるが、王都からの返事にも期待しているのだろう。
人は大きな物の庇護下に入っていないと不安なのだ。今回のように盗賊に襲われた時など、王国の支配下だからこそ騎士団が助けに来る。
翻って彼らを考えてみれば、税金を納めている訳でもない。住んでいたわけでも無いから、当然王国の民ではない。いわば難民状態なのである。しかもニホンという国では、彼らぐらいの年であれば親の庇護下にあるのが普通だというではないか。であれば相当心細かったであろう。
だが王国が正式に迎え入れてくれれば、状況は一変する。彼らはいわば国賓として守られるであろう。何の後ろ盾もなく知らない世界にいるよりは、精神的にも随分楽になるはずだ。人間は衣食住に不安があると落ち着かない。
そう思えばマツダにだって不安はあったはず出、少しくらいは大目に見てやるべきかもしれない。そんなことを思いながら、ユージンが人だかりの中に足を踏み入れた時だった。その場に立っていた騎士に、ユージンは腕を掴まれた。
「貴様、ここは今から勇者様とその一行への、王からの大切な話があるんだ。野次馬はさっさと失せろ」
野良犬を追い払うように言う騎士。 男の目には明らかな、農民への侮蔑があった。騎士とはいえ中には貴族の次男坊などもいる。それなりに地位のある家庭で育ったのだろう。ユージンとて来たくて来ているわけではない。だがグレンに約束した手前、黙って帰るのも申し訳ない。
「グレンさんに俺も呼ばれて来たんですけど」
事実を伝えてみる。
「嘘をつけ。お前のような貧相な、特徴のない、農民の見本みたいな奴が、異世界から来た方々と関係あるわけないだろう。団長の名まで使いおって。」
一度は来た。そして騎士団に伝えた。筋は通しただろうと思い、ユージンは踵を返した。本気で立ち去るつもりだったのだが、それを引き止める者が現れた。
「待ってください。その農民はあの場にいたものです。恐らくそれでグレン殿も呼ばれたのでしょう」
人垣の中から現れたのはマツダだった。
「それでは盗賊に怯えて震えていた挙句、散々勇者殿の足を引っ張ったという奴ですか」
周囲からああ、コイツか。という冷たい視線を感じる。ユージンはどっと疲労を感じた。
「そう言わないであげて下さい。勿論トドメは私が刺しましたが、彼なりに頑張ったのです」
「勇者殿がそう言われるのであれば。寛大な勇者殿に感謝しろよ」
そう言って、騎士はユージンの腕を放した。ようやく解放された腕をさすりながら、ユージンはマツダの顔を見た。そこに悪びれた様子はない。それどころか、本気で言っているようで恐ろしかった。
どうやらマツダが祭り上げられているのは本当らしい。腹は立ったが、それももう暫くの辛抱だ。異世界人はもうすぐ王都に呼ばれる筈で、どうせもう顔を合わせることもあるまい。
中に入って冬子たちと合流するとすぐに、壇上にグレンが現れた。群衆を見渡すと、ユージンと話していた時とは違う威厳のある声を出した。
「ではこれより国王陛下からのお言葉を伝える」
あちこちで繰り広げられていたお喋りが止み、場に緊張が走る。
「我がウィンチェスター王国は、異世界から来た客人を歓迎する。衣食住その他諸々も、出来る限り要望に応えたいとのことだ。早急に王都へとお越しいただき、国賓としての礼を尽くしたいと考えておられる」
安堵の気配はすぐに群衆に伝播した。中には泣いている少女もいる。少なからず、これから先のことが心配だったのだろう。村にいつまでも世話になれないと考えていた者もいる筈だ。
「さらに、王都にお越しいただいた方々には、我が国の誇るギフテッドの専門学院、王立アカデミーへと招待したいと考えておられる」
王立アカデミー。国中の優秀な人材が集まるこの国の最高峰の学院だ。国王は異世界人をよほど高く買っているらしい。群衆から歓声が上がる。と同時に、ユージンの胸に一抹の寂しさが芽生えた。彼らの栄転は、クロノ村との別れと同義なのだ。
隣で浩介が複雑な顔をしている。冬子や紅の目には決意。
目前の別れを感じ取っているのだろう。
別れの辛さと、楽しかった思い出で涙がこみ上げてくる。
ユージンは短くも濃密な日々を思い返した。
出会った時はそう、畑を吹き飛ばされたんだっけ。
今となってはいい笑い話だ。
村では一緒に仲良く暮らし、尻拭いに奔走した。
大変だったけど、代わり映えのない日常に刺激を与えてくれた。
盗賊に追い回されたけど、一緒に困難に立ち向かった。
生まれて初めての大冒険だ。
おまけに死にかけたな。なかなか体験できない貴重な体験が出来た。
トドメが勇者の足を引っ張った戦犯扱いか。
……。
たまらんわ!!!!涙とか引っ込むわ!はよいけ!
半分本気で半分冗談である。このままごく普通の、畑と向き合うだけと思っていた人生に、子供に自慢できるような冒険譚も作ってくれた。それを抜きにしても良い奴らだった。
だからこれは、普通の農民には出来すぎた経験だったのだろう。彼らはこれから本物の冒険譚や偉業を達成する人々だ。そこに村人Aの出番は必要ない。
ただいつか思い出してくれれば嬉しい。自分たちの最初の冒険に、冴えない農民が居たことを。
「みんな良かったな。短い間だけどありがとな。離れ離れだけど俺は王都に行っても応援してるよ」
別れに際してユージンは、心からの気持ちを伝える。熱いものが目頭に込み上げてきた。
しかし別れを控えたはずの眼前の友人たちは、あっけらかんとして言った。
「何言ってるのユージンくん。私行かないよ?」
へっ?
「興味はない。」
ん?
「わ、わ、わ、私知らない人が沢山いる場所はちょっと……」
「んー、俺もいいや。まだユージンや村の人へ恩も返しきれてない」
ユージンは混乱していた。
「君たちアホなの?綺麗にまとまりかけてたの分かんないかな。俺も本当に悲しいよ、悲しいけどさ」
大概酷い言い草である。
「私はクロノ村に残るわ。大丈夫、農作業だって覚えるし。それで将来はお、お嫁さんになってとか」
「研究はどこでも可能。そして今一番調べたいのはあなた」
「わ、わ、わ、私は慣れたところから動きたくないっていうかその」
「とりあえず、ユージンが回復して畑が元どおりになるまではな」
「お前ら、俺は感動してるよ。そんなに良く思ってくれてるなんて……でもな」
ユージンは感動した。そんなに風に思ってくれるのは嬉しかった。それは事実である。しかし、現実は世知辛い。
「いらん、はよ行け。お前らからはトラブルの匂いしかせん。王都からたまーーーーになら遊びに来てくれてもいいが俺の日常に地雷はいらん」
冷たいかもしれないが、冷静なユージンの理性が叫ぶ。さっさと相応しい場所に行ってくれ、と。
浩介だけなら残ってもいいかもしれない。だがマツダの舌打ち聞こえている。その間にも壇上ではグレンのスピーチが続いていた。
「また、王都への移住には数日かかることが予想される。よって我々は先に引き上げ、この村から王都への案内役はクロノ村農夫、ユージンに命ずる」
?????????
!!!!???
いらんいらんいらんいらんいらん!
小さな親切にビックバン級の大きなお世話である。
「俺は王都になんか行きたくないし、勇者となんか二度と関わる気は無い。あんたらが連れてってくれ」
思わずユージンは、壇上のグレンに叫んだ。
だがユージンの望みは、続く言葉に完膚なきまでに叩き潰される。
「さらに、異世界から来た客人はこの世界に不慣れな点を考慮し、特例として客人の世話係に任命するとともに王立アカデミーへの入学も許す」
「何悪戯っぽく笑ってんですか、男前だなもう!!そんな特例いらん!ギフテッドに囲まれてどうしろってんだ」
「王からの温情である。ギフトを持たぬ身でありながら、学院に立ち入る許可を得たことを光栄に思うが良い。おそらく史上初だぞ?」
その場にユージンの味方は誰も居なかった。悪戯っぽく微笑む騎士団長も、盛大に顔を顰める勇者も。歓喜に沸く友人たちですら、誰ひとり平穏を望む農民の心を理解しては居なかった。
「騎士団長。お言葉ですが私の身にはあまり過ぎる褒美でございます。辞退したくご「やったねユージンくん!これならみんなで行けるよう」
「王都の学院。楽しみ」
「が、が、頑張ります」
「なんだ、ユージンもいるなら話は早いや」
「決意を簡単に変えるのは良くないと思います」
「異論のある者はいないな。では我々は出発しよう。諸君らと王都で再会できる日を楽しみにしている」
全員が、満足そうに声を上げて騎士団を見送る。グレンの締めの一言でその場は御開きとなった。
「異論ならありまくりだわ!!」
特別な人々に囲まれたちっぽけな凡人の叫びは、誰に届くこともなかった。
その後もユージンはゴネにゴネた。だが王命には逆らえない。
村人総出で説得され、ユージンは仕方なく王都への旅立ちを決意したのだった。
☆
旅立ちにはうってつけのよく晴れた日だった。祝福するように、山々から小鳥たちの合唱が聞こえてくる。
村の入り口には、大きな荷馬車が長い列を作っていた。その列の最後尾には、すでに準備を終えた異世界の友人がユージンを待っている。
ユージンは慣れ親しんだ村を振り返った。吹き抜ける風に乗って土の匂いが鼻腔をくすぐる。畑ばかりのこの風景も、垢抜けない村人たちの笑顔も、しばらくは感じられないのだ。
幼馴染のフィルが言う。
「まさか俺より先に、ユージンが村を離れて王都に住むとはな」
ユージンの最優先目標は、この村に一刻も早く帰ることである。
「……むーっ!」
ユフィは未だに機嫌が悪い。事の顛末を伝えたところ、激怒したのだ。王都の学院に行くように説得した時でさえ、あそこまでではなかった。
「ふざけないで下さい。王都の学院に行くことに抵抗した私の努力が水の泡です。大体もうすぐ居なくなると思っていたから許せていたものを、一緒に学生生活を送るなんて論外です」
ほとんど何を言っているか分からなかったが、マツダの事であろう。
「まああんたにゃ丁度いいタイミングかもね」
ミレーユ婆さんには、相変わらず大して気にした様子もない。ユージンは今からでも誰かに代わって欲しかった。タイミングもクソも、そもそも村から出るつもりはなかったのである。
ユージンの旅立ちには、村人全員が集まっていた。偏屈なコロ爺さえ顔を見せている。他にも村長や両親、村のみんなが餞別を色々と手渡してくれる。
いつまでもごねていても仕方がない。名残惜しさを振り切って、ユージンは自分を待つ人の元に歩き出した。
冬や浩介、紅に梓。岬や長沢くん。ついでにマツダや取り巻きたち。他にも沢山の人の期待を背負ってユージンは王都に向かうのだ。
王都での新しい生活への、期待と不安を胸に一歩ずつ進む。
残念ながら割合は、期待1:不安9。
平凡で取り柄のない農民だけど。個性なんかない脇役だけど。それでもユージンの世界はユージンが回すしかない。そしてユージンには、自分を必要としてくれている人たちがいる。
だから進もう。もう暫く、この特別な主役たちと。
でも最後に一つだけ。
お前ら異世界から来たやつはナチュラルに活躍してるつもりかもしれんが、フォローしてるこっちはたまったもんじゃありませんから!
ここまで辿り着いて下さった読者の方々、本当に本当にありがとうございます。これにて第一部完です。この後ちょっとした周囲の反応が挟まって、二部がスタートする予定ですので、今後もよろしくお願いします!
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