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38、真相は知っている人だけが知っていればいい

 清々しい風がカーテンを揺らしている。


 気の置けない仲間たちと談笑していると、不意に部屋の扉を叩く音が響いた。


 両親か、村長が見舞いに来てくれたか。


 そんなユージンの予想は裏切られた。招いき入れた人物は、見慣れない鎧姿の騎士である。鎧は最高級の一品であることが見て取れた。華美さを求めているわけでもないが、重厚感を漂わせている。無数の細かい傷は、くぐり抜けてきた激戦を感じさせる。



「お初にお目にかかる。私の名はグレン。この国の騎士団長をしているものだ。王命によりこの地へ参った。王からの返答を異世界の皆様にお伝えしたいので、集まって頂きたい」


 騎士は30代くらいだろうか。整った顔は若々しく見えるが、騎士団長というからには、実年齢はもう少し上かもしれない。短く刈り込まれた金髪に鍛え上げられた長身。浩介があと数年すれば、似たような雰囲気になるかもしれない。


 いち早く反応したのは、フィルだった。飲んでいたミルクを盛大に噴き出してむせかえる。


「グ、グレンって……グレン=バーネットさんですか!?」


「なんだフィル、おまえ騎士の知り合いなんているのか」


 フィルは口元を拭いながら言った。


「馬鹿ユージン。王の盾だぞ、王直属でこの国最強の騎士団の団長だ。感激だなあ」


 フィルは憧れの存在に会えて、うっとりと鎧の騎士を眺めている。ユージンも、王の盾の名前くらいは聞いたことがあった。こんな田舎町に、子供でも知っている英雄が来ていることが、不思議だった。


「いかにも、王の盾のグレンだ」


 王国は異世界人の話を重く受け止めたらしい。最強の騎士団長が直々に王からの便りを運んできた事実が、友人たちの存在を遠く感じさせた。やはり異世界人とユージンでは、住む世界が違うのだ、と。


 しかし冬子は、ユージンの寝ているベットのシーツをぎゅっと握りしめた。


「あの、私はあとから他のみんなに聞くので」


「俺のことなら気にするなよ。大事な話だ、ちゃんと聞いてきなって」


 ユージンは慌てて冬子に言った。しかしグレンは意外な言葉を、ユージンに向かって投げかけた。


「君にも来て欲しいのだよ。目覚めたばかりで悪いのだが、この世界で一番最初に彼らに出会った君にもね」


 ユージンには理解ができなかった。今後の異世界人の処遇に、自分が関係している要素は皆無である。何か嫌な予感がして、ユージンは体を起こした。


「お断りしま「そういう事でしたら行きます」


 言葉を遮ったのは冬子だった。なおさら嫌な予感が深まった。


「怪我人なんですけど」


「君は私が運ぼう。それでは後程、集会場で」


 その言葉を皮切りに、部屋にいた全員がゾロゾロと扉に向かう。運ばれるのは恥ずかしいので、ユージンは仕方なくベットから這い出すことにした。傷のせいか、三日間も動かしていなかったせいか、体はギシリと違和感を訴える。


 ユージンはもう一度、ベットに体を横たえた。それは痛みのせいではなく、騎士の目が何かを訴えかけていたからだった。




 グレンは壁に掛けてある刀が珍しいのか、じっと見つめていた。傷に偉い人オーラがこたえる。最上級の敬語を検索しても、口をつくのはおかしな事ばかりである。ユージンが緩慢な動作で支度をしているのは、グレンからまだ話があると思ったからだ。けれど小市民たるユージンは、偉い人と同じ空間に居ると胃が緊張で痙攣する。


 出かける支度を整えながら、ユージンはグレンに尋ねた。


「あ、あのーそれで何か御用でございますでしょうか」


「まずは王国を代表して、感謝を述べさせて貰いたい。君のおかげで迅速に異世界人の保護ができた」


 それはユージンだけの功績ではなく、クロノ村全員に送られるべき謝辞出ある。村に褒美とか出ないかな、出来れば畑の損失分くらい。そんなこすいことを、ユージンはぼんやり考えた。


「俺はただ最初に会ったってだけですよ。人質を救出したのも俺じゃなくて勇者ですしね」


 そういう話になっているはずだった。しかしグレンは含みのある笑みを浮かべた。


「その人質の救出について、君にはもう少し詳しく説明する義務がある。どうもあの勇者殿の言うことだけではハッキリしない所が多くてね」


「それじゃまず、勇者と盗賊たちがどんな話をしていたのか教えて下さいよ」


「洞窟に閉じ込められていた盗賊だが、勇者にやられたと言っていた。見た目は冴えない農民みたいだが恐ろしい奴だったとか、パッとしない村人顔の癖に見事な手腕だったとか。私はマツダという少年はなかなかハンサムだと思ったのだがね」


「どうして全部悪口がつくんですかね」


 農民と村人の部分だけでいいのではと思った。ユージンは自分の顔を人並みだと思っている。


「おや、そうして君が傷ついた顔をするのかね」


「いえ、続けて下さい。それで勇者はなんと」


「自分が全てやったと。どうやったか聞いても答えてくれないがね。自分のギフトの全てを人にペラペラと喋るものでもないから、こちらも強くは聞けない」


 当たり前である。洞窟内での出来事は、マツダには見えていないのだから。


「君のことも言っていたよ。洞窟の入り口で震えて入ってこなかったと。だから君の話はまともに聞かないでくれと。恐怖で錯乱していて、足手まといではあったが守りきったとも言っていたな」


(あのやろう。別に手柄を横取りすんのは目を瞑ってやってもいいが、何で悪口まで足してんだ)


「だが君があの場にいた事は事実だ。勇者殿の勇姿を教えてくれないかね。盗賊を一人で倒すほど剣の腕が立つようだね。私も是非手合わせ願いたい」


「ええっと……いやーカッコよかったなー。ひらりとかわして穴熊を何度も切りつける見事な腕前!」


「そうか。穴熊のギフトを封じるためにあの場所を選ぶなど、知恵も兼ね備えているようだ」


「そうそう!あの作戦を聞いた時はびっくらこきました!」


(何で俺があいつを必死で褒めにゃならんのだ。傷に障るわ!あと手合わせは勘弁してあげて下さい。多分あいつ泣きます)


「おっと、報告では穴熊は一刀の元斬り伏せられていたのだった」


(あっ、そーだったわ。やった張本人が間違えた。やべっ)


「ひらりとかわす所まででした!それで一太刀でこう、バサーっと!」


 ユージンは必死で軌道修正を図る。


「そうだ、勇者殿は聖なる力で邪悪なギフトを押さえ込んだとも言っていた」


(何カッコつけてんだあいつ)


「……あの場所は神聖な場所でござる」


「あの禿げた山肌がかね」


「もー超しんせーです。あの場所なら真冬に全裸で一晩ころげ回っても風邪ひかないって伝説があるくらい」


 だんだんアホらしくてなってきて、ユージンの返答も適当になってきた。


「そうか。では最後の質問だ」


「穴熊の傷跡は明らかに勇者殿の持つ剣の形状ではない。そう、もっと切ることに特化したような、変わった剣だと思うんだ。例えばこの壁にかかっている剣のような」


(最初からお見通しじゃん。……意外と性格悪いなこの人)


「勇者ブレードだから変形でもすんじゃないですか?知りませんよ」


 ユージンは憮然として答える。もはや言い訳を考えるのも面倒臭い。


「はっはっはっ、すまんすまん。望まぬ話を言いふらす気はないが、どうしても賞賛を送りたかったのだよ。知っているかい。穴熊は昔騎士団でもそれなりに期待されていた騎士見習いだったんだ。同期ではギフトの扱いも剣も1番だったほどのね」


「へえ」


 これにはユージンも驚いた。まさか穴熊にそんな過去があるとは。


「だが貧しい農村の出で、いつも馬鹿にされていたらしい。ある日、穴熊は上官を刺し殺して遁走した。そこからが奴の転落人生の始まりだった様だ」


 ユージンはこの時初めて、少しだけ穴熊の気持ちがわかった。ユージンにも、大きな街にりんごを下ろしに行く時に感じた事はある。都会にいる人間は自分たちの生活が無意識に上だと思っている奴も、ある一定数いるのだ。そしてそんな根拠の無い理由で、努力を踏みにじられたら。ましてや貴族の出が多い騎士団に入れば、その苦労は押して量るべしである。


「その穴熊を倒したものがいるなら、是非うちの騎士団にスカウトしたいものだと思ってね」


 グレンが悪戯っぽく笑ってウィンクしてくる。年頃の女の子ならば嬉しいだろうが、勘弁して欲しかった。穴熊に勝利したのは、偶然の上に幸運と奇跡が落ちてきた結果だ。


「そうだ、もう一つだけ聞きたいことがあった。君はアッシュという盗賊を知っているかな」


 意外な名前の登場に、ユージンは愛嬌のある子悪党を思い出した。


「盗賊は全て捕らえたと思ったんだが、上手く逃げられた。奴を追って山を登った先に君たちを発見できたのは、不幸中の幸いだったがね。おまけにアッシュの素性は仲間の盗賊も誰ひとり知らんと言うし」


 浩介たちを助けタイミングで、アッシュは一味を抜けているはずだ。


(まさか俺の居場所を騎士たちに知らせるために、わざと姿を現したのか)


 ユージンは馬鹿げた妄想を、首を振って消し去った。理由が皆無すぎるからだ。ただ、盗賊だが最後まで憎めない奴だった。


「さあ、知りませんね。もういいですか、俺も集会所に向かいますんで」


「ああ構わない。何なら本当にお姫様抱っこでもしようか」


「勘弁してください。これ以上変な噂は立てたくない」


 そう言い残してユージンは家を出た。


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