37、生きてるだけで丸儲け
見慣れた天井だった。窓から差しこむ陽光が顔を照らして、その眩しさにユージンは目を覚ました。
そんなユージンを出迎えたのは、見知った人々の泣き顔である。
「何だよみんな、情けない顔並べて」
気の抜けた声が漏れる。それに答えたのは叫び声だった。
「お兄ちゃん!」
「ユージン!!」
「ユージンくん!!」
「ユージンさん!」
穴熊との死闘の後、ユージンは三日三晩、傷によって高熱を出しながら寝込んでいたらしい。仲間たちの心配は当然大きかった。おまけにユージンの寝ている間に、事態は大きく進んでいた。
ユージンは口々に語られる事の顛末に、口を挟まず耳を傾けた。村人が全員無事なこと。盗賊はすでに捕えられたこと。盗賊を捕らえた騎士が、まだ村に滞在していること。
すっかり聴き終えたあと、ユージンはいくつか疑問を口に出した。
「騎士団が来ているのか、ずいぶん早いな」
「お兄ちゃんがかけた保険が効いたって、ミレーユさんが言ってたよ」
「コロ爺のおかげか」
コロ爺は、村の外れに住んでいる偏屈な年寄りである。この爺さんはとにかく人嫌いで協調性がない。村人との付き合いを嫌がって、ひとりで村はずれの林に小屋を立てて住んでいる。だけどこれが功を奏した。
村人さえ存在を忘れかけている爺さんは、盗賊の監視の目に入っていなかったのである。そこでユージンは、救援の知らせを爺さんに託した。いくら人嫌いでも、命がかかれば別である。爺さんはむっつりとした顔で頷いてくれた。
「騎士団もクロノ村に向かってったんだって」
「村長の手紙だな」
幸運だったのは、異世界人の調査に出てきた騎士団と爺さんがすれ違わなかったことだろう。盗賊の存在を知った騎士団は、予定を早めてクロノ村に急いだわけだ。
「すごい騒ぎだったわ」
冬子がその時のことを思い出したか、興奮した様子で言った。
事情を聞いた騎士達は、すぐに閉じ込められた盗賊達を連行。ユージンとマツダを探す捜索隊を組んで山へ入った。山から下りた冬子たちに話を聞いて、騎士団が山頂付近でユージンを発見した時にはかなり危ない状態だったらしい。
穴熊を捕え、満身創痍の俺に応急処置を施して村へ戻ったのが三日前という訳だ。その後癒しのギフトを持った騎士が傷を塞いでくれたらしい。ただ体にこもった熱や体力は別で、それを取り戻すためにもずっと眠り続けていた様だ。
「いやー、儲け儲け。生きてたわ」
ユージンは重い空気を払拭しようと、努めて明るく振る舞う。だがユフィはご立腹のようだ。
「お兄ちゃんのバカ!どれだけ心配したと思ってるの」
「悪かったよ、心配かけたな」
「ユージンくん、私たちがどれだけ心配したと思ってるの。そりゃ頼りないかも知れないけど、それでも一緒にいたかったんだよ。それをあんなへっぽこ勇者と二人でなんて、勝率を自ら下げるようなものよ」
涙目で冬子がまくし立てる。ユージンは少しだけマツダを気の毒に思った。
「あいるびーばっくはカッコよかった」
いつも通り無表情な紅の目元も赤く腫れていた。ずいぶん心配をかけたらしい。
「ねえユージンさん。私貴方が死んだらどうすればいいんですか。ここ数日貴方との会話が書かれていない日記は何も何も何も何も何も楽しくなかったんですよ?」
梓にも、今回ばかりは怖いとも重いとも言わないでおこう。
ひとしきり罵詈雑言を浴びせられたあと、ようやく浩介とフィルが、遠慮がちに見舞客の間から顔を出した。
「で、何があったんだ?こんなにボロボロになって」
ユージンは山頂付近で起こったあらましを、かいつまんで語った。作戦を立てて山頂に向かった事。穴熊との死闘。そして勇者に吹っ飛ばされたこと。すると光を失った目をして、冬子たちが立ち上がる。
「お兄ちゃん、村から危機は去ったんだから勇者はもういらないよね?」
「アイツっ、許せない!」
「……ちょっと出かけてくる。夕飯までには帰る」
「日記に書かれた嫌な思い出を消してきます」
不穏な言葉を残して、四人が部屋を乱暴な足取りで出て行く。それを長沢くんと岬が必死に縋り付いて止めようとしていた。
「俺が寝てる間になにかあったのか?」
「マツダが手柄を全部自分の物にして言いふらしてる。王都から来た騎士は信じ込んでいるし、異世界から来た奴らもだ。俺たち村の人間は半信半疑だったけどな」
フィルが眉を顰めた。ユージンの意識が戻らない間に、マツダの話が事実として定着しているようだ。
盗賊に恐れをなした村人のために、勇者マツダがアジトから人質を救出。親玉の穴熊も勇者がひとりで討ち取った。その話を信じた人々の間で、マツダは英雄扱いだという。
思えば洞窟内に閉じ込めた大半の盗賊は、ユージンを勇者だと信じ込んでいる。つまり盗賊自身が勇者に負けたと思っているのだ。真実を知る穴熊は傷が深く、まだ尋問を受けていない。そういう偶然の積み重ねが、マツダの話に信憑性を持たせているようだ。
浩介が気まずそうに目を伏せた。
「俺たちは違うって言ったんだけどさ。困ったことに盗賊たちも嘘をついてるわけじゃないだろ。騎士も農民が助けた話より、ギフトを持った勇者の話を信じてさ。ごめんな」
浩介は謝っているが、ユージンにとってはむしろ好都合だった。
「いいよ別に。俺の目的は盗賊を倒す事でも、名声を得る事でもないんだ。それに武勇伝なんて村人には必要ない。マツダの方がよっぽど必要だろうから、くれてやるさ」
ユージンはただ、平穏が好きで村人や友人を救いたかっただけである。
良い事であれ悪い事であれ、騒ぎは疲れる。今更真実を語った所で嘘つきと思われるだけだろうし、信じてもらえたとしてもマツダに恨まれるのは避けたかった。
「流石ユージン。枯れてんな」
フィルが変な感心の仕方をしている。
「まあお兄ちゃんだし。……変に目立って、これ以上お兄ちゃんに人が群がっても嫌だしね」
「いえ、ユージンくんは利己的な心のない素晴らしい人だと思うわ。・・・・・・それにユージンくんの良さは知られない方が都合いいし」
「さすが。……でもそこもいい」
「あわわわ、私もそう思います!……これ以上ユージンさんとお話する時間が減ったら我慢出来ません」
いつのまにか出て行った女性陣が戻ってきていた。
「……何かみんな赤い色が、服やら顔やらに付いてるんだけど」
「トマトジュースです」
「ケチャップだよ?」
「ギルティ」
「イ、インクです」
全員の答えが一致しない時点で、明らかな嘘だった。けれどそれ以上深いしない方がいい気がして、ユージンは真実にそっと蓋をした。世の中掘り下げない方がいい話も沢山ある。
「ねえユージンくん」
再び、仲間たちがユージンの周りに全員集まった。示し合わせたように、頭を下げる。
「「「「ありがとう」」」」」
それは真摯な感謝の言葉だった。
ユージンは照れ臭かったが、嬉しかった。こんな自分でも守りきれたんだと、ようやく実感が湧いてきた。やはりユージンには、見ず知らずの人々の賞賛など必要ない。
「おう、気にすんな」
ぶっきらぼうにそういう言って、ユージンは再び枕に頭を沈めた。




