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36、ある農民の長かった非日常の終わり

 いざ穴熊と戦わなければならないと決まった時、ユージンがもっとも警戒したのは穴熊のギフトだった。土を操り、巨大な洞穴を作り上げたギフト。それをどうにかしない限り、元々無いに等しい勝率は皆無になる。


 こと戦闘において、ギフテッドとそうでない者の差は、剣術の達人と素人の差よりも下手をしたら大きい。

だがギフトは万能というわけではない。


 個人で所有するギフトの技能は、基本的に一つだけだ。

 ならば穴熊ののギフトの性能とはどんなものか。


 おそらくこれは、その二つ名通り地面に穴を掘れる能力であろう。地面の下を潜ってきて、ユージンの足を切ったのだ。まずこれは固い。


 では土の壁を出したのはどういうカラクリであろうか。「土を生み出す」という能力と、もともと存在する「土を掘る」という能力は根本的に別ものだ。


 ユージンはこれを、掘り返した土が地上に吹き出したのだと推測した。


 穴熊はなにもないところから土を生み出していたわけではない。そんな強力なギフトを持ってる人間なら、わざわざ盗賊を続けていないだろう。多少の希望的観測が混じっていたが、どちらに土を生み出して操れるような相手に勝つなど天地がひっくり返っても無理だ。だからユージンは、その可能性は初めから捨てた。


 では何か弱点はないのか。思考を進めたユージンが思い出したのが、洞穴の構造である。


 洞窟内の通路は曲がりくねっていた。それにツルハシや運び出す為の運搬用の車両も所々転がっていた。つまり岩を砕いて運搬していたということである。そこからユージンはある推測にたどり着く。

 

穴熊はあくまで柔らかい土が掘れるだけで、岩を砕いて掘り進むほどの力はないのでは。


 掘り進める中で邪魔な岩は、ツルハシなどを使って砕いたのだろう。そして砕けないほど大きな岩を避けたために、洞穴の通路は曲がっていた。


 ユージンがこの場所を選んだのはその為だった。

 足元の大地は土というより岩。マグマが冷えて固まった火山岩の地層なのだ。これであれば、穴熊のギフトでは砕けない。最悪使えたとしてもいつも通りとはいかないはずだと考えた。


 あとは徹底的にユージンを舐めさせる。剣など使えないと思わせて逃げ回る。そしてギフトの発動に失敗した動揺ついて、マツダとユージンで総攻撃を仕掛ける。これがユージンが考えた作戦であった。


 低い姿勢で懐に飛び込んだユージンと、手を突き出したまま固まる穴熊の視線が交錯する。慌てて穴熊が剣を振り上げた、あとはどちらの反応が早いかだ。


(だが作戦通りならここで勇者が穴熊にギフトを……ギフトを……ギフトは!?)


「農民風情が斬り合いで俺より速く動けるつもりかあぁぁ!!」


 ユージンの狙いに気付いた穴熊が激怒する。眼前に迫る刃。


(駄目だ、余計なことを考えては先にまっぷたつになる)



 覚えているのはそこまでだった。世界には殺す者と殺される者だけが残されて、再び風も音もない凪がユージンを包み込む。


 無心で鞘から刀を引き抜き、その勢いを殺さないように力を抜く。頭は真っ白だがその分余計な力が抜ける。


 最速で抜いて。あとは流れのまま。体が自然と動くように。


 次に思考が戻ってきたのは、穴熊が崩れ落ちる音を聞いてからだった。





(勝った……のか?)


 体に熱が戻ってくる。呼吸が整わない。

 ユージンは穴熊の様子を確認する。地面に伏した穴熊の腹から生々しい血が滴っている。掌に肉を切った感触が蘇ってきた。


 気色悪かった。胃からせり上がってくる嘔吐感。しかし、心臓には嫌悪感以外のなにかも宿っている。


「ぐっ、農民、風情が俺を……殺すのか?」


 穴熊は生きていた。その瞳にはすでに、憎悪ではなく恐怖が浮かんでいる。ようやく、ユージンにも安堵感が芽生える。ユージンは横たわる穴熊に近づいた。


「アホか、ただの農民に人殺しの過去なんて背負えるかよ」


 ユージンは上着を脱いで腹の傷に押し当てた。血を吸った上着は赤く染まるが、すぐに死ぬような傷ではない。

このまま王国の騎士に突き出すか、冒険者に頼んで連行してもらうのが1番いいだろう。おそらく死刑にはなるが、それは正当な裁判の上で下された判決なのだから仕方がない。


「なんなんだお前は。あんな速い抜き打ちが出来る奴、騎士でも見たことがないぞ。実力を隠してたってのか?」


 隠すほどの力などない。切った時も、無意識であまり覚えてない。それがユージンの率直な感想だった。


「必死だっただけさ。言ったろ、俺はどこにでもいるごく普通の農民で村人Aだって」


 それを聞いた穴熊は、なぜか笑みを浮かべた。

 

「はっ!テメェみてえのが普通の農民だったら盗賊は商売上がったりだ……」


 その言葉を最後に、穴熊は意識を失った。

 これでようやく、長かったユージンの非日常も終わりのようだ。


 そう思ったユージンが、マツダの方を振り返ろうとした時である。眩い光が飛び込んできた。


(うんもうね。分かってたよ。お約束って奴だよね。予想はね、ないなーと思いつつもしてたんだよ。それでも言わしてもらうわ)




マーツーダー!!!!



 そしてユージンは、光に吹き飛ばされながら意識を失った。



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