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34、才能なき剣

 穴熊と対峙して、ユージンは自分に才能がないと知ったきっかけの事を思い出していた。


 農民のくせに剣の稽古をしているユージンは、奇妙に感じられるかもしれない。


 しかし田舎の村であっても、剣というものは子供たち、特に男の子ならば一度は憧れる道である。きっかけはほんの子供の遊びだ。


 クロノ村は田舎の農村である。だから娯楽が少ない。王都のように劇場や見世物小屋があるわけではないし、流行りの玩具や衣服が入って来ることも滅多にない。だからこそ、子供達は自然と体を動かす遊びに夢中になる。木登りや川遊び、山に入ってのウサギ狩り。


 そんな中でもっとも流行ったのが、チャンバラごっこだった。木の枝さえあればできる上に、体力だけは無駄につく田舎の子には人気の遊びである。


 物語の勇者や騎士団長になりきって、木の棒を打ち付け合う。もっとも当時から、ごっこ遊びの中でも英雄の役はフィルで、ユージンはもっぱら助けを求める農民役だったのだが。今思えば、農民が農民役をしても遊びにもなっていない。


 農作業に使う鍬を振り回し、怒られるというのは定番の流れである。


 ユージンは暴力的な遊びはあまり好きでは無かったが、農民役でも文句を言わない存在は貴重だったのか、毎回参加させられていた。

 それが苦痛だったかと言われればそんなことはない。この遊びが流行る一足前に、ユージンは剣の魅力に取り憑かれていたのだ。嵐の夜にりんご畑に現れた刀によってである。


 だからユージンは、みんながチャンバラごっこを始めた時には既に、真剣を握っていたことになる。


 チャンバラごっこに特に熱中していたのはフィルだった。村長の家にも真剣があって、そいつをこっそり持ち出してはみんなの前で素振りをして注目を集めていた。

  

 その裏でユージンも、毎日刀を振れるよう試行錯誤を繰り返していた。


 もう少し大きくなると、ごっこ遊びは卒業し、今度は遊び半分本気半分の模擬試合をしたりもした。もちろん真剣は使っていない。その中で一番強いのはやっぱりフィルだった。


 ユージンの成績はお察しである。心優しくて繊細なユージンには、木剣で人の頭をぶん殴るなんて野蛮な真似は向いていなかった。


 むしろ、もっぱら審判役を務めていた。


 本当に危なくなる前に止めに入って、微妙な時はどちらが優勢だったか決める。そうしないと熱くなりすぎて、本当に大怪我をしてしまうと思ったのだ。ユージンはいつからか、そんな役割を自分からすることにしていた。


 それでも体の成長とともに、長すぎて抜くことすらできなかった刀も、自由に扱えるようにはなっていた。


 とにかくみんな夢中になっていた。畑の手伝いが終わるとすぐに、各々手作りの木剣を持って集まる。中には本気で騎士団や冒険者になるなんて言い出す子供もいたくらいに。村の自警団を気取って夜回りなんかもした。


 それでも成長とともに、農村の子供たちは剣を鍬に持ち替える。所詮は子供のごっこ遊び。自分たちが将来振り回すのは、剣ではなく鍬なのだから。


 かくいうユージンも行き詰まっていた。毎日触っていた刀を手放す気はさらさらなかったのだが、どうにもみんなと一緒にやっている訓練まがいの振り方ではしっくりこない。


 だけどそんな風に考え出したころ、村に珍しい客人が訪れた。


 既に名残程度にしか残っていない、真っ白な髪。深く刻まれた皺に混じって顔の真ん中を横断する傷跡が残っている。年寄りと言っていい年齢だったが、鍛えあげられた筋肉に支えられまっすぐ伸びた背筋は、曲がった腰の村の爺さんとはかけ離れていたからだろうか。全く年寄りとは思わなかったのを覚えている。


 男の名はダリオ。ガリアーノ = ダリオール。

 後から聞いた話では、相当に高名な冒険者だったらしい。



 最初に見つけたのはカッツォという、ユージンとフィルよりひとつ年下の男の子だった。その日も村の子供たちは模擬試合をする為に集まっていた。


「ねえ、フィル兄、ユー兄。あれって冒険者じゃない」


 カッツオの指の先にいたのは、いかにも歴戦の冒険者という装備の男だった。村に冒険者が来るなんて珍しい。

剣にのぼせていた子供たちは声を掛けたくてウズウズしていた。


 すると向こうから話しかけてきた。


「若いのが集まって模擬試合か。元気があってよろしい」


「あ、その、俺たち一応毎日集まって稽古してるんです。まあ遊びみたいなもんなんですけど。」


 本物のオーラにビビりながらカッツオが言う。それに重ねてフィルがとんでもないことを言った。


「あ、あの、もしよかったら何か教えてくれませんか?見たところかなり経験のある冒険者様だとお見受けしました。この村には剣を使えるものがいないので」


 フィルはこの村では圧倒的に強い。その上1番熱心で、真剣を使った素振りもしていたから、自分の出来を知りたかったのだろう。


「真っ直ぐで純朴。良い少年だ」


 そう言って禿げ上がった頭を撫でていた手が、何気なく腰に下げた剣の柄に触れた。


 次の瞬間、ユージンは老人の前に立っていたフィルを押し倒した。


 何故そんなことをしたのかは、今となっても分からない。

 だけどその時は、頭より先に体が反応してしまったのだ。

 ダリオを含めた全員が目を丸くする。


「あ、あはは。す、すいません、素人が失礼なこと言うからちょっと止めようとしたら勢いつきすぎちゃって」


 ユージンは何とか誤魔化そうとした。そんな様を見て、ダリオの細められた目がようやく緩んだ。


「はっはっはっ!いやいや今のはわしが悪い。実は引退を考えておってな。しばらくこの村に厄介になろうと思ってきたのだ。ちょっとくらいなら稽古をつけてやろう」


(なんか分かんないけど笑ってるし大丈夫か?)


 そう結論付けて、ユージンは疑問をぶつけてみた。


「あのー、何でこんな田舎の村に」


「ああ、知り合いの娘がおってな。ミレーユと言うんだが知っとるか?」


 なるほど、街で暮らしていたミレーユ婆さんなら冒険者の知り合いがいてもおかしくない。


 ユージンたちがミレーユ婆さんの家を教えると、ダリオは中に入っていった。様子が気になって家の前をウロウロしていたフィルが言うには、しばらく気配を伺っていたが何やら真剣味を帯びた声が漏れては来るのだが、よく聞き取れなかったとの事。

 断片的な言葉で分かったのは、ダリオが何かを探してこの辺りを回っている事と、それが見つかるまでしばらく滞在するという事だけだった。


 それから毎日畑仕事の手伝いの後、みんなで集まってダリオに指導を仰ぐのが日課になっていった。


 ダリオからすれば、子供の遊びに付き合う程度の軽い気持ちだったろうが、子供達は真剣だった。少しでも腕を上げようとしていた。元来争いごとが苦手なユージンも、フィルが毎日誘いに来るものだから参加していた。


 正しい剣の持ち方から基本の姿勢と構え。斬り結ぶ時の振り方から突きの防ぎ方。学ぶ姿勢も良かったが、それ以上にダリオの教え方も上手かったのだろう。皆はメキメキと腕を上げていった。


 ユージン以外は、である。


 何をどう頑張っても一度も試合に勝てない。別にそれはいい。これから先、農民が誰かと切り結ぶことなど無いだろう。だが一向に上達しないというのも、それはそれで凹む。さらに言えば、ユージンの目的は強くなることというよりも刀を上手く使いこなすことだったのだ。しかしいくら鍛錬を重ねても、上手くなるどころかどんどん下手になっている気さえしていた。


 思い悩んだユージンはダリオに相談してみることにした。


「俺は別に1番強くなりたいわけじゃないんです。平凡な日常が好きな俺はこの村で一生を終えるでしょうし。でもうちにある変わった剣をどうしても使いこなしたくて」


「変わった剣?そいつを使いこなしたくて頑張っとったわけか。よかろう、今晩お前の自主練に付き合ってやる」


 ユージンはホッとして、家に戻った。

 だがこの軽い約束のせいで、自分の才能の無さを突きつけられることとなる。


 ダリオと約束した晩。ユージンは愛刀を腰にさしてダリオを待っていた。


 ダリオが現れる。

 その目が見開かれた。


「まさかその剣は……」


 呟いたダリオから殺気が膨れ上がる。


 剣を抜くと、ダリオは迷わず切りかかってきた。


 ユージンは必死に剣を腰から引き抜き、ダリオの剣を止める。


「なにするんですか!」


「お主その剣どこで手に入れた!!」


 叫ぶダリオの手にさらに力がこもる。豹変したダリオに、ユージンは事実をありのまま述べるしかなかった。


「じ、じいさんのりんご畑に埋まってました」


「畑に……埋まってたじゃと。」

 ダリオの剣から力が抜ける。


「ハッハッハッハ!!なんじゃそれは、本当に何も知らんようじゃな。すまんすまん」


 すまんで済むわけ無い。ユージンはその場に崩れ落ちた。


「勘弁してくださいよ!何なんですか一体!?」


「いや、よいよい。お主の様なものの手にあるならしばらくは大丈夫じゃ。」


 勝手に爆笑して納得されても困るが、これ以上ダリオに説明する気はない様だ。その時は殺されかけたのでパニックになっていたが、今考えれば酷い話である。


「あの、俺はただアドバイスをもらいたかっただけなんですけど……」


 もはや半泣き状態のユージンに、少しだけ真剣な顔に戻ったダリオが言った。


「その剣は形状も用途も普通とは違う。普通の剣の稽古を受け逆効果になってしまっていたのじゃろう」


 それを聞いて妙に納得いった。やればやるほど上手くいかなくなるわけだと思ったのである。


「そ、それでどうすればもっと上手くこの剣を扱えますか」


 あの時は必死だったのだ。剣を知る人など滅多に来ないクロノ村に、達人がいる間に教えてもらいたかった。だがそんなユージンにかけられた言葉は予想外のものだった。


「すまんがそれは出来ん。わしは明日この村を立つ」


 ユージンは驚いた。ダリオの目的が達成されたとは聞いていなかったからである。


「そんな急に、探し物はいいんですか」


 だがダリオは心配事は解消された様な清々しい顔で答えた。


「ああ、それはもういい。というより他にも探さねばならん物もあるしの。時にお前さんはこの村で平和に暮らすのが好きといっておったの」


 確かにそうだった。ユージンにはどうしても戦わなくてはならない敵も、殺したいほど憎い人間もいない。この村で誰とも戦う事なく一生を終えると、この時は本気で思っていた。いや、今でも思っているけれど。


「え、まあ」


 何故そんな事を今聞くのか分からなかったユージンに辛辣な言葉がかけられる。


「諦めよ。お主に剣術の才能はない。」


 お前には才能がない。分かってはいたが実力者に言われるとへこむ。だが元々分かっていたことだと切り替えるしかない。


「せ、せめて一つでいいんです。何か出来ることを教えて下さい!」


 少し迷ったて、ダリオは言った。


「さっきの動きは悪くなかった。最速で抜いてその流れのまま攻防を行う。後は皆と学んだことは一切合切忘れてお主の思う通りに動いてみよ」


 ユージンはまだこの剣を捨てないと決意した。


「ありがとうございました」


 頭を下げるユージンに微笑みを向けてダリオはそのまま去っていった。




※sideダリオ


 村を出たダリオはひとり考えていた。


 妙に気に入ってしまった田舎者のことをである。


 わしの殺気に反応し、一撃を防ぐ農民か。

 思えば最初にあった時も、ワシですら無意識のうちに剣に伸びた手に反応しよった。

 よほど幼い頃から握っていなければ出来ない、流れる様な見事な動き。本気でないとはいえ、殺気のこもった自分の剣を止められたのはいつ以来だろうか。


 あの少年には才能がない。相手よりいかに優れた技術を持つか競う剣術の試合の才能は。

 だが戦いの、殺し合いの才能は別だ。

 少年の才能に底知れなさを感じたダリオであったが、それは伝えることなく村を出た。それは彼の望みとはあまりにかけ離れた才能だからである。


「それでもいつか彼方のものは運命に巻き込まれるやもしれんが……。」



 呟いた言葉に一抹の不安と、生来の厄介ごと好きのせいでうずく楽しみを込めて、ダリオはクロノ村から離れていった。





 そんな訳でだ。戦力は非常に心許ない。ユージンは唯一の相棒に伝える。


「おい勇者様。あいつがギフトを使った瞬間が唯一のチャンスなんだ。俺も攻撃するからお前も全力であの光を叩き込んでくれ」


 どのみち賭けならやるしか無い。


「おい、返事がないってことは殺されてもいいって事だよな?」


 ユージンが勇者に作戦を伝えた瞬間、とうとう痺れを切らした穴熊が動き出した。


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