3、半端なイケメンは役に立たない
『異獣』という生物がいる。
種族固有のギフトのような能力を持つ獣の総称である。
ほとんどの異獣は知能が低く、人間を見れば襲いかかってくる。人狼族や竜族のように、独自の言語や文化を持って社会を形成する種もいるが、目の前の濁った眼でこちらを見据える獣はどう考えたって前者の方である。
「ポルカ山の主だ。充満するりんごの匂いに惹かれて里まで降りてきたんだ」
山の主とは、ユージンの村の西にある、ポルカ山に生息する異獣である。種族名はニードルボア。猪に似た外見だが、種族固有の生態として、体毛を針のように硬くして獲物を串刺しにす る。それなりの経験を積んだ冒険者ならば狩れる異獣だが、農民にとっては十分な脅威だ。
おまけに山の主は通常のニードルボアよりふたまわりはデカい。豊かなポルカ山の食糧だけでは飽き足らず、度々人里に降りては農作物を荒らした結果、討伐依頼を受けた冒険者を3度返り討ちにした猛者である。
ユージンは己の運命を呪った。何が悲しくて畑を吹っ飛ばされ、挙句にわずかばかり残った農作物まで異獣に食いつくされなければならないのか。
しかし悲嘆に暮れるユージンとは対照的に、少年たちはその瞳を一層輝かせた。
「モンスターだああああああああ!」
絶叫が、響き渡る。もちろん少女や一部の男子生徒はユージンと同じように、息を飲み、悲鳴をあげそうになっている。しかし中心にいた少年と、その取り巻きに見える男たちは違った。むしろそれは嬉々とした叫びだった。
随分と嬉しそうである。そこでユージンは自分の愚かしさに気がついた。すっかり気が動転していたが、ここには強力なギフテッドがいるではないか。
「時に少年、俺はユージン。君の名前は」
「はあ、松田翔平だけど」
ユージンには聞き馴染みのない、変わった名だと思った。しかし今はそんなことを気にしている場合でもない。
「マツダくんか。畑の損害賠償の話はあとだ、まずはあれをギフトでなんとかしてくれ」
あまりにも他力本願な方法で情けなかったが、ユージンはマツダという少年に主を任せることにした。その態度を見る限り、どうやら少年たちの中心であり、ギフトの使い手はこの少年だと判断したのだ。
「テンション上がってきたわ」
「これきた」
「倒したらレベルとか上がんのかな」
発言の内容はともかく、その態度は期待通りの強者の余裕が見て取れる。
興奮した様子の主は突進の準備運動に余念がないらしく、前足で地面を掻いている。だというのにマツダは取り巻きたちとおしゃべりに興じているのだ。
「それじゃあ任せていいんだな?」
「ああ!」
マツダはいい笑顔で答えた。そしてその笑顔のまま、ユージンの表情筋を凍り付かせた。
「で、ギフトってどうやって使うんだ?」
「は?」
主はすでに駆け始めている。
「いや、俺に聞かれても」
「え」
「ギフトなんて使えたら田舎の農民なんてしてないし」
今度はマツダの顔が凍りつく番だった。主はもう目前まで迫っている。数秒前までのニヤケ面が蒼白に染まっていく。
「う、うわーこっちに来るな!」
主に背を向けて駆け出したマツダの背中を見て、ユージンは期待が最悪の方向に裏切られたのを悟った。
背中を見せて直線状に逃げるなど、最悪の一手である。
ニードルボアは巨体に似合わず、時速にして最高30km程で走る。
体重500kgの塊にまともにぶつかられれば、人間の体など簡単にひしゃげてミンチ。運良くそれを免れても、針状の体毛に串刺しにされて、どちらにせよ死ぬ。
ユージンは咄嗟にマツダにタックルをかました。ふたり一緒に地面にダイブして、少年を主の突進の射線から外すことに成功する。
腕に灼熱の痛み。鋭く尖った巨体の体毛は、かすっただけで肉を割いて血を噴き出させた。
「い、いやだ、痛い。死にたくない、俺から離れろモンスターめ」
痛いのも嫌なのもユージンのセリフである。男に抱きつく趣味はない。
だが体の下でもがく少年は、タックルで受けた衝撃を主の突進が当たったものと勘違いしていた。パニック状態で腹を殴りつけてくる少年を落ち着かせるために、ユージンは頬を打って怒鳴りつける。
「馬鹿野郎、あのスピードで突っ込んでくる相手に、直線上に逃げる以上に危ないことがあるか。それなら一か八かで横っ飛びした方がまだましだ!」
ビクリと体を震わせたあと、マツダはユージンを親の仇のように睨みつけた。
「殴ったな、母親にも手を挙げられたことないんだぞ」
「す、すまん。それよりあんた、ギフトを持ってるんじゃなかったのか」
その剣幕に思わず謝罪の言葉を吐き出しながら、ユージンはマツダの手を取り引き起こす。起き上がった松田は苛立たしげにその手を振り払った。
「持ってるさ」
「ならどうして使い方がわからないんだよ」
「使ったことないんだから仕方ないだろ」
「いやいや、使ったことないのにどうして持ってるってわかるんだ」
「それが異世界転移のお約束だからだ!」
ユージンは無言で、マツダの顔にもう一発平手をお見舞いした。乾いた音が高い青空に響き渡った。
ちなみに世のイケメンに他意はありません。むしろうらやましいです。
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