33、迷コンビ 愛の逃避行編
穴熊との追いかけっこが再び始まっていた。今日は走ってばかりである。
山の頂上の方向へ向かう。足が痛むので、ユージンは長くは走れそうにはない。だがその行動は、下山して村人との合流を目指す他の仲間の命を確実に救うだろう。後に残ったのは、哀れな農民と勇者様である。
「あいつは盗賊のリーダーで、ギフトを使って何人も殺してるんだぞ」
「そんなに凶悪なやつなのか!?はやく逃げな……一度戻って作戦を練る。おい農民、こっちは登りだぞ、村に帰るなら下らなくちゃならないだろうが」
「いいから来い」
ユージンは未だに、マツダを引っ張って走っていた。
「なにするんだ、離せよ。お前は不幸の塊だ、絶対お前の居る方に盗賊は来る!」
ユージンは絶句した。全ての不幸の原因である勇者にまで、そう思われていたのだ。ユージンを不幸にしてる自覚はあったのかと思うと、腹も立ってくる。タチの悪い勇者様だ。おまけに今回ばかりは確実に、疫病神はマツダの方である。
「アホか、狙われてんだぞお前は。黙ってついて来い」
「な、何で俺なんだよ、くそっ、ひとりだけだから余裕だと思ったのに」
「奴の狙いは勇者なんだよ。お前どうせ隠れて聞いてただろ」
「知らん、1番カッコいい登場のタイミングを計るのに忙しかったんだ」
「もう一周回って尊敬するわ……」
そんな調子のマツダを引きずるようにしながら、ユージンは考え続けた。
足の怪我を考慮すると、いつまでもマツダという爆弾を抱えて逃げ続けるのは難しい。唯一の可能性を信じて、喚く相棒の声にじっと耐える。目的地までは確実に近づいているのだ。
後ろからナイフが飛んで来る。穴熊が追い付いてきたらしい。ナイフはユージンの方を掠めて、黒々とした大樹の幹に突き立った。木の枝で眠っていた山鳩が、大きな羽音を立てて飛び去った。
「そろそろ追いかけっこにも本気でイラついてきた。殺されたくなきゃ諦めな。勇者は惜しいが他にも獲物は居るんだぜ?」
アッシュが交渉の時に言っていたように、穴熊はいざとなったら損得より感情で動くタイプらしい。それでも、ユージンは走る。だんだんと、身を隠せる草木の姿も減っていく。頂上が近いのだ。
「ぎゃーきたーやるっ!勇者の称号はおまえにやる!あっ、でも今だけな。今だけおまえは1日勇者だ。後で洗ってちゃんと返せよ」
「マツダ。錯乱してんのは分かるが、気が抜けるからほんと黙れ」
とうとう辿り着いた頂上には、完全に木々の姿がなくなった。穴熊の姿がよく見える。
(だけどこの場所なら、万に一つがあるかもしれない)
ユージンは逃げるのをやめて、戦う覚悟を決めた。
ユージンは山頂付近で穴熊と対峙する。
ポルカ山は、子供も遊び場にする穏やかな山である。危険な獣や異獣も少なく、基本的には平和で豊かな山だ。
だが山頂に近づくにつれて景色は一変する。活発な活火山だった頃の名残が見られるのだ。数十年前までは小さな噴火も頻繁にあったらしい。それを異国から来たギフテッドが鎮めたという話が、クロノ村には今も残っている。ユージンの生まれる前の話だが、かなり高名な冒険者だったようだ。
その影響であろう。麓は豊かな自然が広がるこの山だが、山頂に近づくにつれて、噴火によって飛び散ったマグマが冷えて固まった岩がゴロゴロと転がっている。生物はおろか木々さえも生えていない。今から訪れる試練を彷彿とさせる荒涼とした景色だ。
さて、戦うと言っても農民とヘッポコ勇者のコンビである。対して相手はひとりとはいえ、土を操るギフトを持った凶悪な盗賊だ。
ユージンは僅かな期待を込めて、自軍の頼りない味方に尋ねた。
「勇者のギフトって何が出来るんだ。特別なのは分かるんだが、いまいちピンとこない」
「何って、光の攻撃をみただろ」
「要するに当たると死ぬほど痛いけど、死ぬことはない光が出せると……使えねぇ!」
ギフトは成長する。まさか勇者のギフトがそれで頭打ちということはないだろうが、不確定要素は計算できない。
剣の方も、鍛錬を積んできた様子はないだろうから論外。つまり勇者マツダは戦力に数えられない。
一方のユージン。ギフトはない。喧嘩もろくにしたことがない農民である。剣の腕前は正直分からない。まともに習ったわけではないし、比べる相手に乏しい田舎では、人並みがどの程度かも知る機会がないのだ。
昔、1人だけユージンの刀を見てくれた人がいたのだが、その人にはハッキリと才能が無いと言われてしまった。
つまりこれから始まる戦いを生き延びるためには、そんな絶望的な戦力差をひっくり返す必要があるのだった。