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29、再開と別れ

 ユージンはひとしきり友人たちとの再会を喜び合った。


 誰ひとり大きな怪我もなく、全員が再開できたのは沢山の幸運が重なった結果である。出口に急ぎながら、ユージンは疑問を口にした。


「みんなどうやって逃げ出して来たんだ?」


「私たちにもよく分からないの。でもアッシュっていう盗賊が縄を解いてくれて」


 ユージンは小悪党然とした男の笑顔を思い出した。


「何考えてんだアイツ。まあ助かったのならいいか」


 罠だとしても、対処のしようがない。今もっとも優先すべきは脱出である。穴熊がどこに居るのか分からないし、小部屋に閉じ込めた盗賊たちも武器を使って土壁を崩すかもしれない。


「ユージンはどうやってここまで入ってこれたんだ。やけに静かで盗賊の姿も見えないし。まさか全員倒したのか」


 今度はユージンが質問を受ける番だった。そんな豪快なことが出来るのならば、ユージンだって初めから苦労していない。苦笑しながらも経緯を説明しようとするのだが、どうにも助け出された方の想像は広がっているようである。


「さすがユージン」と、紅が小首を傾げて、なぜかドヤ顔を披露したかと思うと。


「と、盗賊って沢山いましたよね。すごいです」と、重すぎる信頼を梓が寄せてくる。


「ええっと、モテるモテないの口喧嘩しながら鬼ごっこしてた」


 変な空気になったが、ユージンのやったことの全てはそこに詰まっている。ユージンは他の三人の活躍について、詳細に話した。ユフィの「鑑定」で敵を偵察できたことや、岬のおかげで勇者であると盗賊を騙せたこと。そしてなにより、今回のMVPが長沢くんだったこと。


 すっかり話を聞き終えて、お互いに無事を喜んだりお礼を言い合ったりが済んだ。


「疲れているだろうけど、事情は伝えた通りだ。先を急ごう」


 ユージンは全員を励ましながら足を早めた。平和な世界から来て盗賊に捕まり、人質として命の危機を感じていたのだ。肉体はもちろん、精神的な疲弊も半端なものではないだろう。


 それでも、まだ完全に安全が確保されたわけではないのだ。


 そう思い、出口への歩みを早めた時だった。洞窟内に、耳朶を震わせるケダモノの咆哮が響いた。





「ヴォオオォォォォオォ!!」



 洞穴内に反響する大音量は、細胞レベルで人を萎縮させる。込められた感情は明らかに怒り。それも超ド級のだ。


 声に驚いた梓がユージンに飛びつく。


「ヒィぃ!何ですか今の声。か、怪獣ですか」


「いや、あれは反響でくぐもっちゃいるけど人間の叫び声だろ」


「随分お怒りのご様子でしたよ。これはおそらく……」


 浩介と長沢くんの顔に緊張が走る。

 洞穴内で自由に動ける者は、ユージンたちを除けばただひとり。


「穴熊だろうな。帰ってこない部下を不審に思ったか、もぬけの殻の牢屋を見て怒りが爆発したか」


 出来れば脱出するまでバレずにいて欲しかったが、そう都合よくは行かない。


「それってかなり不味くないかしら」


 冬子と紅の顔にも恐怖が浮かぶ。


「出口はそんなに遠くないし、穴熊は最奥から来るなら私たちの方が早いよね、お兄ちゃん」


「穴熊はまず仲間を助けなくちゃいけないんだから、その間に出来るだけ距離を稼ごうよ」


 ユフィと岬が言った。


 確かに、救出に来たユージンと人質たちが再会してから、それなりの距離は歩いている。どんなに走っても追いつけないだけの差はできているはずだった。それでもユージンは嫌な予感に苛まれた。


 出来る限りのスピードで洞穴の中を突っ走る。曲がりくねった通路を進むが、足場は悪く、石くれが急ぐ足の邪魔をする。途中で紅が遅れだした。


「運動、苦手。先に行って」


 集団との距離が徐々に離れていく。ユージンは先頭を岬と浩介に任せてスピードを落とし、紅の隣に並んだ。隣から荒い呼吸が伝わってくる。顔色は真っ白だ。ユージンも今日は走りっぱなしでキツかったが、紅の手を取って引っ張った。


「頑張れ。最悪っ…歩けなくなっても俺が……おぶってやる。ここから出るまでは…走り続けるんだ」


「おんぶ」


 ユージンの言葉で、紅の顔に少しだけ生気が戻る。足にも再び力が入ったようだ。


「もうすぐです!」


 長沢くんの声で顔を上げると、洞窟の先に月明かりが差し込んでいるのが見えた。狭い入り口に飛び込むように、先頭を走っていた浩介が生還の門をくぐり抜けた。浩介は腕を伸ばして後続の岬を引っ張り出す。


 その時だった。


「待ぁちやがれぇぇ‼︎」


 どこからか穴熊の声が聞こえる。 


「あり得ない、かなり近いぞ」


 ユージンの肌が粟立った。すぐそこにある筈の出口が遠い。冬子はもう外に出たようだ。長沢くんも転げるように飛び出す。ユフィや、迫る恐怖に焦って躓いく梓も浩介の手を借りて脱出した。


「誰ひとり逃さんぞぉ‼︎」


 地面が揺れている。声はもうすでに真後ろまで迫っていた。なのに穴熊の姿は見えない。


 ユージンは握っていた紅の手を渾身の力で引っ張ると、自分よりも前に引き出す。そして目の前の背中を突き飛ばした。その瞬間、ユージンの足に痛みが走った。見下ろせば、足首の辺りに切り傷ができている。


(痛ってええ、いったいどこから。いやそれよりもどんなスピードで走れば追いついて来れるんだよ)


 バランスを崩して転びそうになった所に、再び斬撃の光を見る。続いて襲ってくる痛みを恐れて硬直したユージンの体を、複数の手が引っ張り上げた。


(足の遅い紅やユフィのことを考えても早すぎる)


 岬と浩介が二人掛かりで引きはがさなければ、ユージンの足は今頃、慣れ親しんだ体に別れを告げていただろう。後ろを振り返ったユージンは、その光景に目を疑った。


 地面から人間の手が生えている。生理的嫌悪を呼び起こす光景だった。その手に握られた剣からユージンの血が滴った。徐々に、腕から先も地面から姿を現わす。


 そういうことか。その姿を見てようやく、ユージンにもなぜ穴熊が追いつけたかが理解できた。


「穴熊は、地面の下に掘られた隠し通路を走ってきたのか」


 用心深い穴熊は、仲間にも秘密で、自分専用の脱出経路を掘っていたのだろう。ユージンたちが走ってきた道は、まがりくねり、多くの分岐点に分かれていた。しかし穴熊の使った隠し通路は、出口まで直線上に掘られていたに違いない。


 とうとう、全身が地面の下から現れてしまった。目は充血し、殺意をみなぎらせている。肌をさす殺気。目の前の恐怖の塊に飲まれないように、ユージンは下腹に力を込めた。




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