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27、小悪党のそれぞれの事情

 穴熊のギランの指示で、人質たちは石牢に向かう。縛られた縄の先はアッシュという男の手の内だった。

 不意にアッシュが四人に話しかけてくる。


「悪いね皆さん。コイツもお頭の指示だ」


 梓からすれば先ほど自分を殺しかけた人物である。軽い感じで謝られたとて反応に困るはずだ。しかし梓は、足を踏まれても謝ってしまう日本人気質に加えて、少々アレな性格だった。


「あ、いえそのお手数おかけしてごめんなさい」


 これには他の三人も呆れてしまう。


「ちょっと服部さん、謝ることないわよ」


「コイツらは盗賊で、俺たちは捕らえられてるんだぞ」


「こちらに落ち度はない」


 怒るのが正解だったか。梓は結局しょんぼりして、三人に謝った。


「そ、そうですよね、ごめんなさい」


 梓以外の三人は、監視の目がアッシュひとりになった時から、何度も逃げる機会を伺っていた。しかし軽薄な小物の態度の割に隙がない。


 それどころかいくら睨みつけても、アッシュの態度は揺らがない。軽い調子を崩さずに続ける。


「へへ、その通りで。ちょいと聞きたいんですが、ユージンってのはどんなお人なんで?」


 予想外の人物の質問に、人質たちは答えにつまる。どうして彼のことを気にするのだろうか。


「いえね、お頭は勇者に興味津々だが、あっしはどうもあの旦那が気になってねえ」


 それに答える前に、男がバタバタと走ってきた。男はアッシュを見つけると、焦って様子で畳み掛けた。


「おいアッシュ、早くおまえも手伝え。侵入者だ!」


 噂をすれば影か。アッシュも含めた五人がそう思ったかどうかは定かではないが、聞き返したのはアッシュであった。


「侵入者?まさか本当にあの農民さんが乗り込んできたんですかい」


 きっとそうに違いない。人質たちは確信を持って答えを待つ。だか続く言葉は予想を裏切った。


「農民ってなんだよ、勇者に決まってるだろう。もう何人かやられたらしい。ギフトの刃で精神をズタズタに引き裂かれたとか」


 人質たちの顔に影がさす。本当に勇者様が来たのなら、事態は確実に悪化するからだ。


「勇者、そんなタマには見えなかったけどねえ」


 焦る男とは対照的に、アッシュはどこ吹く風といった態度を崩さない。


「とにかくヤバいやつだ。お前もそいつらを牢にぶち込んだらだら加勢に来い。お頭からは生け捕りにしろって命令だが、どうも難しそうだ」


 そう言うと男は去っていった。残されたアッシュは懐から短刀を取り出すと。人質に向かって近づいて来る。


「面白くなって来やしたねえ。さて皆さん、事情が変わって来やした」


 身構える人質たち。だが何を思ったか、アッシュは理解の出来ない行動に出た。

 全員の手を縛っていた縄を切って回ったのだ。


「どういうつもりだ」


 四人は当然困惑する。


「なに、あっしは血生臭いのが嫌いでね。元々穴熊のヤローのやり方も好かねえんでさ。あの旦那に目を付けられるくらいなら、こうして恩を売っておこうかと思いやしてね」


 そういうアッシュの顔に怯えはない。


「殺そうとしたくせに」 


 紅はまだ不審そうだ。これが罠である可能性も捨てきれない。


「おっとそいつはご勘弁。そりゃあそこで穴熊に逆らえば、あっしがバッサリでさあ」


 アッシュは手刀の形を作ると、それを自分の首筋に当てた。妙な男だ。話している相手の調子を狂わせる。


「あの勇者には、恩を感じる高尚な機能は付いてないと思うわよ?」


 ついつい冬子は余計な事を口に出してしまう。


「そうかもしれやせん。そうじゃないかもしれやせん。どっちにしろ、あっしはここらでお暇させてもらいまさあ。それでは皆さん方、あんたがたを助けに来た方の勇者様に、あっしの活躍もちょいとお耳に入れて貰えたら幸いです。あばよ」


 そう言うと、アッシュの姿は洞窟の闇に消えて行った。










 穴熊のギランは相も変わらず上機嫌だった。


 勇者がアジトに乗り込んで来たという報告を受けて、すぐさま生け捕りを命じた。

 人質を取り、村人を脅したのはカモフラージュの意味もあった。しかしそれ以上に、餌としてチラつかせたかったのである。

 正直に言うと、逃亡資金なら今捕らえている四人を売れば十分確保できる。だがこの強欲な男はさらに利益を欲した。そこで我慢が利くようであれば盗賊になどなっていない。


 あわよくば、異世界から来たという他のギフトテッドが、アジトに乗り込んで来て欲しい。そうなれば獲物が増えると思ったのである。


 いかに自分とてギフトテッドを十数人同時に相手をするのは怖い。だが自分のアジトに誘い込めればいくらでも打つ手はある。そう思い様子を見ていたのだが、釣れた獲物は極上であった。

 何せ勇者のギフトだ。まさしく一点物のこの獲物を売れば、一生遊んで暮らせる。これが済めば部下には適当な理由をつけて村を襲わせ、その隙に自分は高飛びすれば良い。そう考えて勇者を捕えたという報告を待っていた。



 だが遅い。いつまで経っても誰も報告に来ない。

 だんだんとイラついてくる。いくら勇者といっても、アッシュを殺り損ねるような、まだまだギフトを覚えたてのひよっこのはずである。


 これだからグズは嫌いなのだ。

 そうだ、先に捕らえた獲物をいたぶって暇を潰そう。


 役に立たないノロマへの苛立ちを鎮めるため、ギランは石牢に向かう。


 だがそこで見たものは。


 切れた縄。


 もぬけの殻の牢屋。



 穴熊はおそらく、その生涯で1番大きな怒りの咆哮を上げた。


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