26、人それぞれ好きなタイプはあるから誰だって夢見ていい
世の中には2種類の人間がいる。
どこ居ても集団の中心になる人と、どこに居ても集団に埋没する人間だ。
何をやっても如才なくこなし、失敗さえも笑い話になる人気者。クロノ村で言えばフィルのような存在。
一方で埋没する人間は目立たない。何をやってもそこそこの結果で中心人物を引き立たせる。面白い話には賑やかしに笑ってみせ、失敗はしないが大きな功績も上げない。
ユージンは迷うまでもなく後者のタイプだ。今まで一度だって村の中で目立ったこともなく、女性にモテた事もない。
なのに今、ユージンは人生で最高の注目を浴びていた。モテモテだ。人生には3回モテ期が来るというが、今日この日が最高記録かもしれない。
背後からはユージンを求める熱烈な叫びが聞こえる。
髭面で筋骨隆々の大男。狐面で小狡そうなチビ。明らかに目がいっちゃってる人もいる。
「こんなバイオレンスな注目のされ方嫌だ!」
半泣きになりながら、ユージンは盗賊の群れから逃げていた。
「待ちやがれ、勇者のくせに逃げるってのはどうゆう了見だ」と、髭面の盗賊に正論を言われた。
「やかましい、女にモテないからって男のケツまで必死になって追いかけてんじゃねえ」
ユージンは足を止めずに言い返す。ついつい反応してしまう、フィルとの軽口の応酬で鍛えられた自分の感性が憎たらしい。
「何だとこの野郎、見るからに童貞のくせに」
精一杯女性関係のエピソードを探すが、悲しいことにポケットは空っぽだった。
「俺はモテモテですー。可愛い妹にも好かれてて人気者ですー」
最近話した女性は、妹とミレーユ婆さんだけだ。最近その妹からの当たりもきつくなっている。ユージンは汗が目に染みて視界が滲んだ。きっと走りすぎたのだろう。
ほとんど虚勢に近い反撃だったが、髭面の盗賊の走る速度が明らかに緩んだ。
「ガハッ、可愛い妹だと……羨ましい」
「パッとしない顔の奴らが不毛な言い争いをするな。俺が捕まえる」と、髭面を追い抜かして狐面の盗賊が言う。
不毛とは心外である。パッとしない顔は認めるが、髭面と並べられたくはない。
「やかましい、おまえだって横にその筋肉ゴリラがいるからマシに見えるだけで、単体で見れば不細工グループだからな」
「グハッ、う、薄々気づいていた事をハッキリと」
よろめき壁にもたれ掛かった狐面の盗賊はリタイアだろう。
「だったらオレの出番だな。仕留めてやるぜガキ」と、前に出てきた盗賊は、確かに先程の二人よりはマシな部類に入るだろう。
「一味でいちばんモテると自慢している男だ。普段はムカつくがこの童貞勇者に言ってやれ!」
(おお、髭と狐が復活した。うーん、顔は悪くないけど、ベッタリとポマードをつけた髪をオールバックにしている感じが粘着質。なんか気持ち悪いなこいつ)
「いや、お前はなんか無理。マザコンっぽい。熟女系の風俗しか行った事ない素人童貞臭がする」
ユージンは根拠のない悪口を言ってみた。
「ギョエ、な、何故それを!」
冷たい目で、髭と狐が前を走るポマードを見た。
「じゃあ今まで自慢してた下ネタの相手ってのは、まさか」
(あ、ポマードが崩れ落ちた)
その後もしばらく、そんな言い争いをしながら駆け回る。その内容はもはや挑発ではなく、女にモテない理由の言い合いというこの世でいちばん低俗な恋愛トークになっていた。
「こっちに集まれ」
「逃すな」
「右の道に追い込め!」
盗賊たちもこの鬼ごっこに段々と苛ついてきたようだ。
「アホー、こっちくんなー!」
ユージンの挑発もレパートリーはとうに尽き、もはや幼児の悪口である。その後も散々盗賊を挑発しながら逃げ回る。捕まれば抵抗のしようもない。剣を躱し、降り注ぐ矢を掻い潜りながら走り続けた。
それでも限界はやってくる。
「これ詰んだわ」
気がつけばユージンは、逃げ場のない小部屋に追い詰められていた。唯一の出口は盗賊の背後で、完全な袋小路である。
ユージンは少しでも時間を稼ぐために、盗賊にコミュニケーションを試みた。
「ここじゃ狭いが仕方ない。相手をしてやるからかかってこい」
(どうだ、ちょっとは警戒してくれるか)
「コ、コ、コロース」
(あ、あれ。何か片言になってないか)
「れ、冷静に考えればちょっと言い過ぎたかなーって。髭って今流行ってるし」
「イモート、ヨコセ」
(あ、ダメなやつだこれ)
「き、狐面ってよく見たら知的に見えるしカッコいいかも」
「ジャイアンヨリスネオカッコイイ」
「誰?変な電波入ってませんか)
「美、美魔女とかいるしね。大丈夫、カッコいいから自信持って」
「ママヲバカニスルナ」
ユージンは無闇に人の性癖に触れるものじゃない事を学んだ。そして最後にもう一度だけ話しかけた。
「あ、あのー皆さん。ここいらで解散ってのはどうですかね。ほら、1時間近く走り回って疲れたでしょう」
「「「オンナショウカイシロ!」」」
駄目だった。人の心を失ってる。
ユージンは最後の抵抗をしようと、刀に手を掛け腰を落とした。生きるか死ぬか。極限までの集中である。盗賊たちもその空気を感じて一瞬たじろぐ。
その時だった。
「リフォーム」
そんな声が小さな空間に響いた。
その瞬間、盗賊たちの背後にあった唯一の出入り口が消えた。かわりに洞窟の岩壁がゴツゴツと尖っている。続いてユージンが背中をつけていた壁に、消えたはずのドアが現れた。
盗賊たちは起こった出来事が全く理解できていない。ユージンは計画の成功を確信して、その扉に飛び込んだ。
☆
「リフォーム」
長沢くんが扉に手を添えて呟くと、ユージンが飛び込んだ扉が跡形もなく消えていく。全く見事なギフトの力だった。
「すいません、遅くなりました」
「最高のタイミングだったよ。ありがとう」
ユージンは安堵と疲労でその場に座り込んだ。壁にもたれたかったが、その向こうに盗賊の群れがいる事を思いだして体を起こした。目の前には一緒に来てくれた仲間たちが、誰も欠けることなく揃っている。
長沢くんの「ホームマイスター」のギフトこそ、ユージンが即席で考えた作戦の要だった。
このギフトは、家や建造物を作ったり修繕したり出来るギフトである。
異世界人たちの新居は、数種類のギフトを使って建てられているのだが、その中核を担ったのが長沢くんと紅のギフトだ。
家を作れると言っても、「ホームマイスター」のギフトには資材や土地が必要になる。必要な資材の中でもかなりの数を紅が「錬金術」のギフトで作り出したらしい。建築の知識がなければ、生み出した瞬間崩れてしまうような脆い建物しかできないらしいが、長沢くんは建築学科を目指していたので、その豊富な知識が役立ったのだ。
ユージンは盗賊のアジトに乗り込む作戦を考えていて、紅の言葉を思い出したのだ。
「部屋は帰ってからでも作れる」
つまりそれだけ手軽に、部屋くらいなら作り変えられるということだ。
盗賊のアジト。盗賊たちのホーム。つまり家だ。これは使えるんじゃないか。そう思ったわけである。
長沢くんのギフトで部屋の構造を作り変えてしまい、盗賊たちを閉じ込めてしまう。そうすれば、戦わずして人質を救出できるのではないか。
そう提案すると、長沢くんは考え込んだ。そしていくつか課題を述べた。
まず、洞穴の構造を知る必要があること。下手にいじれば崩れてしまう可能性があるからだ。盗賊と一緒に生き埋めでは浮かばれない。
それから大幅にいじることも出来ないこと。覚えたばかりのギフトは乱発は出来ない。この洞穴全体を改修をするには、まだ出力が足りないらしい。もっともそんな大きな改修は、できたところでやはり洞窟が耐えられないだろう。
だからユージンは、まず自分が囮になって盗賊を狭い場所に集めることにしたのだ。そしてその間に、長沢くんとユフィに洞穴内を調べてもらう。
その際に餌として使ったのが勇者の称号。ギフト狙いの穴熊なら生け捕りにしたいだろうから、殺されるリスクも減らせそうだと思ったし、ただの農民より相手も必死になって追ってくると考えた。
信憑性を持たせるために岬にも手伝ってもらい、盗賊を挑発したというわけである。効果は覿面。それどころかやり過ぎて殺されかけたのだが。
さらにもう一つ重要なのが、相手のギフトテッドを確認しておくことだった。いくら塞いでも壁ごと吹き飛ばす高火力のギフト持ちがいれば計画はオジャンである。なのでユフィには、長沢くんとともにアジト内にそんなギフトテッドが居ないか調べてもらっていたのだ。幸い罠作りや錠前開けのギフト持ちはいたそうだが、そういう危険なギフトを持った盗賊は居なかったようだ。
一番の賭けは穴熊がどのタイミングで出て来るかという事だった。
穴熊のギフトがあればすぐに穴を開けられてしまい、閉じ込めたことにならない。
だが使者をよこした穴熊のやり口を考えれば、まずは部下を差し向けるだろうと読んだ。
いきなり出て来ていれば、ユージンが八つ裂きにされてる間に脱出してもらうしかなかっただろう。
危険な賭けではあったが、計画は成功だ。
「あとは穴熊だな。奴にこの場所がバレたら一発でアウトだ。異変に気付いた穴熊にここがバレるのが先か、俺たちが四人を見つけるのが先かだ」
すると長沢くんがユージンを引き起こしながら言った。
「その点なら大丈夫かと。ここの構造を調べている時に、大体の位置の予測はついていますから」
ユージンからすれば頼もしい限りである。人が住む場所を作るには、目的に合わせた動線が出来る。台所にトイレは作らないし、空気の循環も考えて作る。そう言ったものからでも分かることがあるらしい。
「それじゃあ人質の救出、仕上げといきますか」
ユージンは疲れ果てた膝を励ますために、拳を作って何度か叩いた。




