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2、異世界転移

 ユージン・リラードは農民である。

 王都から幾分離れた田舎の村に生まれて、幼い頃から土とともに生き、作物とともに育まれてきた。

小さいながらも自ら耕したりんご畑は、村でいちばん美しいと評判だった。


 町の市場に出せばお得意さんによる争奪戦が始まり、王都のレストランに出荷されれば貴族が舌鼓を打つ。それは高価な財産も、人が羨む地位名誉も持たぬ平凡な農夫の唯一の誇りであった。


 その畑が。ユージンの平穏な日常が。見るも無惨な姿に成り果てていた。


「おいおいおいおいおいおいいおいおい」


 フィルは既に混乱の極地である。言語中枢がお亡くなりになったようで、壊れた蓄音機のようになっている。かくいうユージンも頭の中は真っ白であった。


 ベシャリ、という音とともに、頭の上から液体が流れてくる。それは無惨に潰れたりんごの汁であった。りんご汁はユージンの瞳へと流れ込み、透明な涙と混じり合う。同時にその涙は真っ白になった意識を残酷な世界に引き戻した。


「絶対に許さん」


 ユージンは立ち上がった。涙に濡れる瞳の先には、得体の知れない集団がいる。


「ま、待てユージン。なんだか知らんがアイツら絶対にギフト持ちだ」


 フィルが腕を掴んで引っ張ってくるが、ユージンの足は止まらない。


「うん」


 なおもしがみつくフィルを引き摺りながら足をすすめる。


「畑を吹っ飛ばしたんだぞ、殺傷能力のあるギフトだって」


 今度はユージンの言語中枢が怒りで焼き切れたらしい。


「うん」


 フィルの言葉は正論だ。畑を襲った謎の光線が襲ってくれば、人の体など跡形も残らないかも知れない。だからこそ、ユージンはこのまま謎の少年少女を放置するわけにはいかなかった。


「まずは村に帰ってみんなに知らせよう」


 もはや叫ぶように言うフィルの頭に乗ったりんごの皮を、ユージンは優しく払った。


「なあフィル、おまえが言ったんじゃないか。アイツら畑を吹っ飛ばしたんだぞ?」


 慈母の微笑みを浮かべたあと、ユージンは謎の集団に向き直る。


「オマエムラカエル。オレアイツラコロース」


「い、いかん。正気を失っている、落ち着けユージン。ハウス、ハウス」


 この場合、正気を失っているのはフィルもまた同様であろう。しかしユージンにはユージンの理屈があった。


「俺は正気だフィル。下手すりゃおまえや妹が、このりんごみたいになってたかも知れないんだぞ」


 当然のことながら、畑の中心にいればあの光はユージンとフィルにも当たっていたかも知れない。もしも晴れていて、両親や妹が畑に出ていれば。


 そんな危険な存在を、野放しにするわけにはいかなかった。せめて少年少女たちの目的くらいは、聞いておかなければ村人が危険にさらされる。


 ユージンの言葉に弾かれたように顔を上げ、フィルは村に向かって駆け出した。


「くそ、無茶するなよ。すぐに親父を連れてくる」


 その後ろ姿を見送ったあと、ユージンは謎の集団に向き合った。

奇妙奇天烈な集団だ。見たこともない形状の靴や、派手な彩色の施されたシャツは王都の流行であろうか。


 ほとんどの者が、鉄の板のようなものを振り回したり耳に当てたり、空にかざしたりしている光景は、辺境の奇祭に見えなくもない。しかし無機物に向かって独り言を呟く様は不気味である。「モシモシ」のあとに一様に「出ない!」とは悪魔召喚の儀式かなにかだろうか。


 はっきり言ってユージンも怖い。怖いが、一年分の収穫をおじゃんにされて黙っているわけにもいかない。なけなしの勇気を振り絞って、ユージンは腹の底から叫んだ。


「おいお前ら、いったいどういう了見で俺の畑を吹っ飛ばしてくれたんだ!」


 膝は震え、頭には潰れたりんごを被っているという情けない姿である。それでもユージンは、恐ろしいギフテッドたちの群れに立ち向かった。


「畑ってなんだよ、俺らさっきまで教室に・・・・・・うわっどこだここ?」


 その姿は、大切な畑と村人の安全を守るために立ち上がった、勇敢な農民の姿であった。


 しかし同時に、眼前の少年にとってはりんごの皮を帽子の代わりにしている奇人でもあった。


 それなりに整った顔をした少年が、呆けたような顔をしている。そんな顔をしたいのはユージンの方だというのに。


「どこだじゃねえ、俺の畑だ!」


 ユージンはかつて愛しい作物がいっぱいに実っていた大地を指差す。少年はその指の先に視線を下すと、目を見開いた。


「いや、荒野じゃん。うわ、きったね。おまえの土地なら掃除くらいしろよ」


 悲しいかな、それは少年の言う通りであった。草ひとつ生えていない抉り取られた大地の上には、グシャグシャになったりんごが、土にまみれて輝きを失い散乱している。原型を知らない者の目には、生ごみをぶちまけた空き地にしか見えないだろう。


 言葉を失うユージンを、少年少女たちは無遠慮に上から下までジロジロと観察した。


「なんであたしら外にいるわけ?教室は?意味わかんない」

「この地味男誰よ。この顔でコスプレとかマジで痛くない?」

「でも完成度は高いぞ。こう、滲み出る貧民オーラがよく再現されている」


 コスプレとは仮装のことであろうか。だとすれば、服は普段着で滲み出る貧民オーラは自前である。怒りで引っ込んだはずの涙が、ユージンの視界を再び潤ませた。


「馬鹿にするのも大概にしろよ!人の畑をギフトでふっ飛ばしといてなんだその態度は」


「なに、ギフトって」

「なにじゃねーよ。おまえらの使った異能だよ」

「意味わかんねー。うわっ、なんかグニュッとするもん踏んだ、キモっ」


 いまいち会話が噛み合わない。おまけに興奮した少年たちが動くたびに、足元で作物が踏み潰されていく。すでに出荷できる状態でないのは分かっていても、踏み躙られるたび胸に鈍い痛みが走った。


「ギフトっていうのはだな」


 あまりにも話が進まない。ユージンはからかわれているのを承知で、ギフトの説明をすることにした。

かつて視界いっぱいに緑の広がっていたりんご畑の土に、木の枝の残骸で図まで書いてやった。りんごの汁だか涙だか分からない液体が、顎の先から滴り黒い染みを作る。その度に滲む部分を描き直しながらである。


『ギフト』


 それは天からの贈り物。


 ある者は炎を自在に操り、またある者は空を自由に駆け回る。

様々な超常の技を繰り出す異能の総称である。


 馬よりも早く駆ける「韋駄天」や、「リフト」のように単純に筋力を上げるもの。八桁の掛け算であろうと瞬時に答えを導き出す「神算」まで。その能力は千差万別、様々な種類がある。


 もちろん誰にでも宿る力ではない。


 だからこそ、ギフトを身に宿す者はギフテッドと呼ばれて重宝されているのだ。ほとんどのギフテッドは「韋駄天」ならば飛脚、「リフト」ならば荷の積み下ろしなど、自分のギフトを活かせる職につく。ひとりで複数人分の仕事をこなせるギフテッドは当然待遇も良い。世界はギフテッド中心に回っていると言っても過言ではないのだ。



「つまり選ばれた奴だけが使える魔法みたいな能力か」


 少年が目を輝かせた。


「まあ、そうだな」


「それさ、ユニークギフトとかもある?超強力なやつ」


「そんなもんは騎士団長とか宮廷お抱えの研究者しか持っとらんが、固有のギフトという意味ならある」


 そしてとうとう震え出した。


「まじ。ここって・・・・・・」


「でだ。おまえらがギフトで俺の畑を潰したんだろ?」


 思えばギフト持ちに何故ギフトの説明をしなければならないのか。変な方向に流れた会話をもとに戻そうと、ユージンは地べたの文字を足でかき消した。しかし少年たちは俯いたまま全身を震わすばかりである。かと思えば今度は大絶叫が響いた。




「「「異世界いいいいいいい!?」」」




「やばくない、絶対チートあるじゃん」

「エルフとかいるのかな」

「いや、家に帰れなかったらやばいじゃん」

「電波通じないんだけど」


 衆人は口々に喋り出し、場は収拾のつかない喧騒へと突入した。

ユージンの耳には聞きなれない単語が飛び交う。


「誰が勇者かな」

「やっぱ松田くんじゃない」

「だよねー」


「おい」


「でもさ、どうやって使うんだ」

「あれはあれ、ステータス・オープン的な」


「人の話を」


「俺、ハーレム作るんだ」

「無理無理、鏡見てこい」

「いや待て、こういうのは案外暗いやつが活躍するパターンもあるぞ」


「俺の畑をだな」


「うっさいモブ農民!」


 ユージンは再び泣きそうになった。

 だが新たな世界にやってきた少年少女たちは、すでに目の前の矮小な農民よりも未来の冒険に心を持っていかれているらしい。そんな彼らの意識を現実に戻したのは、ユージンの啜り泣く声ではなく、わずかばかり残ったりんご畑の茂みの揺れる音だった。


 ユージンは最初、フィルが村人を連れて戻ってきたものだと思った。しかしそちらに駆け寄ろうとした時、潰れたりんごの甘い匂いに混じって、腐った沼のような匂いが鼻をつく。茂みの揺れから伝わる質量は、明らかに人間のそれではない。


 りんごの木の幹がふたつに割られた。そこから伸びてきた豚鼻から、生臭い鼻息が吹きつけられる。

少年たちもその異様を目にして、水を打ったように静まり返った。


「なんだってこう、悪いことは重なるのかね」


 ユージンの意識が、度重なるトラブルに耐えかねて脳みそからの脱出を図る。逃亡犯の足を必死に掴んだのは、理性ではなく生存本能である。


 そこにいたのは巨大な化け物だった。四つ脚で立っている状態でも、その体高はユージンの背を越している。泥で汚れた毛の下に、隆起した筋肉が盛り上がっている。2本の牙が伸びる口元からは涎が垂れ流しになっていた。


「イノシシ・・・・・・にしちゃあデカすぎるよな」


 ユージンの隣で、少年は呆然と呟いた。


不幸って続くこともありますが、作者は読者様がいれば頑張れます。みんな頑張り過ぎずにいきましょうね。

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