24、人並みの羞恥心とかあれば勇者とか名乗れないよね
とうとうユージンたちは盗賊のアジトを発見した。
それは巧妙に偽装工作の施された洞窟だった。
入り口は大人ひとりがギリギリ通れるくらいの大きさで、草と蔦とで見つからないようにしている。しかし小さな穴の奥には、広い空間が広がっていた。
それはポルカ山を知り尽くしているはずの、ユージンにすら記憶にない洞窟である。
(通りで心当たりを回っても見つからないわけだ)
ユージンは己の不甲斐なさを呪った。ユージンは山の中を探す時、今までの経験を元に、知っている開けた場所や洞窟を回っていた。ポルカ山は庭みたいなもので、知らない場所はないと思っていたからだ。
だがアジトの洞窟に、見覚えはない。それもそのはずだ。洞窟は新しく作られたものだった。その証拠に、よく見れば周囲には掘り進めて出た土が撒かれている。
土を操る己のギフトを使って、新しく洞穴を掘ったのだ。安直な二つ名だが、まさに穴熊だった。
「さて、アジトは見つかった。後はどうやって人質を助けるかだな」
まずは第一関門をクリアした。場所が分からなければ手出しのしようもない。
「こんなのどうやって忍び込むの」
「僕らには正面から盗賊をやっつける戦闘系のギフトもありませんしね」
「だよねー。私の出す風じゃ雑草刈りは出来ても、盗賊の鎧は切り裂けそうにないし」
確かに、三人の言う通りである。正面からやり合うのは無理。それに中の様子が分からない以上、無策に飛び込むのは危険だった。大体、中に入ってもどこに人質が囚われているか分からなければ救いようがない。
難しい顔をして、長沢くんは黙り込んでしまう。岬もユフィも妙案は浮かんでこないようだった。
ユージンはそんな三人に向かって言った。
「うーん、それなんだけどさ、この中には盗賊がわんさか居るんだろ」
「そんなの当たり前じゃん」
岬は追い詰められた状況で当然のことを聞くユージンに、苛立った様子で返事をした。しかも続くユージンの言葉で、場はさらに混乱をきたす。
「じゃあ長沢くん。とりあえず脱げ」
沈黙が流れた。最初に騒ぎ出したのはユフィである。ユージンの首元を尋常じゃない力で締めつける。
「や、やっぱりお兄ちゃんそっちの気が⁉︎こ、浩介くんね、浩介くんのせいなのね。泊まりに来てる間に何があったのよ!だ、だめだよお兄ちゃん!」
「おい、ユフィ。何を想像してんだよ」
「今まで普通ど真ん中だったお兄ちゃんの性癖がどーして。どーせアブノーマルなら近親ものになれば良いものを!」
ユージンの意識が遠のいてきた。朦朧として聞き取れないけれど、どえらいことを言われている気がした。
「あたしはへーきよー。むしろそっちもイケる口だし」
岬は面白がってばかりで、助けを求めるユージンをニヤニヤしながら見るばかりである。そっちとはどっちか、ユージンには分からない。
「ゆ、ユージンさん?」
長沢くんが顔を赤らめたせいで、本当に変な空気が流れ始める。
「い、いや、何の話してんだお前ら。いいか、……ごにょごにょ」
ユフィを振り払って、不足した酸素を胸いっぱいに吸い込んだ。清涼な山の空気がユージンの頭を冴えさせる。思いついた作戦を伝えると、三人は何故だか呆れた顔でこちらを見ている。
「僕は出来なくもないですけど、よくそんなこと思いつきますね」
「いーじゃん、あたしは気に入ったよ。特に豪快なところがね」
ユフィだけは少し難色を示したが、最終的には頷いた。
「まあお兄ちゃんがソッチじゃないならいいけど。気をつけてね。」
この作戦が上手くいけば、直接盗賊に対峙するのはユージンだけで済む。そのユージンにしても剣を交えたりすることはないのだ。薄暗い山の木々に身を潜めて、救出作戦はいよいよ始まろうとしていた。
☆
洞窟の中の冷たい空気が、ユージンの首筋をヒヤリと撫でた。ユージンの他に人の姿はない。ひとりきりだ。
洞窟は想像よりもさらに入り組んでいて、道は曲がりくねっている。ツルハシや、掘り起こされた岩盤を積んだままになっている台車がいくつも目についた。ずっと続く通路の先を松明の明かりが揺らしている。
その灯りを頼りに進むと、数人の柄の悪い男たちが酒を飲んでいた。かなり酔っているようだ。
ユージンは少し離れたところで立ち止まる。ただし身を潜めたりはしない。堂々とその姿を晒してやった。すぐに男たちの視線が集まる。
「何だおまえ。ここで何してやがる」
あまりに堂々としてるので、盗賊は敵意より疑問を感じたようだった。直ぐに襲いかかってこない盗賊に向かって、ユージンは力の限り叫んだ。
「おいこら盗賊っ、勇者様が退治しに来てやったぜい‼︎」
(うわっ恥ずかしい!自分で勇者っていうのめちゃくちゃ恥ずかしいぞこれ。初めてアイツを尊敬したかも)
「勇者だあ?頭おかしいのかオマエ」
「いや、ちょっと待て。確か異世界から来たガキの中に、勇者のギフトを持った奴がいるって噂だぜ」
「なんだと、じゃあまさか本当に?」
「おい、ギランの野郎に報告してこい。確かにあの服は異世界人のだ」
盗賊のひとりが奥に引っ込む。しっかり餌に食いついてきたことに満足して、ユージンは密かに安堵した。
ユージンが着ているのは、いつもの土に塗れたシャツではない。長沢くんの着ていたものを借りたのだ。
着てしまえば、盗賊たちにはユージンも異世界人に見えるだろう。ユージンがわざわざ異世界人の、それも勇者のフリをしているのには、もちろん理由がある。
そうすれば、必ず穴熊はユージンを捕らえようとすると思ったのだ。穴熊の狙いはギフテッドの存在である。ギフト持ちの異世界人たちを売り飛ばすつもりなら、ユニークギフトは最も欲しいギフトだろう、中でも勇者のギフトなど、レア中のレア物だ。
要するに、ユージンは囮だった。長沢くんとユフィは今、別行動で隠密に動いている。
「えーっと何だっけ。あ、そうだ。おいおい偉大なる勇者様に怯えているのか。何なら人質を置いて逃げてもいいんだよ?」
内心ビビってんのも逃げたいのも、ユージンである。口調がおかしいのは、勇者マツダを忠実に再現しようとした結果だ。多少の悪意が混ざるのもご愛嬌である。
「てめえ、あんまり調子にのるなよ」
盗賊たちがそれぞれ剣や斧を構えた。覚悟はしていても、本物の殺意が込められた刃物は恐ろしい。それでもユージンは作戦のために、演技を止めるわけにはいかない。
(長沢くん、ユフィ。頼んだぞ、お兄さんの精神が持つうちに)
「ふん、盗賊ごときが偉そうな口を叩くとどうなるか、教えてやる」
ユージンはわざわざ大仰に腕を突き上げて盗賊の視線を集めると、その手を酒や料理の乗ったテーブルに向けた。
「えい」
間の抜けた掛け声と共に、酒瓶が真っ二つに割れて中身がザブザブと溢れ落ちる。
「な、何しやがった」
盗賊の間に動揺が走る。もちろんハリボテの勇者であるユージンにはそんな芸当できない。ずっと後ろに隠れてついてきている岬のギフトである。
ユージンのさらに後方に隠れている岬のギフトだ。彼女のギフトは風の刃を発生させる。その力をユージンの手の動きに合わせて使っているのだ。
「ふふっ、これはまだ俺のギフトの力の一端。次は当てるぜい」
(嘘です。俺の力何て美味しいリンゴを育てるくらいです)
「くっ、なんて恐ろしいやつだ勇者よ」
「あぁ。顔色ひとつ変えずに俺たちの命を握ってやがる」
(おお、いい感じかも?)
「人質を大人しく解放するなら見逃してやろう」
(ねっ。怖いでしょ?だからもうやめよ)
「よし、仲間を全員集めろ、全力でやるぞ」
(ぎゃー!?)
出来ればそのまま人質を返して欲しかった。けれどそんなに上手くいくとは、ユージンだって考えていない。
ユージンは岬に指でサインを送って、作戦を次の段階に進めることにした。
「ふん、面白い。いくらでも連れてくるがいい」
長沢くんとユフィを信じて、ハッタリをかまし続ける。
「勇者が出たってのは本当か!」
「こいつが異世界人か」
続々と集まる盗賊を相手に、ユージンはさらに虚勢を張る。
「雑魚がいくら集まろうと無駄なことだ」
「おもしれえ。勇者をやったとなりゃあ、名が上がるぜ」
「ぶち殺せぇぇぇ!」
狭い空間にひしめき合うように、盗賊たちは集まった。
(俺の所に盗賊が集まれば集まるほど、長沢くんとユフィは動きやすくなるはず)
「さあこい薄汚いゴミども!」
「「「ウォォォォオ!!」」」
(は……ず)
「「「殺せ殺せ殺せぇ!」」」
(集まりすぎじゃない?)
ユージンを殺すために集まった盗賊は、当初の予想を遥かに超えていた。十人足らずと考えていた盗賊は、すでにこの場に集まった者だけで20人近い。その全員が血走った眼でユージンを睨みつけている。
「さあ勇者さんよ、これだけの人数相手にしてもまだ大口叩けるのか」
「当たり前だ。勇者だぞう」
(無理無理無理無理無理無理!長沢くん、ユフィ。急いでください。お兄さんはもうダメかもしれません)
遅い来る盗賊たちから逃げまどいながら、ユージンは必死に祈った。