23、恐怖の手がかり
8月11日
私の家族はよく出来た人たちばかりだ。
父親は上々企業の役員。
母親は有名私立大学の理事長。
姉は有名な雑誌の編集者で、おまけに自分でもモデルをしている。弟は弟で、全国でも屈指の進学校に通っている。
そんな優秀な人たちに囲まれて、私だけは出来損ないだった。
それなりの学校で、それなりの成績。
おまけに大した特技もない。どころか一生懸命やっても間抜けな失敗を重ねてしまう。
家族と一緒にいても募るのはコンプレックスばかり。
どうしてお前だけこんな事も出来ない?
あの子に合わせてたら時間がかかるわ。
家族に悪気は無かったのだろうけれど、自分の不出来さを常に意識されられる毎日。
気づけば私の口癖は
「ごめんなさい」になっていた。
失敗が怖い。褒めてくれなくていいから怒られたくない。
そんな思いから、出来るだけ他人に迷惑をかけない事だけを考えて日々を過ごしていた。
だけど今日は素敵な1日だった。
いつもは失敗の内容ばかりが記される日記に、素敵な人が登場するのだ。
彼の名前はユージンさん。
彼はこんな私を助けてくれた。
松田くんは苦手。何でも持っていて私の家族に似ているから。
でも彼は私のやったことを自慢してもいいと言ってくれた。あんなに迷惑を掛けたのに、食事会にまで呼んでくれた。
ダメですよユージンさん。こんなブスでノロマな女にそんなに優しくしたら。
好きになっちゃうじゃないですか。
ユージンさんユージンさんユージンさん
ユージンさんユージンさんユージンさん
ユージンユージンユージンユージンユージン
ユージンユージンユージンユージンユージン
ユージンユージンユージンユージンユージン
ユージンユージンユージンユージンユージン
毎日私の日記に登場して下さいね?
★
久しぶりに読み返したくなる1ページになるはずの日記。
その筈だった。
だけどそれは打ち砕かれる。
最高の1日の終わりに、最低の出来事が起こったのだ。
★
以下略。(アジトまでの道中の出来事が書かれている)
(怖えええええええよおおおおおお!)
ユージンはその紙をそっと懐にしまうと、見なかったことにした。
(いや、マジで重すぎます。田舎者には都会人の事情は難しすぎます。オレナニモミテナイ)
現実逃避していると、三人が痺れを切らして質問を投げかけてくる。
恐る恐るユフィが尋ねてくる。
「あ、アジトの場所は分かったのお兄ちゃん?」
(ああ、バッチリな。そりゃ俺の知ってる場所ばかり探してたら見つからないわ)
長澤くんが俺の悲痛な顔で察したのか言う。
「よっぽどショックな事が書かれていたんですね……四人は無事なんですか⁉︎」
(ある意味凄くショックです)
「まさかもう……」
(うん、既に地雷が一個増えたよ☆)
現実逃避ばかりもしていられない。ユージンは気を取り直して、三人に手に入れた情報を共有することにした。
「アジトの場所は分かった。それに俺の感じていた違和感の正体も」
「違和感?」
最初に盗賊からの要求書を見たときの違和感である。
「そもそも変だったんだ。あの要求はどう考えたって、クロノ村のような小さな村に払える額じゃない。それは食い詰め農民から盗賊になったアッシュも言ってたろ」
もともと田舎の懐事情なんて、穴熊のような盗賊なら分かっていたはずである。つまり、こちら側が断る前提で吹っかけてきていたということだ。
「で、でもそんなの何のために」
当然の疑問だろう。普通の田舎の村にこんな無茶を言うメリットはない。だけどクロノ村には最近、普通でない事が起きている。
「この紙は梓のギフトで書かれた日記の一部なんだ。こいつを読めば分かるが、穴熊の狙いは初めから君たち異世界人のギフトだ」
「どういう事ですか。元々村の財産ではなく僕らが狙い?」
長沢くんの顔色が悪くなる。頭のいい少年だ。すぐに事情を察したのだろう。
「要するに、奴の狙いはギフトを持った子供たちだ。ギフト持ちの子供は人身売買の対象になる。珍しければ珍しいほど高値で取引されるんだ」
ギフトというのは珍しく、後天的に付与も出来ない。持たざる者はなお、その力を欲する。
例えば犯罪組織の兵隊として。
例えば政治家の裏取引き、のため。
固有のギフトを持つものなら、軽く豪邸が三軒は立つと言われている程だ。
普通はもっと幼い子供が狙われる。ギフトがまだ未発達で反撃される可能性が低く、思想も他のものに染まっていない幼児などが。
だけどその条件なら異世界から来た人々にも当てはまる。まだ自分のギフトを自覚したばかりで、この世界の常識を何一つ知らない。
こんな田舎の村では、ギフト持ちなどすぐに噂になる。それを聞きつけた穴熊は、逃走資金を稼ぐのに丁度いいと目をつけたのだろう。
「それじゃあやっぱり」
「この村が狙われたのはお金じゃなく、私たちのせい」
金や食料の要求は本当の狙いを隠すためのカモフラージュ。もっとも、本当にそれが狙いと思って集まっている手下もいるはずだ。村の財産を餌にして戦力を集めたってとこだろう。
この推測が正しければ、思ったよりずっと周到に計画されたものだ。想像より相手が多いかもしれない。盗賊団のメンバーはせいぜい10人足らずと思っていたが、救出の難易度はグッと上がる。
気付かれないように忍び込むつもりだったが、難しいかもしれない。
「悪ことばかりでもないさ。相手の狙いがギフテッドなら、冬子たちが早々に傷つけられる可能性は低いからね」
ユージンは落ち込む二人に笑いかけた。
(というか何かしらプラス思考に持っていかないと俺の精神がプレッシャーで死んじゃう。十人以上の盗賊と戦うとか無理ですから。こちとら生粋の農耕民族ですから)
それでも二人は衝撃から抜け出せていない様子だった。唇は紫色に染まり、瞳は地面の一点に固定されている。
標的にされた村にいたのではなく、自分達がいたから標的にされたことがショックだったのだろう。だけどユージンにとっては、これで罪悪感を抱くのはナンセンスだった。
「問題です。農家の少年の家に、都会から友達が遊びに来ました」
二人は唐突なユージンの発言に反応できない。
「田舎の少年は都会の友達に、自分の村の楽しい所を案内してあげました」
構わずユージンは続ける。
「そのお礼に、友達は都会の珍しいお菓子をあげました」
君たちは何も悪くない。
「するとその時です。山から降りて来た猿がそのお菓子を取ってしまいました。さて、悪いのは誰でしょう」
ポカンと口を開けている二人に代わって、ユフィが嬉しそうに叫んだ。
「答えは猿!」
ユージンは満点の解答に満足して、ユフィの頭を撫でた。
「さっさと猿退治に行こうぜ?」
ようやく二人に笑みが戻る。
「ユージンさんはやっぱり頭いいですよ。進学校に通う僕らよりずっと」
「何それアホらし。でもその通りだね」
「お兄ちゃんヤバかっこいい」
ユージンの伝えたいことは、二人にも十分理解できたようだ。
どう考えても、異世界人が責任を感じる必要はない。悪いのは盗賊たちだ。なのにこの子達は心を痛めている。そんなことあっちゃいけない。それがユージンの考えだった。
ユージンはもう一度強く決意を固め、いよいよ判明した盗賊のアジトに向かう。
「お兄ちゃん、そういえばアジトの詳しい場所は?」
「そうですね、僕らも知って置いた方がいいかと」
「その紙見せてよ」
「お三方、知らない方が良いことも世の中あるらしいですよ」




