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18、たまったもんじゃありません

「覚悟しろ盗賊め!」


 聞こえてきたのは、そんな叫び声だった。眩い光のせいで、声の主の姿は見えない。

 しかしその迸る光はしっかりとアッシュを撃ち抜いた。

 もはや確認するまでもない。あの男である。お約束を回収したくはなかったが、ユージンは心の中で盛大に叫んだ。




マっツっダあぁぁぁぁ‼︎




「み、見たか。やった、やったぞ、盗賊を倒した!」


「やっべー、すげーよ松田!」


「ははっ、めちゃくちゃ吹っ飛んだな!」



 閃光の発生源はやはり、マツダだった。お決まりの三馬鹿トリオは、ハイタッチを交わして喜んでいる。


 はしゃぐ三人を尻目に、ユージンはまとまりかけた交渉と計画が、音を立てて崩れていくのを呆然と見つめていた。


(何だこれは。何してくれちゃってんのこいつ。自分のやったこと分かってんの?)


 ユージンの頭の中では疑問と怒りがぐるぐると巡る。そんな想いには全く興味が無いのだろう。マツダたちははしゃぎ続けている。


「やっぱり盗賊なんて大したことないな。おい、感謝しろよ。俺がこの村を救ってやったんだからな」


(俺が、こいつに感謝?)


 何も分かっていないこの一言にユージンの中で何かが音を立ててキレた。


「おまえ何をしたか分かってんのか」


 自分の声とは思えないくらい冷めた声が出る。


「だから、村を困らす盗賊を倒してやったんだろ、の ・う・ み ・ん ・くん」


(こいつは本当に何も考えていないのか。むしろ遊びだとでも思っているのか)


「おまえは唯一の、誰も傷つかない道を閉ざしたんだぞ」


(どうして人の生き死にがかかった場面で、こんな浅はかな行為を事前の相談もなく出来るんだ)


「なにを言ってるんだ、びびって金を払おうとしてたお前が。これが勇者の最初の戦いになるわけだ」


 ユージンたちだって、出来ることなら盗賊なんかに一銭もくれてやりたくない。でもここで意地を張ればそれで誰かが死んでしまうかもしれない。だからこその苦渋の選択を選んだのだ。


「俺はな、オマエが本当に村人や、攫われた冬子たちのことを考えて動いたんならまだ我慢できる」


 そう、例えばみんなで相談した結果、戦うとなれば。それはそれで別の作戦を考えていただろう。


「考えてたから助けてやったんじゃん。冬子たちだって今から俺が救ってきてやるよ」


 皆がどれ程の勇気を振り絞ってここに至ったかなんて、微塵も伝わっていない。助けてやってるのは村人の方だ。


「どこにだ。あいつらのアジトは分かるのか、相手の戦力や人数は?」


 当然の疑問すらマツダには答えられない。


「そっ、それは……そうだ、さっきの奴に聞けばいい!」


 アッシュはとっくに消えていた。無傷ではないだろうが、ユージンも以前に食らった攻撃である。あの時のことを考えれば致命傷には至っていないだろう。さすがに盗賊として生きてきただけあって逃げ足が速い。


「アイツがアジトに報告に戻った瞬間、人質が殺される可能性も考えてなかったのか?」


 むしろこの村に来たのがアッシュだけとは限らない。間違いなく他の監視役が隠れていた筈である。そいつは村人に反抗の意思ありと、穴熊に告げるだろう。急がねば冬子たちが危ない。


 ユージンがかけた保険の話をみんなの前で詳しくしなかったのも、ミレーユ婆さんがそこに深く突っ込まなかったのも、どこに監視の目があるか分からなかったからだ。


「え、偉そうに言うな。俺が助けなきゃお前らは皆殺しになるんだぞ!」


 そもそもマツダは、この事態を引き起こしているのが自分たちだと全く分かってない。


「村のみんなも、長沢くんも気づいているのに、人の善意がオマエにはなにも伝わらないんだな」


 気づいているからこそ、長沢くんや岬はこの場に来ると強く主張したのだ。その気持ちが伝わったからこそ、ユージンは4つ目の選択肢を選ばないと改めて決意を固めたのだ。


「はあ?」


「分からないか」


 ユージンが伏せた選択肢。


「な、なんだよ」


 村にとっていちばんメリットが大きく、リスクの低い選択肢。


「この村の人たちにはな、人質を見捨てて財産持って逃げるって選択肢もあったんだよ」


 それが最後の選択肢だった。人質を見捨ててしまえば、家は失うが最低限の財産は持ち出せる。無人の村や持ち出せない大きな荷は盗賊に荒らされるだろうが、むしろそれを囮にして被害を最小限に抑えられたはずだ。


「でも誰も言い出さなかった。村人でもない、異世界からきたアンタの友人を救うために。死ぬ可能性があっても、誰も逃げ出さなかったんだ」


 この村の馬鹿が付くほどお人好しの農民たちは、そんな選択肢など思いつきもしないのだ。子供が犠牲になる事態など、初めから無意識に除外している。そんな人たちを、マツダは自分の活躍のために危険に晒したのである。


「う、うるさい。だいたい前から気に入らなかったんだ。主人公は俺なんだぞ。冬子や、紅。ここの村人も、どうしてお前みたいな奴を頼るんだ!」


 マツダはようやく事態の深刻さに気がついてて、大きく取り乱した。それでもその感情は、ユージンへの攻撃となって噴き出す。


(ああ、そうだろうよ。異世界から来て、勇者なんて名前のついたギフトを授かっている。おまえはこの世界の重要人物かもしれない。でも俺はな)


「主人公なんてなりたかねーよ。俺はおまえの言う通り、農民Aで十分だ。勇者でもなんでも好きにやってくれ」


 ユージンはギフトも持たない凡人だ。どこにでもいる田舎者。今も昔も、これから先も。世界をどうこうする器なんてないだろう。


「だけどな。おまえにとっちゃ異世界で、特別な自分が活躍するための遊び場かもしれないけど、俺たちには現実なんだ」


 ユージンは取り乱すマツダに向かって、ゆっくりと足を進める。


 なにもかも上手くいく現実など存在しない。馬鹿なことをすれば怪我をするし、必死に生きなければ成功しない。そしてそんな日常を、勇者でなくたって、精一杯命を燃やして生きているのがユージンたち一般人なのだ。


「お前にとってはその他大勢だろうけど、俺たちは絵本の中の顔のない黒子じゃない」


 固く拳を握りしめた拳と、毎日の農作業で鍛えた腕を振り上げる。マツダが逃げるように後退るが、ユージンはそれを許さない。


 ユージンはそのまま、何の躊躇いもなく振り上げた拳を撃ち抜いた。


「ぶひゃらっ⁉︎」


 数メートル先に吹っ飛んでいったマツダは地面に突っ伏した。取り巻きは凍りついたように動けず、長沢くんはもちろんのこと、長い付き合いの村長さえ驚いている。それはそうだろう。ユージン自身ですら驚いている。


 生まれて初めて、人の顔面を思いっきり殴り飛ばしたのだ。地面に突っ伏しビクビクと震えるマツダに、ユージンは想いの丈を投げかけた。


「主人公だか異世界転移だか知らないけどな。必死に生きてる奴の邪魔されちゃ、たまったもんじゃねーんだよ」


 マツダはその言葉を聞くと、完全に崩れ落ちて動かなくなった。






 それからユージンはすぐに行動を開始した。


 怒りは収まらないが、今はこれ以上、傍迷惑な勇者様に構っている時間はない。やるべきことをせねばならない。


「ユフィ、すぐに来てくれ!」


 ユージンは大声を出して妹を呼んだ。少し離れたところに隠れているよう、先に指示を出していたのである。ここからは時間との勝負だ。向こうが村に雪崩れ込んで来る前に、出来る限りの情報収集と準備をしなければならない。


 理想は隠れた監視者よりも先にアジトに乗り込み、人質を救出すること。というか、そうでないと人質が危ない。


「頼んでた事は確認出来たか」


 ユージンの普段見せない一面に、ユフィも驚いているようだ。


「う、うん。鑑定のギフトで離れたところから見てたよ。監視役の盗賊がやっぱり隠れてた」


 ユフィに隠れているように頼んだのは、交渉役以外に村に近づく人間が居ないか確かめるためだった。鑑定のギフトを持つユフィなら、そいつがギフト持ちかどうかも見抜ける。


 ギフテッドが居れば、ユージンが立てた作戦などたやすくひっくり返る。それは最優先で確認しておきたいことだった。


「よし、どの方角に向かったか教えてくれ。俺の刀は持ってきたな」


 交渉に農民が武器を持ち込むわけにはいかない。そもそもユージンの腕では、どれだけ役立つか怪しい。それでも決裂した時のために、刀をユフィに預けていたのだ。


 ユージンは普通の農民だ。だからこそ、ユージンの日常に生きる人たちに死人など出てはいけないのだ。


 勇者でなくとも。主人公でなくとも。守るべき大切なものは、その他大勢にだってあるのだ。


 窮鼠猫噛み。

 農民の意地を見せてやる。


 ユージンは腰のベルトにしっかりと刀を差して、やるべき行動に移った。


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