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17、交渉

 クロノ村の中には、張り詰めた空気が流れていた。慌ただしい人々の動きに異常を感じたのか、いつもなら騒々しい椋鳥の群れまでもが沈黙を守っている。


 ユージンは村の入り口で盗賊の死者を待っていた。西の空が茜色に染まり、約束の刻限である日暮はもう近い。盗賊が暴力に訴えた時のために幾つかの備えをして、村人たちには集会場に避難してもらっている。


 交渉に当たるのは三人。ユージンと村長、そして異世界人の代表として自ら志願した長沢くんだ。


 一度は危険だからと同行を断った。しかし長沢くんは、攫われているのは自分たちの世界の人間で、それなのに同じ世界の人間がひとりも危険な場所に立たないのはおかしいと強く訴えてきた。ユージンは構わないと言ったのだが、彼の強い意志は変わらなかった。何かあればすぐに逃げるようにとは伝えてある。


 ミレーユ婆さんがいれば心強かったが、不安と闘う集会場の人々にもまとめ役は必要だろう。今は、上手く集会場の中に恐怖が広がるのを抑えてくれているはずだ。


 ユージンにとっても、不安と恐怖は他人事ではない。


 ジリジリとプレッシャーに耐えていると、空は茜色から不吉な紫色へと変わっていく。いよいよ日暮れの時刻になると、いかにも小悪党然とした男がやって来た。


「あっしはアッシュ。お頭の命令でアンタらの答えを聞きに来やした」


 ユージンは交渉相手となるアッシュという男をじっくりと観察する。盗賊と言っても大柄なわけではなく、むしろ背はユージンよりも低いかもしれない。口調はいかにも下っ端だが、緊張は見られない。かなり場慣れしていそうだ。


「返事を聞かせてもらいましょうか。と言っても、答えは一つしかねえでしょうが」

 

 纏う気配は軽薄だが、暴力の匂いはしない。なぜか憎めない軽い口調だった。


「その前に、人質の無事を確認したい」


「つまらねえ質問で。あっしが無事とお伝えしたところで、アンタら信じられるんですかい」


「そちらこそ、つまらない事を言わないで下さいよ。何か証拠になるものを持たされているでしょう」


 話はそれからだ。ご丁寧に使者を出すと言っている相手に、何の用意もないとは思えない。こちらだって人質が居なければ面倒なことはせず、近くの軍に助けを求めているのだ。


「へへっ、肝の座ったお兄さんだ。これが嬢ちゃんたちの生きてる証拠だ」


 そう言ってアッシュが差し出したのは、見覚えのある小さな板切れだった。


「香椎さんのスマホ!」


 長沢くんが叫んだ。しかし、ユージンには何故これが証拠になるのか分からない。


「どういうカラクリか知らねえが、出る直前に撮ったムービーってのを見れば分かると。そっちのメガネの坊ちゃんなら分かるんじゃないですかい?」


 アッシュはそう言うと、長沢くんにスマホを渡した。


「そうか、それなら撮影した時間もわかる。見せてください」


 長沢くんは受け取ったスマホを指で操作している。すぐに画面が切り替わり、人質たちの姿が現れた。見たところ怪我などはなさそうだ。


「確認しました。確かにほんの30分ほど前の映像です」


 最悪の事態にはなっていない。ユージンと村長も安堵する。


「分かった。それじゃこっちの答えを伝えさせてもらう。まず、あんたらの要求には応えられない」


 答えを聞いてアッシュの目が細められる。


「ほお、あっしらとやる気で。言っとくがうちの親分は多少イカレてる。舐められたと思ったら、たとえ軍が出動する事になってもあんたらを皆殺しにしやすぜ」


 アッシュが何気なく剣の柄を触る。それだけで肌にヒリつく死の気配。威圧感に負けるな、しっかりしろ。ユージンは自分に言い聞かせて、出来るだけ毅然とした態度を保った。しかし内心までは変えられない。


(いや、やっぱちょー怖い。何このチンピラ感満載の感じ。何でそんなに声低くすんの、さっきのテンションでいこうよ。あの軽いテンポのさ。ね、お願い)


 情けないとは言われたくない。なぜなら普段ユージンが生きているのは、全員知り合いの農村コミュニティである。都会の人間というだけでもビビるのに、いきなり盗賊と交渉しているのだ。ユージンは敵意がないことをアピールするために、両手を上げた。


「勘違いしないでくれ。あんたらとやり合うつもりはない。応えないんじゃない。応えられないと言ったんだ」


 アッシュが剣の柄から手を離す。


「んん?続けなせえ」


「単純な話だ。あんたらの要求する程の金が、そもそもこの村には無いんだよ。あるだけはかき集めた。何なら家捜ししてもらっても構わない。何とかこいつで勘弁して貰えないか」


 先ずはこちらの条件を伝えて出方を見る。


「好きに調べてもいいと。嘘を言ってる訳じゃなさそうだね。で、食料の方は」


 ここが一つ目の正念場。


「実はそれなんだが、最近畑がいくつかダメになっちゃったんだよ。空から厄介なもんが降ってきてね。だからあんたたちが思っているより、食糧も少ないと思うが、そこは分かってほしい。」


 アッシュが勢いよく剣を抜く。


「金も足りねえ、食料も足りねえ。でも勘弁して下さいって盗賊舐めてんのか」


 おそらくアッシュは本気だろう。下手なことを言えばこのまま叩っ斬る気だ。だがユージンは嘘を吐いていない。畑がダメになったのは本当だ。


 だが黙っている。渡す量はせいぜい半分弱なことを。


 本当は今すぐ土下座して命乞いをしたい。でも耐える。ユージンを信じてくれたみんなのためにも。


「何ならそっちも調べてくれていい。大分直したけど、それでも何も植えていない畑が残ってる」


 そう、ユージンの畑に案内すればわかるはずだ。畑の周りにはまだ、えぐれた地面や弾け飛んだ破片が残っている。


 アッシュはこの話を信じるか否か。それが最初の山場である。






 交渉に当たって、ユージンは色々と考えた。どうすれば相手を誤魔化し、騙せるか。より村にとって有利な条件を引き出せるか。だが考えれば考えるほど、ユージンに人を丸め込む交渉術などないと気づかされるだけだった。


 当たり前だ。だいたいこの村の人間からして、能天気で朴訥な人ばかりなのだ。


 人との駆け引きなど全然無い。欲しい物は遠慮なく「くれ」と言うし、嫌なことは「オラ嫌だ」とハッキリ言う。馬鹿正直な人々に囲まれて育ったのに、今更嘘と暴力で生きる盗賊をどうこうできるわけがない。


 そこでユージンの出した結論がこれだ。


(嘘はつかない!)


「それでこちらが納得いかなければ?」


 アッシュの殺気が増す。とうとう剣をユージンに突きつけた。


(こっ、怖ええよ)


 ユージンは、村長と長沢くんが前に出てこようとするのを、目線で制した。緊迫した雰囲気は、ここが交渉の山場だという証拠だ。


 こうなる事は半ば予想していた。今更方向転換する気もない。だからユージンは言ってやるのだ。


「それは困る、だからやめて欲しい!」


 嫌なことは嫌と言う、これぞザ・村交渉である。


 するとアッシュが震えだした。


(え、なに。切れてんの?)


 しかしアッシュから漏れてきたのは、こちらの緊張とは無縁の楽しそうな笑い声だった。


「ぷっ、クックック……いや、お兄さん、そりゃあんまりだ。交渉になっちゃいないよ。最初の鋭さはどこに行っちまったんだい」


 失礼な態度である。もとより鋭いどころかやわやわなユージンなりに、一所懸命考えた結果だ。


「過大評価は困る。俺はただの農民だ」


「ハハッ、成る程違えねえや。オイラは兄さんのことが気に入った。物を見ないと何とも言えんが、お頭に掛け合ってやってもいい」


 そう言ってアッシュはやっと剣を下ろした。


「あっしも食い詰めて盗賊なんぞやっちゃいるが、元々は農民だ。それに穴熊みたいな血生臭いやり方も好きじゃないしな」


(おお、なんか上手くいきそうだぞ)


 じわじわと、緊迫感が下がっていく。


「ま、喧嘩の準備もそれなりにしてるみたいだしねえ」


 アッシュは村の中に視線をやった。そこにはいざという時のために罠を張っている。バレても問題はない。むしろそれぐらいの覚悟は見せなければ、アッシュも剣を納めなかっただろう。


 ない袖は振れないのだ。その腹いせに皆殺しにした所で盗賊に得るものは何もない。むしろ抵抗によって、何人かは盗賊側にも怪我人が出るだろう。


 相手の利と不利益をハッキリさせてから、天秤にかけさせる。ユージンのやったことはそれだけである。


(俺の純粋な誠実さが伝わっている気がするぞ)


 ひとまずユージンは、アッシュが血を好む性格でなかったことに感謝した。もちろん搾取される側だから、盗賊を許すつもりはないのだが、それでも話ができる相手で良かった。問答無用でその場で切られる可能性もあったのだ。


(これで少なくとも、死人が出ることは避けられる)


 村長と長沢くんも安心したらしい。


「ふーむ、とうとうユージンの不幸吸収能力も限界かと思ったが、まだまだいけそうだな」


 スポンジ扱いは酷いが、村長に軽口が戻ってきた。


「よ、よかったー。ぼ、僕どうなることかと」


 刃物を見たこともない長沢くんの緊張たるや、大変だったろう。


 ユージンも安堵した。した筈なのに、である。


 何だか嫌な予感がする。


 具体的に言うと、お約束の気配がするのだ。


 ユージンは咄嗟に、村の方を振り返った。


 その瞬間、既視感のある光が迸った。



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