16、盗賊からの便り
食事会の翌日。ユージンは部屋のドアを叩くけたたましい音で目を覚ました。
「お兄ちゃん、起きて!大変なの!」
切羽詰まった妹の声。只事ではない。ユージンはベットから飛び起きてドアを開ける。
「どうしたユフィ」
「冬子さんたち、昨日の夜から帰ってないらしいの!それでこの手紙があの家の前に」
差し出された紙を見る。読み進めるにつれて血の気が失せる。手紙に書かれていた内容はこうだ。
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クロノ村各位へ
お前達の村の子供を預かっている。
返して欲しければ以下の要求に迅速に対処すべし。
1.現金5,000万ガロン
ただし、換金性の高い貴金属や宝石類も可
2.備蓄している食料の60%
輸送には老人、女、子供のみを使うこと
3.この事実を警備兵や冒険者などに連絡をしないこと
以上の要求が満たされない場合は即刻人質の首を刎ねた上で貴君らを皆殺しにする
なお、本日日暮れ、使者を遣わせる
受け渡し場所はその時に通達するものとする
穴熊盗賊団
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(穴熊盗賊団!?穴熊って最近王都であった脱獄騒ぎのあの穴熊か。既に何人も殺している札付きだ)
唐突な非日常の乱入にパニックになる。
何なんだこの要求は。これでは村に餓死しろと言っているようなものである。
酷い要求に憤りを覚えるとともに、ユージンは手紙の内容に違和感を感じた。
が、その正体がつかめない。
(とにかく慎重に対応する必要がある。だが俺に何が出来る。ただの農民の俺には事がデカすぎる)
ユージンは働かない頭で何とか絞り出す。
「村長や村の主だった人たちを集めてくれ。あと異世界から来たみんなもだ。日暮れまでに対策を講じないといけない」
集会場にいくと、既に村長やフィル、ミレーユ婆さんも含めて全員が集まっていた。勿論異世界人たちもだ。全員蒼白な顔になっている。
「来たかユージン。盗賊の要求は読ましてもらった」
村長が言う。あの手紙の内容を知っては、いつもの軽口は出てこない。他の村人も口々に叫んだ。
「無茶苦茶だ、この村にそんな金は無いぞ!」
「食料だってそうだ、そんな量を渡しちまったらこの冬は超えられん」
それは動かしようのない残酷な真実だった。もともと裕福な村では無い。収穫した物は街で売ったり、冬用に蓄えたりしているもので、とても要求する量など渡せない。
一方で異世界人たちも不安そうにこちらを見ている。
「あ、あの。穴熊の盗賊団って危ない人なんですか?まさか本当に皆殺しなんて……」
ひとりの少年が恐る恐る言う。
「残念だがあんたらの世界と違ってここじゃそのまさかは本当に起こり得る」
異世界から来た全員が息を飲むのがわかる。
話を聞く限り、彼らのいた世界は随分平和のようだ。人が人を殺すなんてことはほとんど起こらないらしい。けれどユージンの世界では、盗賊なんてどこにだっている。穴熊ほど凶悪な者は少ないが、旅をするなら盗賊対策は必須の条件だ。
「とにかく皆んな落ち着いてくれ」
ユージンはその場を落ち着かせようと、片手を上げて居並ぶ人々の顔を見回した。どの顔にも恐怖が色濃く張り付いている。ここでパニックになれば最悪の事態を自分から引き寄せることになる。ユージンは恐怖で事態をごまかさないように、情報を整理していくことにした。
「まず皆に見てもらった通り、昨日の夜異世界から来たお客さんが四人さらわれた。浩介っていう男の子と冬、紅、梓という女の子たちだ。みんなの中にも、話した事がある人も多いだろう」
「あの雪の嬢ちゃんか」
「力持ちの少年ね」
「うちの農具をなおしてくれた背の低い子だな」
口々に思い当たる人物を村人が言い募る。
「あたしの家の整理を手伝ってくれた子だね。それで、現状はどうなんだい?」
流石にミレーユ婆さんは冷静だった。ユージンは説明を続ける。
「相手は殺人と強盗で逃亡中の穴熊のギラン。要求は現金と食料だ。俺たちの取れる道は3つ」
穴熊の名を聞いて、要求書を見ていない人たちが騒つく。怯えがユージンの肌にもはっきりと伝わってきた。
「1つ、要求を呑んで4人を解放してもらう。だがこの村にそんな金は無い。かき集めたって半分も集まらないだろう。食料にしたってそんだけ渡したら冬には餓死だ」
「道理だね。次は」
「2つ、要求を突っぱねて戦う。と言っても、この村の中に盗賊とやりあえる人間なんて居ないだろうから、やっぱり全員死ぬ」
「どちらも絶望じゃないか、最後は」
「3つ、日暮れにくる使者と交渉する。この村からギリギリ出せるだけの金額と食料で手を打ってもらう。向こうの狙いは皆殺しじゃ無いんだ。だったらこいつが現状いちばんマシな手だと俺は思う」
この村で死人なんて絶対出させない。ここは平凡だが、ユージンにとって最高の故郷なのだ。
本当は4つ目の選択肢もあった。だがユージンは、絶対に選ぶつもりは無いのでそれを伏せた。胸の奥に走ったかすかな痛みを、ユージンは気がつかない振りで誤魔化した。
「勝算は?奴らからすれば殺しが目的じゃなくても、最悪皆殺しにすれば全て奪えるんだよ」
婆さん、分かってるんだからみんなを怯えさせるようなこと言わないでくれ。ユージンは怯まずに意地悪な質問に応えた。
「奴は脱獄犯だ。そこまでやれば王都の騎士団は威信にかけて奴を捕えにくる。穴熊だって軍が出動するほど事を大きくしたくは無いはずだ」
一連の発言を聞いて、やっと少しだけ皆に安堵の空気が流れる。
(これを聞かせたかったんだろうけど婆さんが説明してくれよ。俺は人前で先頭切るのは得意じゃ無いんだ)
慣れない事をしたせいで、こめかみに鈍い痛みを感じる。それでも思考を放棄することは、死を呼び込むことを意味する。ユージンはさらに言葉を続けた。
「その上で、受身にばかり回りたくないから一つ保険をかける」
次善策だけでなく、こちらも動いた方がいいという直感だ。
「保険、なるほどね」
ミレーユ婆さんには、みなまで言わずともユージンの考えが分かったらしい。鷹揚に頷いて、口元に笑みを浮かべた。
「いい子だ。それじゃ交渉はあんたに任せる」
それは思いがけない言葉だった。
「はあっ?いや、俺も立ち会うつもりだけどそういうのは村長や婆さんの方がいいだろう。俺なんかじゃ上手くできっこ無いよ」
(勘弁してくれ、俺なんかにみんなの命の掛かった交渉なんて大役できっこない。決裂した時に婆さんや村長の代わりに切られるのがその他大勢の俺の役割だ)
それがユージンの偽らざる本音だった。しかし今度は、村長が言う。
「いや、ワシもユージンが適役だと思う。ワシもあの手紙を読んで考えたが、お前ほど手際よく皆を集めて対策は練れなんだ。当然村長としてその場には立ち会うつもりだがな」
(おいおい、勘弁してくれ)
一度動き始めた流れは、ユージンの悲鳴を飲み込んでうねり続ける。村長は村人によく通る声で語りかけた。
「この村の中に自分の命をユージンに託すのに反対のものはいるか?」
(そんな人いるわけがない)
村人の反応は、そんなユージンの予想を裏切った。
「ユージンはこの村の何でも屋だからな。勇者被害相談係だし」
「思えばいつも、この村であった問題はユージンが解決して来たものね。ほら、畑を荒らす野ネズミだってやっつけたし」
「まあボーッとしてる割にピンチにゃ強いもんな、山で迷子を見つけるのも上手いし」
「俺ら全員異論はねえ。ユージン、俺らの命はお前に任せたぞ。なに、失敗したって恨みゃしねえよ」
ユージンは背中から冷たい汗が吹き出すのを感じた。
(……あれ、何この空気。なんでみんなお前なら出来るみたいになっちゃってんの?)
どう考えてもトラブルのレベルが違う。盗賊は野ネズミよりずっと強いし、森の迷子の捜索と、誘拐された人間の奪還では話は別物である。
(みんな何か非常事態で変なテンションになってるけど、俺だって農民Aだからね?)
流石に勢いで大役を請け負うわけにはいかない。断ろうとした時だった。
ユージンの視界の端に、異世界から来た少年少女が飛び込んだ
みんな一心にユージンを見ている。その中から、ひとりの少年が進み出た。あの家を作った、「ホームマイスター」のギフトを持つ長沢という少年だ。
「僕らのクラスメイトを助けて下さい。僕も一緒に行きます、あなたの身に危険がある時は、僕を差し出してくれても構いません。だからお願いします」
快活そうな少女が長沢くんに続いた。「鎌鼬」のギフトで収穫を手伝っていた岬という少女だ。
「あたしたちの友達だもんね。この世界の常識が分かんないから交渉は出来ないけど、友達が死ぬのはさすがにキツいや」
二人とも、勇ましいセリフとは裏腹に声が震えている。その様子を見て、ユージンは己の怯懦を恥じた。
盗賊はユージンにとって非日常にも程がある。けれど平和な日本からきた少年少女にとっては、もっと恐ろしい存在なのだ。ただでさえ知らない世界なのに、命の危機に立たされて。それでも自ら進んでくると言う。
拳を握りしめるユージンの肩を、フィルがぎゅっと掴んだ。
「諦めろユージン、この村の常識だ。みんなの悩みはユージンのもの。ユージンの悩みもユージンのもの。面倒ごとはお前に任せる決まりになってんだよ」
「そんなおかしな常識があってたまるか」
フィルらしい励まし方に、ユージンはなんとか自然と笑えた。
「分かった。みんな、任せてく」
ユージンが決意を伝えようとした時だった。
「ちょっと待ってくれ。俺は納得できない!」
マ ツ ダ ! !
「そんな、いかにも没個性的な農民に命を預けろってのか。みんなそれで良いのかよ?」
マツダは異世界組に言う。
「戦ったら殺される?ここには大きな戦力がいるじゃないか」
(おいおい、まさかな。ほんともうやめてくれよ?)
「俺だ!」
(すごい、言い切った)
「勇者のギフトを持つ俺のところに盗賊イベントだぞ。勝ちフラグでしかないじゃないか」
(何でこいつこんなに自信満々なの、脳みそにポジティブの妖精さんでも取り憑いてんのか)
「俺だけじゃない、ここにいるみんなギフトを持ってるんだ。力を合わせて盗賊ごときやっつけよう!」
雲行きが怪しくなって来た。何人かはマツダの言葉に頷いている。
「た、たしかにこの世界ではギフトって珍しいんだよな」
「お、俺たちのギフトってマジ強いし」
確かに個々のギフトは強力なものかもしれない。だが彼らは戦闘の素人なのだ。ユージンは危険な勘違いを正そうとするが、その前に村長がそれを押しとどめた。
「マツダくんと言ったな。確かに君は勇者なのかもしれない。だけどな、ここはワシらの村だ。そしてこのユージンは、ワシらの村で最も信頼のできる男だとみんなが思っている」
(そ、村長。やばい、そんな風に思ってくれてたのか)
ユージンの目頭が熱くなった。
「何故ならトラブルをユージンに相談すれば必ず解決する。そして被害は常にユージンのみ。素晴らしい才能だろう!」
(……やばい。そんな風に思われてたのか)
そして背筋が冷たくなった。
「この村のことはこの村で決めさせてもらう。お客人の命は最優先に考えるが、ワシらにとっては勇者様よりこのユージンの方が特別だ」
(くっ、村長、さっきのセリフさえ無ければ!)
「ユージンの交渉が上手く行かなければ好きにしたら良い。戦うもよし。何なら逃げてくれても構わん。だがここは従ってもらう」
村長の気迫にマツダは黙った。しかし伏せられた顔の下で、目だけはギラギラとユージンを睨みつけている。
「話はまとまったようだね。それじゃ日暮れまでに出来る準備をするよ!」
ミレーユ婆さんの檄で、その場は解散となった。
ユージンは大役に身を引き締め、起こりうる交渉を出来る限り考える事に集中する。凡庸な頭でひねり出せるだけのものなんてたかがしれているが、ここでサボるわけにはいかない。
決戦は日暮れ。
チップはみんなの命。
この勝負、負けるわけにはいかないのだから。




