15、異変
和やかな食事会となった。4人の異世界の話は驚きに満ち溢れている。リサさんがユージンの子供の頃の暴露をするのには閉口したが、料理も大好評だ。
紅など、小さい体のどこに入るのかと不思議なくらい食べていた。
冬子は「お、美味しすぎてヘコむ。手料理のハードル高いだろうな」と、よく分からないことを難しい顔で呟いていたが、おかわりまでしたのだから不味かったわけではないだろう。
だがリラード家には、ガサツで無神経な男がいることを失念していた。
それはもうすぐ食事会もお開きというタイミングだった。
「ところでユージン、べっぴんさんばっかり連れて来やがって。誰が本命なんだ?」
父親の馬鹿な質問に、リサさんまで乗っかってくる。
「そうねー、私もユーちゃんのお嫁さんになる子が知りたいわー」
ガタンっ!
何故か空気が凍りつく。テーブルが一瞬浮いた気がするのは、ユージンの気のせいだろう。
「三人に失礼だろ」
「んー、じゃあどんなタイプが好きかだけでもお母さん聞きたいな。だってユーちゃんのそういう話全然聞いたことないんだもの」
母親に色恋の話をする思春期の男は、そうそういないと思う。ユージンは気恥ずかしかったが、異様な雰囲気に負けて回答を絞り出した。
「まあ、普通に気の利く人かな。なんか家庭的な」
「まあたお前はそーいう没個性的な普通の答えを」
つまらなさそうに、父親は最後に残った肉の塊を口に放り込んだ。ユージンは相手が絶世の美女でなくてもいいし、優秀な人でなくても相性の良い人と普通の幸せな家庭を築きたいのである。
「リサさん、私食器洗って来ますね」
冬子がおもむろに立ち上がった。
「またこすい事を、私は別にユージンのお嫁さんなんてどうでもいい。でもお邪魔したので洗い物は私がする」
対抗する必要もないのに、紅もつられて立ち上がる。
「ごめんなさいごめんなさい、そういうのは私がやります!やらして下さい!」
梓まで言い出した。他の客が言い出した手前、ひとりだけ動かないのも気まずかったのだろう。
「お客さんは座ってて下さい。お兄ちゃんも、私やるからね」
なぜかユフィまで言い出した。普段から洗った食器を拭くなどお手伝いをする良い子だが、今日はユージンにまで動くなと言う。
しかし机の上にはすでに、食器の姿はなかった。
「リサさんすいません。大きい皿って右の棚でしたっけ?」
調理場から顔を出したのは浩介だ。どうやら話し込んでいる間に、動いていたらしい。泊まっている間も、浩介は簡単な家事をよく手伝ってくれていたのだ。本当に行儀の良い少年である。
「あらー、ありがとね浩介ちゃん。ユーちゃんのお嫁さんに欲しいくらいだわ」
「せめてユフィの旦那と言ってくれ」
ユージンは苦笑しながら、リサさんの軽口にフォローを入れた。女性陣も笑ってくれると思ったのだが、なぜか雷に打たれたようにフリーズしている。
「な、なんて嫁力」
「さりげなさが恐ろしい」
「あぅぅ、お母さん公認です」
本気で驚愕されても困る。ユージンにそっちの気はないのだから。
おまけにトラブルはこれだけでは終わらなかった。事件はすっかり食事の片付けも終わり、玄関口で客人を見送る時に再び起こった。
「ユージン、さっそく刀を見せて欲しい」
なぜか紅が、見送るサイドに立っている。
「いや、今日はもう遅いし帰るところだ。明日にしような」
急ぐ話ではない。遅くまで引き留めるのも悪いので、ユージンは紅の背中をそっと押す。しかし小さな体は動かない。そして爆弾をぶっ込んでくる。
「問題ない。今日はここに泊まる」
!?
「いや、新しい家が完成したんだろ?何でそうなるんだよ。」
元々、眠る設備がないから浩介は泊まっていたのだ。だからこそ、新居に移る浩介の希望で食事会は計画された。入れ替わりに紅が泊まる必要は全く無い。
「あそこを作るときに計算を間違えた。一部屋足りないようにしてあ……設計されているのに気付かなかった。うっかり」
ユージンは異世界人たちの作った新居を思い起こした。立派な建物で、中は個室に区切られているらしい。しかし紅の部屋がないと言う。
「ということは、結局寝る場所ないのか、仕方ないなあ」
たった数日で建てたのだから、そういうミスがあっても不思議ではない。彼らの力なら、建て増しは時間さえあれば可能だろう。
「だけど女の子をソファーで寝かせるのもな。悪いけど浩介、しばらくまたうちに泊まってくれないか」
無理な頼みではないだろう。浩介からすれば数日伸びるだけだ。そう思ったのだが、思いの外、紅の抗議は強かった。
「それじゃ意味がない!……じゃ無くて、問題ない。ここには興味深い物が沢山ある。どっちにしろ調べ物をするから今日は寝ない」
ユージンは紅の頭に優しくチョップした。
「女の子が美容に悪いことするもんじゃありません。可愛い顔にニキビでも出来たら大変だ。いつでも来ていいから今日は帰りなさい」
「うう、可愛い……仕方ない、いつでも来ていいと言質はとったからよしとする。部屋はすぐ作れるから浩介も移って大丈夫」
そんな積み木感覚で作れるなら、先程までののやりとりは何だったのだろうか。ユージンの疑問をよそに、冬子と浩介の顔は引き攣っていた。
「ねえ浩介、私に腹黒いって言ってたけどさ」
「皆まで言うな冬子。紅が調べたいことがあると暴走するのはいつものことだろう」
「ま、まあいいわ。それじゃあね、ユージンくん」
「俺の我儘に付き合ってくれてありがとな」
「約束。また明日調べに来る」
「あ、あのぅ、私もその、明日も会ってもらえると嬉しいなぁ何て。ご、ごめんなさい」
予定より遅くなったが、異世界からの客人は口々に礼を残して玄関の扉をくぐった。
「ああ、また明日。帰り道気をつけろよ」
すっかり日が暮れた暗い夜道に、四人の影が溶けていく。
ユージンはその姿が完全に見えなくなるなで見届けると、家の扉に鍵をかける。重たい錠前は、軋んだ音を響かせた。
翌日、ユージンは四人が新しい家に辿り着いていなことを知る。その代わりに、一枚の手紙が村に届けられたことも。
そしてそれは、使うことなどないと信じていた刀を、生まれて初めて人間にふるうことになる事件の始まりでもあった。




