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14、農民の剣

 自宅にたどり着くと、ユージンは早速調理に取り掛かった。

 リサさんに梓を任せて、キッチンに立つ。やり始めると凝ってしまう性格のせいで、リラード家の調理棚は下手な食堂より香辛料が充実していた。


 今日はいつもより人数が多いし、せっかく集まってくれるのだから豪勢にいこう。


 まずは村で採れた新鮮な野菜。皮を剥いて大きな寸胴鍋に放り込んでいく。丁寧にアクを取り除けば、透明に透き通ったスープになる。


 ついでにサラダに使う分の野菜も取り分けておく。大ぶりで苦味の少ないサニーレタスに、角切りにしたトマトとスライスした玉ねぎ。そこに新鮮な魚介とモッツァレラチーズを足して、ドレッシンをかける。仕上げにオリーブオイルを垂らせば海鮮サラダの完成だ。


 メインディッシュには山で父親が獲った鳥肉を使う。


 ポルカ山で取れるケンケン鳥は、片足で立つ変な習性を持った鳥である。 

 飛べないのでヒョコヒョコと歩いているところを罠にかけるのだが、この鳥の折りたたんでいる方のもも肉は異常に旨い。焼けば油が染み出してくる肉厚と、強火でパリパリに仕上げた皮は絶品なのである。


 こちらはシンプルに、岩塩とハーブ、粗挽きのブラックペッパーで下味をつけていく。冷めると固くなるので、焼くのは全員が集まってからにしよう。


 それからリンゴで作った発泡酒、「シードル」。爽やかな酸味と甘み、喉をさっぱりとさせる炭酸の刺激が自慢の一品である。


 他にもいくつか仕込みを終わらせてから、ユージンは調理場をでた。


(思ったよりも早く済んだな。どうやって時間を潰そうか)


 気の弱い梓の事が気にかかったが、リビングからはユフィやリサさんの嬌声が聞こえてくる。女性陣の邪魔をするのも悪いので、ユージンは自室に向かうことにした。


 ユージンの部屋には物が少ない。ベットとクローゼット、そして本棚と小さな机。それから、壁にかかった剣。


 その中から、ユージンは壁に掛かった剣を選んで手に取った。






 裏庭に雲雀の歌う声が響く。

 その声を聞きながら、ユージンは心が澄み切っていくのをじっと待つ。


 次第に雲雀の声が遠くなっていき、完全に世界から音が消えた。


 剣を腰に帯び、自然体で立った姿勢から右足、左足と前に出す。


 三歩目で大地を足の指で掴みながら、剣を正面にむかって抜き放つ。


 すかさず右手で刀身を垂直に構え、後ろ差しを引きつける。

 そして気がつけば、剣は再び鞘に収められている。


 一閃。戻す。また一閃。その繰り返しが、ユージンにとっての素振りだった。

 フィルはおかしな剣術だと笑うが、別にちゃんと習った剣術でもないからユージンは気にしていない。


 我流で、何となく思いつきで始めただけなのだ。


 農民が月謝を払ってまで剣術を習う必要などないし、この剣だって、大枚叩いて買ったわけではない。馬鹿みたいな話だが、畑で拾ったものなのだ。それはまだじいちゃんが生きている頃の話。


 ひどい嵐の夜で、風は家の扉を揺らし、雨粒が家の窓を一晩中叩いていた。稲光ともに轟音が鳴り響く。雷の光と音が同時に襲ってきて、幼いユージンにもかなり近くに雷が落ちたことが分かった。


 翌朝、リンゴ畑に出てユージンは驚いた。

 初めてじいちゃんが植えたりんごの木が、真っ二つに割れていたのである。雷に打たれたのだろう、その表面は焼け焦げていた。


 その中心に突き立っていたのがこの剣だった。

 不思議な話だ。あんな嵐の夜に、誰かが突き立てていったのか。それとも土の中に埋まっていたのか。まさかりんごの木から生まれたわけはあるまい。


 じいちゃんはその剣を「珍しい形だから金になるかもしれん」と言って持って帰った。立派なネコババである。


 確かに変わった形だった。

 刃は片側にしかついていない。僅かに反りを帯びた形状で、当然切れるのは片側だけ。そのかわり切れ味は恐ろしいほどいい。舞い落ちる木の葉が、構えた切っ先に触れただけで真っ二つになったぐらいである。


 次に細くて長い。


 そもそも普通の騎士の剣は、相手に叩きつけることを前提に作られている。

鎧の上から相手をぶっ叩くのだ。細身より幅広で重量感のあるものが好まれるのだろう。


 対してこの剣は、明らかに「斬る」という意志を体現している。

所詮は農民の感想で、冒険者や騎士が見れば違った感想を抱くかもしれない。それでも少なくとも、ユージンにはそう思えた。


 最後にシンプルなのだ。高名な騎士が使う剣には、柄に宝石や紋様が入っていたりする。切れ味を考えれば、この剣だって名刀の部類だと思うのだが、派手な装飾は一切ない。刀身は、銀色の輝きを放っていた。シンプルゆえに、美しい。


 輝きを放つ特徴などひとつもないユージンだからこそ、この風変わりな剣に惹かれて握ってみたくなったのだ。


 使う機会もないのに、毎日馬鹿みたいに素振りを繰り返す習慣の理由なんてそんなものだ。けれどこの剣を手にしたその日から、ユージンは一日も欠かさずこの動作を繰り返している。


「お兄ちゃん、ご友人が到着されているのですが……。」


 ユージンはユフィの声で我に返った。裏庭には既に、異世界から来た友人が揃っていた。


「悪い、こんなに時間たってたのか。すぐ飯の支度するからさ」


「いやいや、謝らないでよ。むしろ良いもの見ちゃった」


 冬子はフォローしてくれるが、大失態である。時計の針はすでに約束の時間を指していた。


「相変わらずすごい集中力だな。居合いっぽい動き」


 浩介はユージンの家に泊まっている間、バスケットボールという競技のために毎朝裏庭でトレーニングをしていた。だから見慣れた光景なのだ。浩介の場合は、そちらはそちらで訓練をしていたのであまりに気にならなかったのだが。


「珍しくしまった顔。たまにはいいと思う」


普 段はどれだけだらしない顔なのだろうか。ユージンは無意識に自分の顔を撫でていた。紅のお世辞は逆効果で、「ボクが考えた秘密の特訓」を見られたのは普通に恥ずかしい。プロを目指している浩介と違って、こちらはズブの素人である。


「勝手に見ちゃいましたごめんなさいごめんなさい……でもとっても綺麗でしたよ?」


 梓はそう言うが、所詮は農民の剣なのだ。褒められた代物でないのは、ユージン自身がいちばん分かっていてた。


「でもこっちにも刀ってあるんだね。」


 刀。冬が言った耳慣れない言葉が、ユージンにはなぜか無性に気になった。


「だよな、俺は日本だけのもんだと思ってた」


「あっ、で、ですよね。私が見た商人さんの持って来て居た剣は全部西洋風のものでした」


 浩介や梓も知っているらしい。今まで行商人や冒険者に聞いても、知っている者は誰もいなかった。


「こっちの世界でもこの剣は普通じゃないんだ。よければその刀ってのについて教えてくれないか?」


「んー、っても俺らも詳しいわけじゃないぞ。普段刃物なんて持ってたら捕まる世界だからな」


「わかる範囲でいいよ。頼む。異世界じゃコレが普通の剣なのか」


 ずっと気になってたこの剣のことが、ついに分かるかもしれない。ユージンはドキドキしながら聞いた。


「んー、私たちの世界でも剣って言ったら松田くんに買ってあげてた形だよ。そうじゃなくてコレは刀。日本刀」


 剣じゃなくて日本刀か。


「日本刀、剣とは別の武器ってことか。そいつはそっちの世界じゃ普通にあるのか」


 4人とも知っているということは、異世界では剣ではなく刀が主流の武器なのだろうか。


「そうね、これ一本しかないなんてことはないわ。でも日本っていうのは私たちが暮らしていた国の名前なの。だから日本だけのものと考えたら、珍しいものではあるかもね」


 なるほど、つまりある地方でだけ使われている特殊な形状の武器ってことか。それならこっちの世界でもたまたま日本刀に似た武器が作られていて、ユージンが知らなかっただけかもしれない。


「しかし凄い偶然だな。うちの畑に埋まっていた剣が、おたくの国の武器にそっくりなんて。なんかしっくりくる響きだから、俺もこれから刀って呼ぼう」


 ユージンが腰の刀を撫でると、今まで黙っていた紅が口を開いた。


「偶然の可能性はある。でも考え辛い。もしかしたらそれは日本で作られた刀かもしれない。もしくは私たちより前にこの世界に日本人が来て作ったのかもしれない」


「あー、なるほどそういう可能性もあるのか」


「触っていいなら後で調べさせてほしい。探究心がくすぐられる」


 ユージンとしても有難かった。もしかしたら正しい構えとかが分かるかもしれない。大事なものとはいえ、乱暴に扱われない限り触れられても困ることは無かった。元々は土に埋まっていた物なのだ。


 そう答えようとした時だった。


「そろそろご飯にしない、ずっと立ち話じゃ悪いよ」


 ユフィがどこか堅い声で言った。


「それもそうだな。悪かったな、俺のせいで余計に遅くなっちゃって」


 よくよく考えれば、刀に興味があるのはユージンだけだ。食事を遅らせてまでする話ではない。愚兄のミスをフォローしてくれたお妹は、やはり出来た人間である。


 それにユフィは元々この刀が好きではないらしく、ユージンが庭で刀を振るうのも以前から反対していた。女の子が光り物を好きでも嫌なので、それも当然の反応であろう。


 どうせ使う機会などないのだ。武器ではなく、ユージンの運動のための道具。


 ユージンは刀のことは忘れて、家の中に友人たちを招き入れた。



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