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13、ネガティブ思考も一周回れば暴力

 馬車を見送ると、タイミングを伺っていた三つ編みさんが話しかけてきた。


「あ、あのう、ユージンさんご、ごめんなさい。わ、私本当にトロくてどこいっても迷惑かけちゃうから」


「いや、君が謝る事じゃないさ。えっと……」


 申し訳ない気持ちはあったが、咄嗟に少女の名前が出てこなくてユージンは言い淀む。三つ編みさんはその気配をすぐに察知した。


「あ、ごめんなさいごめんなさい。私みたいな暗くて地味で不細工な女の名前なんか覚えてるわけ無いですよね。役立たずのノロマだし。服部 梓っていいます」


 これは重症だ。随分自己評価の低い少女である。たしかに派手で目立つ容姿ではないが、いかにも清楚な感じの、十分に綺麗な見た目をしている。


「謝るのこっちだよ、服部さん。あんまりそうやって自分を卑下するもんじゃないさ。君みたいな綺麗でギフトも持ってる子が地味なら、俺なんか地味を通り越して透明人間だ」


「き、綺麗……、あうぅ、あ、梓でいいです、その、そんな事ないです。ユージンさんはあんな大きな怪獣をやっつけちゃうし、今だって私を助けてくれたし」


(怪獣って……異獣のことか?どうも実年齢より幼い喋り方だな。紅の場合は見た目はちびっ子だが精神的にはマッドな所がある。この梓という少女の場合は中身が小さな子みたいだ。もっと自信を持てばいいのに)


「あんなもん偶然と幸運が重なっただけだよ。君に本を買うように言ったのってミレーユ婆さんだろ。あの婆さんに気に入られたってんなら、それだけでこの村じゃ自慢できるって」


 ミレーユ婆さんはこの村で一番年寄りで、歯に衣着せぬ物言いをする人だ。気に入らない人間は平気で家から叩き出す。村長ですら頭が上がらず、村でも相当強い発言力を持っている。現状この村で怒らすと一番怖い人だろう。


「い、いや、その、気に入ってもらったのかは自信ないです。私の取り柄なんて勉強ぐらいで、それだってうちのクラスでも1番じゃないし。それに私のギフト、みんなのと違って強くもないし……やっぱり役立たずですよね。」


 梓の言葉で、ユージンは彼女のギフトを思い出した。「自動書記型日記オートマティックダイアリー」。


 その日自分に起きた出来事を自動書記で書き出すことができるという能力だ。たしかに使い道がパッと出てこない。ユフィが能力を説明していた時に、マツダたちが馬鹿にしていたので記憶に残っている。


「何だそれ。日記を自動って、そんなもの自分で書けばいーだけじゃないか」


「アホくさ。外れにもほどがあんだろ」


「まあ服部がトロいのは今更だけど」


 そんな周囲の反応に、彼女は小さくなって口を噤んでいたのだ。丁度今のように。


 しかしユージンからすれば、ギフトというのはあるだけで凄い。というか、マツダのようにユニークギフトを持っていても下らない使い方しかしない方がアホらしい。


「あのさ、ギフトってのは本人とともに成長するんだ。いつかきっと役に立つ時がくるよ」


 ユージンは梓を励ました。それにミレーユ婆さんの見る目は確かだ。彼女にはもう少し、自信が必要なだけだ。


「……優しいですねユージンさんは。」


「いや、俺は別に優しくないぞ。ただ事実を言っただけだ」


「やっぱり……優しいですよ。本当に優しい人って優しさを優しさと思わずに自然に出来ちゃう人なんです。私がお婆さんのお手伝いをしたのは、人に嫌われたく無いから。私のは優しさじゃなくて打算なんです」


 少しだけ、少女の顔が明るくなった。優しさの裏に打算があっても、それで助かる人がいるなら悪い話ではないのだ。

 梓は両手に抱えたユージンの荷物を見て、手を差し伸べてきた。


「あの、それ、沢山荷物ありますよね。私ユージンさんの家まで運びます」


「えっ、いや、女の子に荷物持ちさせるのは悪いよ」


 断ると、また悲しげな影が梓の顔に差す。


「私が持ちたいんです。あの、せめて半分だけでもって……私なんかが触れた袋の中身が口に入るの嫌ですよね。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


(……どーやっても会話がネガティブになってく。何この子、怖い)


「いや、そんな事ないって。じゃあお願いするよ」


 とんでもない方向に勘違いが進みそうなので折れることにする。ユージンはいちばん軽い袋を梓に差し出した。しかし彼女は嬉しそうに反対側の手にあった袋に手を伸ばす。


「私なんかに荷物を持たせて下さって、ありがとうございます。で、では私そっちの大きな袋持ちますね?」


 そちらの袋には料理用のワインや、調味料の瓶が入っている。


「いや、これはビンとか入ってて重いからこの香草の袋を」


「ご、ごめんなさい、そうですよね。私みたいな暗くて鈍臭い女信用できませんよね。転んで割るかもしれないし、中身が沢山入った方を渡して持ち逃げするかもしれないって思ってるんですね。ははっ、ごめんなさい。」


 そう言って自嘲気味に笑う瞳には、光がない。


(これ、新手の脅迫なんじゃないかと思えてきたんだけど)


「じゃ、じゃあこっちの中くらいの袋にしよっか!」


「失礼します!」


 袋を持つ持たないだけで物凄く疲れた。癖の強い少女を連れて、ユージンはようやく歩き出す。


「ず、随分沢山食べるんですね。ご家族が多いんですか?」


 梓はユージンに半歩遅れてついて来る。なるほど、確かにこの大荷物を見たらそう思うだろう。


「いや、うちは四人家族。今日は浩介と紅と冬子が来るから多めにね。それより梓はこの世界に来る前から日記をつけてたのか?」


 時々後ろを振り返りながら、ユージンは気になったことを尋ねた。


「えっと、どうしてですか?」


「ギフトってさ、その人の性質や生まれに関係あるもののことが多いんだ。特にユニークギフトはね」


 本人に向いているからそのギフトが備わったのか、それともギフトを生かしているから向いているように見えるのか。鶏が先か卵が先かの議論にはなるが、少なくとも本人の気性に無関係ということはあるまい。


 ユージンは、前者の説だったらいいと思う。便利な力があるから、そういう生き方を選ぶというのは味気ない。

どうせなら神様からの贈り物なら、その人のやりたい事を手助けするために、神様がその力を選んでくれている方がいい。神様が人間のために頭を悩ませている姿を想像すると、なんとなく親しみが湧くではないか。


 そこまで考えて、勇者マツダのいい笑顔がよぎった。自説の正しさが完全に否定される前に、ユージンは考えるのをやめた。


「に、日記っていうか……その日自分がやった失敗とか迷惑かけちゃった事とかなら、同じ失敗を繰り返さないために毎日ノートに書いてるよ。読み返すと悲しくなるけど、ぶ、文章を書くのは好きだし」


 それは日記じゃなくて黒歴史ノートだ。


「ま、まあでも自分の悪い部分を正面から見つめ直しているのは偉いな。俺なんて失敗したらさっさと寝て忘れたくなるし」


 恐怖のノートの存在を頭から振り払うために、ユージンはなんとかポジティブな言葉に置き換える。そうしていないと、覗いてはいけない闇の淵に連れ込まれそうである。


「えへへ、でも今日はちょっと楽しみだな。ユージンくんのことを残しておけば、読み返す楽しみが出来そうだし……ってごめんなさい!迷惑かけておいて楽しみだなんて!に、荷物届けたらすぐに消えるから嫌いにならないで!」


 手にした荷物がズシリとユージンの腕に負担をかけた。いろいろな意味で重たい。


 それでもユージンは、この梓という少女が嫌いではなかった。


 世の中一方的な悪など少ないのだ。何でも人のせいにせず、まずは自分の非を考えられるのは悪いことではない。

極端すぎるが、そんな少女が放って置けなくて、ユージンは後ろを振り返った。


「何言ってんだよ、あんたも食べて行くだろ?」


 荷物持ちをさせた時点で、ユージンはそのつもりだった。しかし梓は顔を青くしたり赤くしたりしながら、凄まじい勢いで首を振った。


「わわ、私はいいです!そんな恐れ多い!香椎さんや川口くん、それに宮沢さんだった私なんかが行ったら不愉快だよ!」


 壊れた首振り人形のように頭を振る姿は、まるでフクロウのように首を一回転させることにでも挑戦しているようだ。ホラーな光景になる前に、ユージンは梓の顔を両手で挟んで止めた。


「そんな事ないし、そうだったとしても俺の家で俺の作った飯を出すんだからいーの。それに俺も本は好きだからさ、良かったら俺の持ってる本貸すよ」


 梓はたっぷり30秒は止まっていただろう。ようやく絞り出すような小声で言った。


「あ、いや、そのぉ……ありがとう」





 けれど後になって、ユージンはこの異世界から来た四人の友人を招待した事を後悔することになる。まさか彼女たちに命の危機が訪れようとはこの時のユージンには想像もできなかったのだった。


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