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11、りんごの木を植えた人

 ユージンは三人と別れたあと、りんご畑に向かった。


 あの事件以降、散乱したリンゴを集めたり、所々えぐれた深い穴を埋めたりして、なんとか惨劇の爪痕は消えつつある。冬子達にも手伝ってもらったが、本格的な作業に入る前にそれ以上の助力は断った。


 農民だなんだと馬鹿にする者もいるが、農家だって専門職である。鍛冶屋が武具作りの、騎士が戦闘のプロであるように、農家だって畑のプロなのだ。手伝えるところは十分手伝ってもらった。ここから先はユージンの仕事である。


 すっかり寂しくなってしまった光景は、かつてリンゴ畑を手に入れた日の記憶を呼び起こした。




 ユージンにとって人生で最も大事な場所は、最も大切な人の喪失と共に手に入った。


 それまで林檎畑の世話をしていたじいちゃんが、死んだのである。

 ユージンが10歳の時だ。


 婿であるユージンの父親は、結婚前からの仕事である猟師を続けていた。リサさんは食物をダメにする天才だ。一度は畑を貸し出すか、売却することも真剣に検討されたらしい。


 ユージンはただひとり、その提案に断固として反対した。


 じいちゃんが好きだった。だからユージンは、両の足で立てるようになった頃から、じいちゃんにくっついてリンゴ畑に足を踏み入れていた。そんな思い出の場所が他人の手に委ねられるのが、ユージンには我慢できなかったのだ。


 じいちゃんは身内から見ても変わり者だったと思う。


 ユージンの住むクロノ村は、住民のほとんどが農業か酪農を生業としている田舎の農村である。

そんな村で生まれたはずのじいちゃんは、しかしその平穏に収まるような人ではなかった。


 若い頃に村を飛び出し、いろいろな国を見て回ったらしい。それは20年以上に及ぶ放浪の旅だったとか。

そんなじいちゃんが村に帰ってきたのは、隣国との戦争がきっかけである。放浪の旅を切り上げて参加した戦争が終わるとともに、生まれ故郷に戻ることを決意したようだ。


 旅から戻ったじいちゃんは、一本の若いりんごの木を携えていた。


 旅の間放置されていた畑は荒れ放題だったけど、そのたった一本のりんごの木が始まりだった。


 どこか遠い異国から持ち込まれた林檎の木。私財を投げ打ち、長い年月をかけて荒れ果てた畑は林檎園として蘇った。

 ばあさんと結婚し、ユージンの母親であるリサさんが生まれ、そして孫であるユージンが生まれた。


 その間、じーちゃんは一度も村から出なかった。毎日欠かさず畑に出て、熱心に林檎の世話をした。

ばあさんが死んだ日でさえ、畑に出るのをやめなかったくらいだ。


 ただ、ばあさんが死んだ翌日だけは、いつもより少しだけ早く家を出た。たぶん一睡もしていなかったと思う。心配して跡を尾けたユージンを見つけると、皺だらけの手で引っ張ってくれた。


 じいちゃんは最初に植えた林檎の木の下まで行くと、その幹にそっと寄り添った。そして朝焼けに滲む林檎の木の下で、ポツリと呟いた。


「もしも世界が明日滅ぶとしても、今日私は林檎の木を植えよう」


 それはたぶん、ユージンに聞かせるつもりの言葉ではなかっただろう。それでも反射的に、ユージンはその言葉に応えていた。


「僕も一緒に手伝うよ」


 じいちゃんはびっくりしたように目を見開くと、しゃがんでユージンの体を抱きしめた。その体が震えていたから、ユージンも強く抱きしめ返した。


 それからユージンは、どれだけ眠たくてもじいちゃんと一緒に起きて、一所懸命に林檎畑の世話をした。強い人だったと思う。世界を回って、何を見て何を知ったのかは分からない。それでもふたりは立派にリンゴ園を完成させたのだ。


 頑迷に説得を突っぱねるユージンに、最初は父親も苛立った。大声で怒鳴られたのも一度や二度ではない。


 それでも、「じいちゃんと約束したから」というユージンの言葉で、父親はとうとう折れた。「頑固なところは爺さんそっくりだ」、と笑って、ユージンの頭を乱暴に撫で回した。リサさんは「ユーちゃんならできるわよ」と、のほほんと笑った。


 それからユージンの毎日は一気に忙しくなった。試行錯誤と悪戦苦闘の日々だ。


 甘く見ていたわけではないが、じいちゃんの力を借りずにやる林檎の栽培は簡単ではなかった。


 最初の年は大失敗で、収穫量は3分の1以下、色艶も悪くて泣き出しそうになったくらいである。

翌年も似たり寄ったりで、書物を読んだり追肥を試してみたり、できることはなんでもやった。


 それでも3年の間は半分くらいまで落ち込んでいたと思う。平年並みの収穫量に近づくのに、それからさらに3年を要した。


 あれから10年近く経って、今ではあの頃よりも多くの林檎の木に囲まれている。ユージン農園のオリジナルの品種もあるくらいだ。


(ま、あの頃のことを考えれば、ノウハウだけはちゃんとあるわけだ)


 ユージンは過去の回想から戻ってきて、再び広々とした大地を見つめた。


 まずは土からだ。


 いいリンゴ畑の条件は色々ある。品種を掛け合わせたり、水にこだわったり。虫がつかないように工夫する事も必要だ。


 だけど土が悪ければ、どれだけ細かい工夫をしても植物は根付かない。土は正直なのだ。苗を植える前から、少しでもサボればその分だけ実りが悪くなる。肥料をやり、丹念にチェックしていく。痩せていれば、丹念に肥料を与えていく。


 静かな時間だ。そこにいるのは自分と土だけ。平穏が身に降りかかる。こんな時は、らしくもない難しい事を考えていたり、逆に真っ白で何も無い状態になったりするのだが、そのどれもが心地いい。


 すると不思議と土から語りかけてくる瞬間がある。己の準備は出来たと。もういつでも苗を、命を育めると。


 あれだけ無茶苦茶になってしまったのだ。そこまで辿り着くにはまだしばらくかかるだろう。終点がいつ見えるかも分からない中で、ただひたすら毎日同じ事を繰り返してじっと待つ。そうする事で、人の命を紡ぐ食物が出来るのだ。


 冬や浩介たちが来て賑やかなのもいいと思ったが、やっぱりユージンはこういう静かで平凡な日常が大好きなのだと改めて実感する。


 平々凡々なユージンには、次々とギフトに目覚めていく周りを羨む気持ちは無かった。


 身の丈に合った生活。静かな日常。豊かな土の匂い。


 やっぱり農民は最高である。


血縁関係を間違えるという物凄い凡ミス、修正しました。

混乱した方すいません!


これにこりずに評価、ブクマお願いします。

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