10、突撃、農家の晩御飯
結論からいうと、ユフィの言葉は正しかった。
異世界人たちは次々とギフトに目覚めていった。通常であれば、後天的にギフトを手に入れる事はほとんどない。
特殊な環境で育ち、自分のギフトに成長してから気づくケース。珍しいところでは、代々継承されていくタイプのギフト。そう言った例は稀だ。
それが全員一斉にである。やはり異世界人は特別なのだろうか。殆どが珍しいものや強力なギフトで、中には固有のギフトとしか思えない能力もあった。
ユージンは次々ととんでもない能力に目覚める異世界人を、口を半開きにした間抜けな顔で眺めたものである。
こんな田舎では、ギフト持ちが現れるだけでも近隣の村に噂が伝わるぐらいだ。ユニークギフトを持った奴らばかりの集団なんて、王都にだって居ないだろう。
ユージンは炎天下の軒先で、村に行き交う異世界人たちぼんやりを眺めた。
遠くで、マツダが取り巻きに囲まれているのが見える。キムラとサトウ以外にも何人かの異世界人たちが群がっているようだ。
「ブレイブ・ハート」。
ずいぶん大袈裟な名前である。聞いた事のないギフト名だが、勇者なんて大層な肩書きが付いてるのだから、間違いなくユニークギフトであろう。
(まあ。顔は悪くないし、蛮勇だろうが一応勇気がなくもないか)
勇者と呼ぶには抵抗があるが、それっぽいと言えなくもない。そんな風に無理やり自分を納得させてみるが、どう考えてもユージン的には浩介の方が勇者っぽい。
勇者というのは異世界人にとっても、特別な響きを持っているらしい。ギフト名が分かってから、マツダの周りには余計に人が集まっている。
(どっちにしろ村人Aの俺には関係ないか)
ユージンはマツダに対する興味を失い、他の異世界人に視線を移した。
急に増えた臨時の村人たちは、思ったよりも早く、元からの住人と馴染んでいるようだ。今も、あちこちで会話が交わされている。
「えいっ」
「うわっ、冷た!?」
真夏にはありえない雪の冷たさに、ユージンは飛び退いた。
振り返れば、悪戯な笑みを浮かべた冬子が氷塊を掌に握って立っていた。
冬子のギフトは氷と雪を操る「スノーホワイト」。
今はまだ掌サイズでしか出せないが、ギフトは成長する。いずれは天候さえも作用出来る、強力なギフトなんだとか。
「ギフトが使えるって分かって嬉しいのは分かるけど、あんまりはしゃぎ過ぎるなよ」
「えへへ、だってこの力があれば少しは役に立てるでしょ?それが嬉しくて」
「おーい冬子ねーちゃーん。こっちにも雪玉作って!」
「はーい、今行くねー。それじゃユージンくん、また後でね」
子供たちに呼ばれて、冬子は駆け去っていく。頬を伝う冷たい感触が心地よかった。
冬子が出す雪は村の子供たちに大人気だ。大人達も飲み水を冷やしたりして、大いに楽しんでいる。
その明るい性格も相まって、最初は警戒していた村人達も今では随分打ち解けていた。
ギフトに目覚めた異世界人たちの能力は、いくつかの村の問題を解決してくれた。
中でも紅のギフトは大評判である。彼女に発現したスキルは「錬金術師」。
様々な物質を混ぜ合わせて錬成する事で、ユージンたちの使っている鉄より、はるかに質のいい物を生み出している。その錬金術で、農作業に使う鍬などを作って村人達を大いに湧かせていた。道具一つでも、作業の効率は随分と変わるのもだ。
家屋を作ったり修繕したりする能力が飛躍的に上がる、「ホームマイスター」を手に入れた少年もいた。長沢というメガネをかけた男の子だ。彼はボロくなっていた家々を修繕して回っている。
風の刃を生み出す「鼬風」で収穫を手伝ってくれたのは、いかにも溌剌とした岬という少女だ。
このギフトラッシュのお陰で、村の仕事は二ヶ月分くらい早く済んだのではないだろうか。足りない物資もなんとかしてしまう辺り、ギフトがどれだけ大きな力なのかがわかる。
おまけに、彼ら自分達の居住問題も解決してしまった。紅と長沢くん、他何名かのギフトを使って、家まで建ててしまったのである。見慣れない構造ではあったが、かなり豪華な作りである。
「いつまでもお世話になるわけにもいきませんし、出来る事からコツコツ試していこうと思いまして」、とは長沢くん談。
「私たちが居なくなっても村の人が使えるように、ちょっと頑張った」、とは紅の言葉。
「ありがとな、どこもかしこも古くなってたから助かったよ」
そう言って頭を撫でると、紅の大きな猫目がさらに見開かれた。ユージンは焦った。
「すまん、つい妹にする感覚で。紅はちっさいからなんか親近感湧くんだよな」
ユフィもユージンもあまり背の高い方ではない。ユフィは女の子だからいいが、男としてはもう少し伸びてほしいのが本音だ。まあ身長以外は、下手したらユフィの方が大きいかもし「不愉快。訂正を希望する」
ものすごい睨まれた。声に出してないはずなのに、物凄い睨まれた。
「悪かったよ、もう2度としない」
「……いい」
「ん?」
「撫でるのはしてもいい」
そんな言葉を残して、紅は顔を赤くして去っていった。ユージンには異世界の文化まだ分からない。
そうした変化は、リラード家の面々にも大きな影響を及ぼすことになる。
すっかり馴染んでしまった友人も、新居に移る予定なのだ。
ユージンが背の高い建造物を見上げていると、その中から浩介が顔を出した。
「おっ、見たかユージン。いつまでも甘える訳にもいかないから、今晩にでもこっちに移ろうと思うんだ。そうなる前に御家族にお礼を言いたいから、最後に行ってもいいかな」
「もちろんさ、いつまでもソファーが寝床じゃなんだもんな」
「いやいや、なんだかちょっと寂しいくらいさ。ユージンとは気が合うから、こっちに移っても遊びに行かせてくれよな」
照れたように頬をかく浩介だが、ユージンも同じ気持ちだった。この明朗快活な少年は、家族もすっかり気に入っている。
「俺のギフトじゃ、あんまり生活の助けにならなかったろ。力になれなくて悪かったな」
浩介のギフトは強力だが、どちらかと言うと戦闘向けの物だ。だけどそんな事は関係ない。この爽やかなイケメン君が、ギフトでは役に立たないからと、村中の力仕事を片っ端から手伝っていたのをユージンは知っている。
力の有無ではない。もちろんギフトは強力で、紅や長沢の行為は嬉しい。しかし、そんな力が無くても動ける浩介だって、同じくらい凄いのである。
「俺なんて、そもそもギフトを持ってない役立たずさ。そんなものなくったって、浩介には十分助けられてるよ」
ユージンも、力のない一般人としては見習わなければならない。
そう思っての言葉だったが、浩介は首を振って応えた。
「いやいや、その理屈で言えば、やっぱりユージンがいちばん凄いよ。この数日で、村の人がユージンを頼っているのが分かったよ。どこに行ってもユージンの話になるし」
「お世辞でも嬉しいよ」
「というか、あの飯の美味さはギフトじゃないのか。正直あの飯が食えなくなるのがいちばん残念だよ」
それは浩介なりの励ましの言葉だったのだろう。しかしその言葉に反応したのは、ユージンだけではなかった。
「ユージン君の手料理!何てうらやま……じゃなくてそんな事まで迷惑かけてたの?」
村の子供たちと遊んでいたはずの冬子が、いつの間にかそばに立っていた。
「別に迷惑じゃないさ。普段から家族の分は俺が作ってるからな」
ひとり分増えても、料理の手間は変わらないのだ。すると今度はユージンの真下から声があがる。
「じゃあ私も行く」
視線を下に向けると、紅もいつの間にか戻って来ていた。
背が低い上に物静かなのは分かるが、暗殺者みたいな真似は心臓に悪いのでやめて欲しい。
「いやまあ、いいけど」
その瞬間、なぜかビクリと冬子の肩が跳ねた。そしてオズオズと手を挙げる。
「じゃ、じゃあさ……。私も今夜お邪魔しちゃおうかな」
「うーん、3人か」
ユージンが返事に迷っているのを拒絶と受け取ったのか、冬子は慌てたように付け足す。
「ほら、人数が多いと洗い物とか大変でしょう?」
「それはこっちでやるからいいけど、思ったより食材が必要になるかもしれんな。後で見にいくか」
こうして急遽、我が家で食事会が開かれることとなったのである。
少し修正加えました。
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