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幕間、 学生さんの独白

side.冬子


 冬子は慣れない寝床に苦戦しながら、見知らぬ天井をじっと見つめた。


「異世界かあ」


 自分の独り言で、不安が胸をぎゅっと締め付ける。

 怖かった。家に帰りたかった。


 でも、色々な人の親切があって、今も生きている。


「興味深い」


 独り言のつもりだったが、隣の布団から紅の声が聞こえた。なんだかホッとして、冬子はその声に応えた。


「紅も眠れないの?」


「彼のことを考えていた」


 その言葉に、冬子の胸はドキリとした。


「彼って、ユージンくんだよね」


「とっても興味深い」


 思えば紅の口から男の子の話が出ることも珍しい。冬子はユージンの金色の髪を思い出しながら、なんとなく今日のことを考えた。情報の波は膨大すぎて、頭が痛くなるほどだった。


「もう色々あり過ぎて思い出せないや」


 冬子が笑うと、紅は布団から頭を出して言った。


「手伝う。一緒に振り返ってみよう」


 冬子と紅は、今日出会った数々の出来事を振り返った。





 気付けば冬子は外にいた。辺りには砂埃が立ち込めている。


 さっきまで塾にいたはずなのに。


 全く理解できない状況に全員が唖然としている。視界はほとんど土煙に遮られて、おまけに息も苦しい。


 そんな粉塵を振り払って、ひとりの男の子が現れた。取り立てて目立つ風貌ではない。けれど冬子は、その子の淡いグリーンの瞳に惹きつけられた。


 よく見ればアニメやゲームでよく目にする農民の服装をしている。

 男の子は冬子たちを見つけると、眉を上げて叫んだ。


「おいおまえら、いったいどういう了見で俺の畑を吹っ飛ばしてくれてんだ!」


 誰も反応出来なかった。

 冬子だって、現状の認識に脳は限界まで酷使されていたのだ。


「畑ってなんだよ、俺らさっきまで教室に・・・・・・うわっ、どこだここ」


 畑と聞いて辺りを見回すと、確かに粉々になったりんごの実が散乱していた。枝どころか幹が真ん中で折れた木も見える。口振りからするに、ここには彼のりんご園があったのだろう。


 自分たちの立っている場所と、教室を包み込んだ光。明らかに人知を超えた何かが起こったのだ。冬子は少年の怒りと自分達が無関係とは思えなかった。


「いや、荒野じゃん。うわっ、きったね。おまえの土地なら掃除くらいしろよ」


 松田くんの言葉に、少年は悲しげな瞳をして足元に散らばるリンゴの残骸を見た。


 その瞬間、冬子はこれがドッキリでもコスプレイベントでもなく、現実なんだと確信した。それは偽りでは決してできない表情だったからだ。そして血の気が引いた。彼が怒り狂うのも当然だ。自分たちが踏み躙っているのは、少年の仕事場であり生活の糧そのものだ。


 それから少年の話した内容は、アニメや小説そのものだった。ギフトという異能に、異世界。冬子にとっては17年の人生でも最大の衝撃だった。


 でも最大の衝撃は、すぐさま更新されることになる。





 巨大なモンスターが現れたのだ。


 大きなイノシシのような動物。だけど絶対に地球上の生物じゃない。牛より大きく、しかも顎の下や口から巨大な牙が生えている。正体はわからなくとも、死の恐怖を連想させるには十分だった。


 男の子にとっても想定外の事態だったのだろう。だけど冬子にしてみれば、想定外どころか想像の範疇をこえている。大型の獣なんて動物園の柵越しにしか見たことがないのだ。足は恐怖で地面に縫い付けられたように動かなかった。


 嬉しそうにはしゃいでいる松田くんたちのことが全く理解できない。

 そうこうしているうちにイノシシは猛然と突っ込んで来る。


 松田くんもようやく自分の置かれている状況に気付いたのだろう。


 恐怖に駆られて叫ぶ。その背中にイノシシの牙が迫る。


「う、うわー、こっちに来るな!」


 冬子は目を背けたかったが、まつ毛の一本さえ動かせない。


危ない!


 冬子は最悪の結果を想像する。

 しかし待っていたのは、不謹慎な言い方をしてしまえば.とっても間抜けな松田くんの姿だった。


 冬子の場所からは、起こった事がよく見えた。男の子が見事な機転をきかせて松田くんを救ったのだ。松田くんを庇ったせいで、彼の腕からは生々しい血が流れている。


「い、いやだ、痛い!死にたくない。俺から離れろモンスターめ」


 どう見ても浅くない怪我を負った男の子ではなく、松田くんが泣き叫ぶ。救ってくれた張本人を殴りつける姿は、こんな状況でもひどく滑稽だった。



 それでも、そんな松田くんを見捨てることなく男の子は松田くんの頬を張った。小気味い乾いた音がここまで聞こえてくる。


「馬鹿野郎、あのスピードで突っこんでくる相手に直線上に逃げる奴があるか。それなら一か八かで横っ飛びした方がまだましだ!」


 ど正論だ。あれでは普通のイノシシ相手でも逃げ切れていたか怪しい。


「ギフトが使えないんじゃどうにもならん。俺が注意を引いている間におまえらは逃げろ」


 冬子は耳を疑った。自分の畑を滅茶苦茶にした人をかばい、怪我をしているというのに守ろうとしている。どう考えても強そうには見えない男の子が。


 無理だ、と思った。華奢とは言わないまでも、男の子の体つきは戦士には見えない。


「善意で言ったわけじゃない。おまえらには後できっちり弁償してもらわなきゃいけないし、自慢の畑に人肉の肥料が混じるなんてまっぴら御免なんだよ」


 男の子の言葉に、ようやく思考と体が追いついてきた。気がつけば冬子の足は勝手に前に進んでいた。足元に落ちている木の枝の中から、できるだけ頑丈そうなものを選んで拾い上げえる。


 ゆっくりと後退する松田くんとすれ違っが、目は合わせなかった。合わせたくなかった。


「どう考えても善意ですよね、それ」


 そうだ。こんな事を押し付けてはいけない。逃げるにしても、この男の子も一緒にだ。


「同意。死んだら弁償も意味ないし、私たちを囮にすればいいだけ。何人か欠けても請求先には困らない。あなたが自分の命と私たちの命を平等に天秤にかけるのは、お人好しだから」


 紅はこんな時でもらしい台詞だった。けれど一緒にいる時間の長い冬子には分かる。彼女もとても怖いのだ。冬子だって手の震えが止まらない。


「結構鍛えてるんだぜ、さっきの奴よりは動けるはずだ」


 浩介はさすがだった、覚悟を決めたような横顔に恐れは見えない。かわりに試合に臨む時のような凛々しさが浮かんでいる。


 私の友達はやっぱり凄い。冬子はなんだか嬉しくなって、しっかりと木の枝を握り直した。すると男の子は目を丸くして驚いて、冬子に尋ねてくる。


「なあ、もしかして本当にギフトも異獣も知らなかったのか?」

「はい」


 冬は正直に答えた。


 彼は僅かに微笑みながら困った顔で呟いた。


「たっく、いつだって真面目にやってる普通のやつが貧乏くじ引くんだよな。いいんだよ、囮なんか人数増えても意味ないし」


 はっきりいて、その微妙に情けない表情は冬子の好みにドストライクだった。そう言いながらも頼り甲斐があるなんて、もう反則である。


「おいこら猪。俺の可愛い瓜たちを食いたきゃ頂きますの一つでも言える様になってから来いや」


 彼はそう言って怪物の前に立つ。


 この人は全てを、自らの意志で決めて前に進んでいる。

 それは消去法で生きてきた冬子にとって、あまりにも眩しい生き方だった。


 突進をかわしながら、彼は徐々に冬子たちから怪物を引き離していく。何か狙っていることがあるのか、チラチラと地面を見ていた。助けなければ。そう思うが何も思いつかない。


 それでも彼は落ち着いてイノシシを誘導していく。でもイノシシとの距離は徐々に近づいている。

 もう駄目。そう思った時だった。


「来いよ子豚ちゃん。俺の畑は俺が守る」


 その時、彼は確かに微笑んでいた。目前に迫り来る死の恐怖をものともせず、冷静に。


 そして冬子は見た。彼の思惑通り見事に落とし穴に落ちていく怪物を。


 凄い。隣に立っていた紅が呟く声が聞こえた。


 武器も持たずに、彼はあの大きな怪物に勝ったのだ。それも冬子たちを守りながら。

 初めて感じる胸の高鳴りと興奮は抑え難い。


 でも次の瞬間。彼の体は宙を舞った。







 頭が真っ白になる。そんな。彼が、せっかく身を呈して助けてくれた人が。


 冬子は彼を襲った光の出所を探して辺りを見回した。原因はすぐに見つかった。狂ったようにはしゃぐ馬鹿がいたからだ。


「すげー、本当に出たよ。これがギフトってやつか。お前らも見たよな」


「松田まじ半端ねえ!」


「レーザービームみたいだったな」


て め え か !


 思わずお上品さに欠ける叫びが出そうになって、慌てて息を止める。どうやったのかは分からないが、彼を吹き飛ばしたのは松田くんらしい。冬子が思わず拳を握りしめた時だった。


「おい、喜ぶ前に人としてするべきことがあるんじゃないのか」


 良かった、生きてる。ボロ雑巾のようになっていたが、彼は松田くんに向かって手を突き出していた。



「へ、なにが?」


「なにがじゃなくて、人に思いっきりギフトぶっ放しておいて謝る事もできんのか。こちとら死にかけたんだぞ」


「お前にも当たってたのか。でもギフトを使ってなんとかしろって言ったのお前じゃん。倒してやったのに何で俺が謝んの」


「俺は見たぞ、松田に体当たりをした上に顔を殴っていた。むしろ謝るべきなのはコイツだ」


「まあ見るからに文化レベルの低そうな世界だもんな。松田を囮にして逃げようとしてたんじゃないか?」


 よくもそんな事が言えるものだと、冬子の中に怒りが燻る。松田くんが余計な手を出さなければ、彼は無傷だったろう。


「まあ素直に謝れば許してやるさ。おまえもパニックだったんだろ」


 この時冬子は、松田のことを苦手ではなくはっきりと嫌いになった。

 彼は珍獣を見るような目で松田を見上げると、幾度か目を瞬かせた。


「あー、うん、なんかもういいわ。どうもお前らみたいなのと関わっていると俺の平穏な生活が崩される気がしてならん。畑のことは野良犬に噛まれたと思って忘れてやるから失せろ」


 そんな、ちょっと待って。まだちゃんとお礼も謝罪もしてない。名前だって聞いてないのに。冬子は焦った。しかし松田はブレない。


「はあ?俺たちはこの世界のこと何も分からないんだぞ」


松田くん。


「取り敢えずおまえの家に泊めてくれよ。腹も減ったし」


正直、殺意は湧いたがグッジョブです。


 しかし彼の顔は明らかに不快そうである。このままでは本当に、そのまま立ち去ってしまうだろう。

冬子はそんな事態を防ぐべく、ふたりの間に割って入ることにした。


「ちょっと松田くん、いい加減にしなさいよ。明らかに迷惑かけた上に、命の恩人に向かってそんな言い方ないでしょう」


「同感だな、これ以上迷惑をかけるべきじゃない」


「むしろ畑のことを考えるべき」


 私が仲裁に入ると、紅と浩介も加勢してくれる。

 ここは押すべし!


「ごめんなさい、畑を何とかするまでは村の近くで野宿させてくれないかしら。流石にさっきみたいなのが出てきたら怖いから」


 冬子は全力で瞳に力を込めた。潤め眼球、ほとばしれ女子力。


「そうだな。虫がいい頼みなのは分かってるんだが、出来れば最低限の情報も教えてくれるとありがたい。俺たち本当に何も知らないんだ。雑用でも何でもするからさ」


「なんか私だけ物凄く不愉快な並びされた気がするけれど、お願いしたい」


 彼は暫く夋巡した後溜息をひとつ吐いて告げる。


「流石に我が家はそんなに豪邸じゃない。村の集会場が借りれないか掛け合ってみるよ」


 やった!冬子は心の中でガッツポーズをした。



 彼の村に向かう道中、冬子たちは自己紹介をした。

 ユージン。やばい、名前もカッコいい。


 彼は冬子たちの元いた世界の話を興味深げに聞いている。彼の話も面白かった。ギフトなんて、なんだか本当に魔法みたい。


 普段はあまり喋らない紅だけど、異世界のことはいつもの研究心がくすぐられるのか饒舌だ。


……異世界に興味を持つのはいいけどユージンくんには駄目だよ?


 松田くんの馬鹿な発言に、彼が愛想を尽かしたらどうすんだとイラつき始めた時だった。村の入り口から一人の少女が駆けてくる。金色の髪と翡翠の目の色をした綺麗な子。こちらに来るや否やユージンくんに飛びつく。誰!?


「心配したんだよ、お兄ちゃん!」


 ホッ。妹さんか。って、何を安心してるんだ。なんだかんだ、冬子もまだ混乱しているらしい。


「ええっと、説明が難しいな。まあ友達になった的なアレだ。今日泊まるところがないって言うから相談に乗ってたんだよ」


 うんうん、今は友達枠でいいだろう。


「ふーん。何それ、美人を選んだわけ。良かったね」


 あれれ、何だか凄い目で睨まれてるぞ?あなた妹さんだよね?確かに冬子は美人だけど。何この子ブラコン?キモッ!


「と、とにかく俺は村長とフィルに事情を説明してくるから。詳しい話はまた後で」


 ふー、あの子最後までこっちを睨んでたよ。怖い怖い。






 それから冬子たちは村長さんに引き合わされ、この村に留まれる事になった。途中で松田くんがまたまたまた余計なことを言い出した時には、沈めようかと思ったけど。


 ことここに至って冬子は完全に確信する。


 今まであんまり興味は無かったけど。そう呼ぶにはまだ早すぎるし、小さな思いだとは思うけど。


 困った顔で無償の人助けをしてしまうこの自称普通の農民の彼が。


 その後も見捨てられずにズルズル関わってしまう男の子が。


 どうやら冬子は無性に気に入ってしまったらしい。

 だったらこの想いを大切に育ててみせよう。


 この日。

 この大変な時に不謹慎だとは思うが、冬子はそんな事を誓ったのだった。



「ぐらいの感じだと思う」


「違いますけど!」


 冬子は思わず布団を蹴り上げた。


「私こんなに性格悪くないもん!」


 思わず大きな声が出てしまう。幸い誰も起きてはいないようだ。


「特に後半、多分に悪意による曲解と付け足しが見られます!」


 だけど抗議は虚しく黙殺されて、かわりに紅のジト目が冬子を見据える。


「う、八割くらいは、思わないこともなかったかな、なんちゃって」


 紅は冬子の答えに満足したのか、静かに目を瞑った。しばらくして、小さな寝息が聞こえてくる。少年のことを考えているうちに、冬子もいつの間にか夢の中に足を踏み入れていった。


 夢の内容は覚えていないけれど、少なくとも翌朝の寝覚は悪いものではなかった。







覗いて下さった奇特な方々、評価をすると作者がさらに狂喜乱舞します。↓の★とブックマークを押してやって下さいませ。

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