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女王様と下僕の日々

とある女王の小話

作者: 獅子柚子

 執務室に入室するなり、レジーナはため息をつく。

 

 執務机の上には、今日も目を通すべき書類が山積みだ。


 魔石の発見で、どうにか財政は落ち着いてきたが、悪徳領主の不正は全貌も黒幕も掴みきれていない。


 きちんと領地運営をしてきた地方領主達にしても、王家からの招集には応じてくれないのだ。



「レジーナ。あまり眉間に皺を寄せては、せっかくの美人が台無しですよ?」



 自分を気遣う夫の優しい声に、レジーナは薄く笑みを浮かべて、礼を言う。


「……ありがとう、レナード」 


「いいえ、女王である貴女を気遣うのは、王配として当然の義務ですよ。……執務でお疲れでしょう、甘い物でもいかがです?」



 レナードはそう言うと、そっと懐からいつものキャンディを取り出し、レジーナへと差し出す。



「あら、ちょうど甘い物が欲しかったところなのよ」



 レジーナはレナードからキャンディを受け取ると、深いため息をつき……気を取り直して、かねてからの疑問を口にした。



「……ところで、貴方はどうしてそんなところに?」



 レジーナが見つめる先……正確には見下ろす先には、執務机の前で四つん這いになったレナードがいた。

 本来、桃花心木の椅子が据えられていたはずの位置で、誇らしげに人間椅子レナードはレジーナに告げる。



「女王を支えるのは、王配の義務。微力ながら、僕も貴女の支えに……」


「そんな物理的な支えはいらないから」



 大きくため息をつき、ひらひらと手を振って退くように合図すれば、レナードは渋々といった様子で立ち上がる。

 


「ところで……」



 レナードは振り返ると、レジーナの顔を覗き込む。



「レジーナ。……何があったんですか?」



 そっと、レナードはレジーナの頬に触れた。その肌は冷たく、うっすらと血の気が引いている。



「いつもは、僕に対してゴミを見るような蔑む視線を向けてくれるのに……!最近は、僕が何をしようと優しく微笑むだけで……!」



 レジーナの冷え切った手を握りながら、レナードはレジーナを見つめる。



「レジーナ、僕たちは夫婦なんですよ。悩みがあるのならば、相談くらいしてくれてもいいのではありませんか?」


「レナード……」



 レジーナは、くっきりとクマの浮かんだ目で、レナードを見つめ返した。



「……今夜は、私とずっと一緒にいてくれる?」




 ***




 長い回廊を、燭台を手にしたレナードが歩く。

 その隣には、珍しくそわそわとした様子のレジーナが、周囲を警戒するように視線を動かしている。



「……ここが、噂の離宮ですか」



 堅牢な石造りの離宮は、虫の声さえも通さない。

 しんと静まり返った廊下を、二人はゆっくりと歩く。



「ええ……。今までは、私くらいしか使っていなかったから、あまり手入れもしていないのだけれど……」


「その割には、随分手入れが行き届いてますね」



  レナードの言葉通り、離宮の床や壁は完璧に磨き抜かれ、塵一つ落ちていない。

 回廊を照らす燭台の一つ一つも錆びついてなどおらず、きちんと蝋燭が灯されていた。



「それは……」



 レジーナが口を開きかけた、その瞬間だった。



『ツリ目が帰ってきたぞー!』


『おかえり、悪役顔ー!』



 甲高い声が、離宮の回廊に木霊する。



「出たわ……!」



 ぎりっ、と奥歯を噛み締め、レジーナは表情を一気に険しくさせる。



『イジワル女が男連れてる!』


『めっずらしー!』


『これからお楽しみってやつー?』


『ひゅーひゅー!』



 騒がしい歓声に混じって、囃し立てるような口笛が鳴り響くが、前方にも後方にも人影はない。



「……いったい、どこから声が……?」


「足元よ、レナード」



 レジーナの声に、レナードは視線を落とす。


 すると、レジーナが険しい眼差しで見つめる先……その足元に、ふわふわとした毛玉が動いていた。



『あ、気づかれた』


『こっち見んなよなー!』



 もぞもぞと動いた毛玉たちには、くりくりとした目玉が光っており、小さな口から甲高い抗議の声を上げながら、体の割には大きい耳をピクピクと動かしている。


 ふわふわと柔らかそうな茶色の体毛に覆われた小動物たちを目にして、レナードは声を上げた。



「これは……もしかして、ブラウニーですか?」



 レナードの問いかけに、ため息とともにレジーナは頷いた。



「あまり使われていなかった離宮に、いつのまにか住み着いていたのよ。おかげで、離宮が荒れずに済んだのだけど……この通り、絶妙に人間の心を苛立たせるセリフを吐いたり、小さいイタズラをしてきたり……!」



 クマのできた目で、レジーナは足元のブラウニー達を睨みつける。

 しかし、当のブラウニー達はそんな視線に動じる事もなく、他所者であるレナードをじろじろと珍しそうに観察していた。



『あっ!こいつ、前にツリ目の日記に書いてあった『おうはい』じゃないか?』


『あの変態の?』


『あのドMの?』


『いじめられて喜ぶヤバいやつー!』



 一体のブラウニーが言い出すと、一斉に他のブラウニー達がざわめき出す。小さな口から放たれる罵詈雑言に、レナードは……



「おふっ……ブラウニーからの忖度なしの罵倒……これはこれで……」



 もちろん、頬を赤らめて悦んでいた。


 どうにも先日の騎士団への派遣から、さらに幅広い分野に目覚めてしまったらしく、苦痛や罵倒ならば何でも悦んでしまうようになっている。



『キモっ』


『まあ、ツリ目のダンナだしな』


『趣味わるー』



 そんなレナードの変態っぷりに、さらにブラウニーの罵倒もヒートアップし、またさらに変態レナードが悦ぶ。

 ブラウニーに小突かれては頬を赤らめるレナードの姿に呆れつつも、レジーナは声を上げる。



「あなた達、いい加減にしなさ……」


『なあなあ、知ってるー?』



 ブラウニーはレジーナをチラチラと見ながら、ニヤリと嫌な笑いを浮かべた。



『ツリ目の胸は、盛ってるんだぜ!』



 ブラウニーが発した言葉に、ぴたり、とレジーナの動きが止まる。



『にせものおっぱいー』


『毎日胸に詰めてんやんの!』


『やーい、貧乳ー!』



 レジーナの動揺を悟ってか、追従するように他のブラウニー達も一斉に囃し立て始める。


 顔を赤らめたレジーナが拳を震わせた、その時……



「やめなさい」



 毅然とした声が、離宮に響く。


 先程まで頬を赤らめていたのが嘘のように、厳しい眼差しで、レナードはブラウニー達を見つめていた。



「女性の体型についてあれこれ言うのは感心しませんね。別に、胸が大きいからといって良いものでもないでしょう」



 普段の柔和な口調とは一転して、淡々とした冷たい声で、レナードはブラウニー達に語りかける。

 


『な、なんだよ、偉そうにして!』


『変態のくせに!』



 レナードの豹変に一瞬鼻白んだブラウニー達だったが、再びレナードを罵倒し始める。


 だが、レナードは顔色ひとつ変えずに、ぴしゃりと言い放った。



「変態であっても、言うべきことは言わせてもらいます。……それに」



 レナードは、いつもの柔和な笑みを浮かべて、レジーナに振り返る。



「こんな形ですが、僕はレジーナの秘密を知る事ができて、嬉しかったですよ」


「レナード……」



 ドMと発覚した初夜から、悪い意味でしかドキドキする事のなかったレジーナの胸が、とくんと脈打つ。二人の視線が、甘やかに重なり合う……



「それなのに、貴方達はっ……!」



 はずが、勢い良くレナードがブラウニー達の方へと振り返った。



(……うん、分かっていたわ)


 

 そう、こういうムードは基本的に長続きしない。少なくとも、レジーナとレナードの間に限っては。


 人知れず、ため息ととともに首を振るレジーナ。


 そんなレジーナをよそに、レナードは鬼気迫る表情を浮かべて、つかつかとブラウニー達に歩み寄っていく。



「寝不足、ストレス、さらには恥ずかしい秘密を暴露され、レジーナのストレスは最高潮……もしかしたら、僕に八つ当たりしてくれたかもしれないのに!」



 すっ、とレジーナの眉根に皺が寄る。

 微かな変化だが、その瞳の温度は、急激に低下を始めていた。ゴソゴソと大きなバッグを漁ると、目当てのものを探し出す。



「僕の御褒美(八つ当たり)を横取りしようなんて、絶対に許せま……」


 

 スパァァァン!と、レナードの言葉を遮って、風切り音が離宮に鳴り響く。


 あふんっ、と満足そうな声を上げるレナードを転がしながら、レジーナは手慣れた手つきで鞭をしならせた。


 レナードの部屋から没収した新しいコレクション(棘つきの鞭)は、まるで長年の愛用品であるかのように、その右手にしっくりと馴染んでいる。



「……ねえ、あなたたち」



 極上の笑みを浮かべる女王様(レジーナ)は、静かな声で言い放つ。



「そろそろ、怒るわよ?」




***




 『鉄の女王』

 『氷姫』

 『冷血女王』


 時に冷酷な判断を下し、辣腕によって王国を立て直したレジーナには、上記のように恐ろしい異名が多い。

 しかし、その中において『妖精の女王様』という、一つだけ異質な呼び名がある。


 これは、レジーナがブラウニーに好かれていた事に由来すると伝えられる。


 東洋における『座敷わらし』に近い存在で、人前に姿を現す事を好まず、イタズラ好きであるともされるブラウニー。


 しかし、ブラウニーはレジーナと王配であるレナードによく懐き、彼女の居室のある離宮をいつも整え、会話さえしていたという。

 独特のコミュニケーション方法があったのか、彼女がブラウニーに語りかける際には、時折奇妙な音や声が響く事があったそうである。



拙作をお読みいただき、ありがとうございます!


2022.6.24 改稿


ドMがあまり活躍していないのが気になっていたので、元の原稿をベースに改稿しました。

ほぼ別作品になってしまったので、削除して再投稿しようかとも迷ったのですが、システムへの負担なども考慮して、今回は改稿という形にさせていただきました。


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