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しほたるほたる

作者: Simaaane


授業中にもかかわらず喧々囂々とした教室で、私は頬杖をつきながら窓の外を眺めています。

校舎のすぐ横にある花壇には色とりどりのカーネションが植えられていて、それを見る度私は今まで特に考えてこなかったことを考えるのです。


花壇を眺めながらぼーっとしていると、いつの間にか静かになった教室で山下先生が話し始めました。


「今度の土曜参観ではお母さんへの感謝の手紙を発表します。日頃色々と助けてくれているお母さんにどんな内容の手紙を書くか考えておいてください。」


それを聞いてまず最初に出てきたのは、

「どうしよう」という焦る気持ちでした。

私の母は私が産まれると同時に他界したので、会ったことがなかったからです。

でも、だからといって私はこれといった辛い思いをしたことがありません。

お父さんが母の分まで愛を注いで私を育ててくれたので、なに不自由なく暮らすことが出来ました。

だからこそお父さんには感謝をしているのですが、つい最近まで母について考えたことがあまりありませんでした。

私は母へどのように感謝すれば良いのでしょうか。

参考までに、周りの声を少し聞いてみることにしました。


高田くんはこう言います

「手紙ぃー?めんどくせぇー」

すると山下先生は怒ります。

「めんどくさいとか言ってはいけません、あなたが今ここにいるのはお母さんのおかげなんですよ。」

「はいはーい」

「【はい】は、1回!」


そんないつも通りのやり取りを見てみんなが笑います。

私もその光景に既視感を覚え、少しクスッと笑ってしまいました。


川崎さんはこう言います。

「やっぱいつもご飯作ってくれてありがとうとかかなぁ」


私はそれを聞いてお父さんが作ってくれるカレーの味を思い出します。


さらに周りに聞き耳をたててみますがどれも私には参考にならないものばかりで、しばらくすると、もうお母さんについての話題は聞こえてきません。

結局私は母になんて手紙を書けばいいのか思いつきませんでした。



終わりのチャイムが鳴り、家に帰る時間です。

いつも一緒に帰っている香奈ちゃんが今日は休みだったので、残念ながら1人ぼっちです。

先生やみんなに挨拶をして足早に教室を出るといつもの通学路を通ります。

今日は1人でしたが、白線の上を落ちないように歩きます。

歩きながら考えました。

そーっとそーっと

考えて考えて考えました。


顔をあげるともう家の目の前です。

私の家は赤い屋根の白いお家で庭まであります。

ランドセルに入っている鍵を取り出してドアを開けると、友達のラッシーが迎えに来ます。

ラッシーの体は私はよりも大きいので、家から出ていかないように開けるドアの隙間は私が通れるほんの少しの大きさにしなければなりません。


お父さんは仕事なので帰りはいつも8時より後になります。

だから、ラッシーのご飯は私の仕事です。

器にご飯とレンジで少し温めたお肉をのせてあげるだけの簡単なお仕事。

私はそれを食べるラッシーを眺めながらまた考えます。

眺めて考えて眺めます。

そうしていると、ご飯を食べ終わったラッシーが私の頬を舐めます。

どうやら私はなぜだかちょっぴり泣いていたようです。

涙をふいて励ましてくれる友達と遊びます。

ボールを投げたり紐を引っ張りあったりと夢中で遊んでいるとあっという間に時間が過ぎていきます。

遊んでるうちにお父さんが帰ってきました。


「ただいまぁ〜」

「おかえりー!」


若干くたびれた声の主は私のお父さんです。

しっぽをブンブン振り回すラッシーと一緒に玄関へ向います。


「あれ?なんかあったの?」


お父さんは、不安そうな目で聞いてきます。

ちょっぴり泣いていたのがバレていたのでしょうか。


「うん。ちょっと聞きたいことがあるの」

「そう?じゃあ先にご飯にしようか」

「わかった!」


お父さんを傷つけたくないから、嘘はつきません。

夜ご飯の支度をします。

今日はいつもより早くて、7時半です。

準備を終えると2人でいただきますをします。

話は夜ご飯を食べ終わってからすることにしました。

お父さんの作ってくれるカレーは私の大好物です。

じゃがいもは歪ですが、私はそこが好きです。

食事中はとりとめのない会話をしました。

学校の花壇に綺麗な花が咲いていたこと、山田くんが間違えて女子トイレに入ってしまったこと、テストで100点をとったこと…


夜ご飯を食べ終え、学校の話も話尽くしたので食器を片付けます。

食器をしっかり水につけたあと、いつも通りの食後のテレビ時間に私は話し始めます。

母のこと、学校の宿題こと…


するとお父さんは笑顔でこう言いました。

「わかった。じゃあ行きたいところがあるんだ。だから今から出かける準備をしといてくれ」

「今日いくの?」

「おう」

そう言うと支度をしに行ったので、私もそうすることにしました。


支度を終えて車に乗って待っていると父親が鼻歌交じりに運転席に乗り込みます。

他界した母の話をするわけですからもっと深刻な雰囲気かと思っていましたが、そうでも無いようです。


車を走らせているお父さんに私は問いかけました。

「どこに行くの?」

お父さんは格好つけてこう言います。

「ついてからのお楽しみだ」


そこから会話はありません。

いつもはずっと喋っているような仲良しですが、今日のお父さんはいつもと違うようです。

それに加えて、外は暗くて何も見えなかったので車に揺られて寝てしまいました。



目が覚めると車は完全に停車していて、目的地に到着しているようです。

お父さんは私が起きたのに気づくと、こう言います。

「おっ、起きたか。ナイスタイミングだ。」


どうやら私はいいタイミングで起きたようです。

父が車から出たので私もそれに習って外に出ると周りはとても暗く、深い緑が生い茂っています。

歩きながらここはどこか聞いてみると、どうやら隣県の小さな山中のようでした。

でも、何をしに来たかは答えてくれません。


それでもずんずんとけもの道を進むお父さんについて行きます。

しばらくすると遠くに光がひとつ、ふたつと見えてきました。

どうやらあの光を見に来たようです。

歩くにつれて光は強くなっていきます。

そして川沿いに出ました。

「わぁ〜凄い!」


そこには、自然による一面のイルミネーションが広がっていました。

どうやら私たちはホタルを見に来たようです。


お父さんが川のそばの大きな石に座ったので、私はその隣に座りました。

するとお父さんは口を開きます。

「ここは僕と母さんが初めてデートに来た場所で、最後にデートに来た場所でもあるんだ」

「よくここに来てたの?」


私がそう返答するとお父さんはやんわりと首を振りながら、否定します。


「ほんとに最初と最後の二回だけなんだ。でもどっちもよく覚えてる」

そう語る横顔にはうっすらと笑みが浮かんでいました。


「どうしてお父さんはお母さんの話をしてるのにそんなに嬉しそうなの?」

私は疑問を持ちました。

若くしてなくした妻の話をなぜそんなにも嬉しそうに話せるのか。


お父さんは答えます。

「もしかしたら家だったらこんな風には話せなかったかもな…でも、僕はお母さんのことが大好きなんだ!好きな人の話をするんだから嬉しいに決まってるだろ?それに、僕は蛍が大好きなんだ!もちろん虫の方も娘の方もね。」

そう言って眉間を掻いています。

こうやって眉間を掻くのは、照れ隠しをする時のくせだと最近気づきました。


お父さんは続けます。

「母さんは死んでしまったけど幸せだったと思うよ。少し不謹慎かもしれないけど、ホタルにそっくりだと思うんだ。ホタルは子供を産んで死ぬ。まさに母さんだ。でも母親は子供が生まれたせいで死んだ訳じゃなくて、子供を産むために死んだんだ。分かるかい?」


難しい話だけど、言いたいことは何となくわかっています。母は私のせいで死んだわけではなく、私のために死んだのだと。

それは私が小さい頃からお父さんがずっと言ってきた言葉でした。

無言で頷くと、お父さんはさらに続けます。

「だから思い悩む必要なんてないんだよ。不幸だったからって幸せじゃないとは限らないだろ?僕は、妻を失ったけど子供と暮らせて最高に幸せだ。だから、僕はお母さんに感謝してる」


お父さんはそう言うと手を伸ばします。

するとちょうどそこにホタルがとまりました。


それを眺めながら私は考えました。

考えて考えて私は気づきました。

今私は幸せです。お父さんと、ラッシーと暮らしてとても幸せです。

では、どうして私は幸せに暮らせているのでしょうか?

それに気づきました。


私はお父さんに抱きつきながらこう言いました。

「お父さんありがとう」


お父さんは何も言わず背中に右手を回し、左手で私の頭を撫でていました。

その後、私はお父さんと話しました。沢山話しました。

お母さんの話、他愛もない話を…




それから10日が経ちました。

大型連休明けの落ち着かない雰囲気が少しだけ収まってきた今日は土曜参観です。

教室の後ろにはみんなのお父さんとお母さんが沢山立っていて、それでも収まりきらない人達は廊下から私たちの教室を覗いていました。

普段の賑やかな雰囲気とは打って変わって、教室は静寂に包まれ、みんなの鉛筆のカツカツという音だけが聞こえてきます。

みんながちょうど手紙を書き終えたところで、山下先生はこう言いました。

「ではお手紙を発表してくれる人はいますか?」


教室が一瞬ざわつきます。

ですが私は動じず手を挙げました。

私だけが手を挙げました。

先生は驚いています。普段私が手を挙げない生徒だからでしょうか。

山下先生はしばらく他に手を挙げる人がいないか確認したあと私を当てました。


私は返事をして立ち上がると、お父さんがいつもやっているように小さくコホンと咳払いをしてから手紙を読み上げます。


「お母さんへ

天国で元気に過ごしていますか?」


教室がまたざわつきます。ですが私は気にせず続けました。


「私は、お父さんと2人で幸せに過ごしています。

明日は母の日なので手紙を書きましたが、私は最初何を書けばいいのか全くわかりませんでした。

なぜなら、お父さんになに不自由なく育ててもらったし、お母さんにはあったことがなかったからです。

なので、お父さんに相談してみました。

するとお父さんはホタルを見に連れて行ってくれました。

そこでお母さんの話をたくさん聞きました。

おじいちゃんとおばあちゃんにあいさつに行った日の話や、デートに行った話など、ほとんどはお父さんの失敗の話でした。

ですがそれを聞いて私は考えました。

私はなぜ今幸せに生活出来ているのかを考えました。」


私は一度深呼吸をします。

深い深い呼吸です。

深呼吸をしたら周りを見渡して手紙に目線を落とします。


「それはお母さんが私を産んでくれたからです。

だからっ産んでくれてありがとう

私を産んでくれてありがとう 蛍より」


私は読み終えるとギリギリで堪えていた涙を裾で拭きました。

席につき周りを見渡すと泣きながら拍手をしている保護者が何人かいます。

その中に私のお父さんもいました。

私はお父さんが泣いているのを初めて見ました。

だから最初は一瞬何か嫌なことでも言ってしまったかと思いました。

でも次の瞬間からはそうは思いませんでした。


なぜなら、私は泣く父見て何故かこう感じたからです。

「幸せだなぁ」 と


そこから先のみんなの手紙はあまり覚えていませんが、帰り道の途中に、お父さんと手を繋いで寄った公園でカーネーションを見つけました。

それを見て私は空いてる右手で空をつかみます。

それは周りから見れば意味不明な行動だったかもしれませんが、私はしっかりと手を繋げた気がしたのです。

しほたるは古文単語で、現代仮名遣いでは「潮垂る(しおたる)」と読みます。

普段小説を読んでいると不幸なまま終わる家族が多いと感じたので、不幸があっても幸せでいいだろうということで書かせていただきました。

気に入って頂けたら好評価よろしくお願いします。

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