第三十六話 騎士様の魅力は半端ない②
帰りの足取りは軽かった。
オールに囲まれて十分に睡眠をとったお陰で疲労は回復し、その上、山に来る前より体力や筋力が上がっているようにも感じた。
薬草は十分に採取出来たので採る必要もなく、魔物も出現しなかったので順調に下山出来た。
只、気になるのは、あの熱帯雨林のような気候のエリア。
「………………………………。」
「あっ、雨が降ってきた!」
「……急に蒸し暑くなってきたね……。」
雨が降り、蒸し暑く、地面が泥濘んできた。
………ということは…………
「きゃー!!」
泥濘んだ地面にヒルのような虫達が蠢いている!
これだけは無理!!
「ヘッ、ヘンリー様………!」
ヘンリー様を見ると、マーガレット様に抱きつかれ、彼女を抱き上げられているところだった……!
……そっ、そんなぁ…………。
殿下とラグエル様は傷を負われている。アラン様は……
「何?」
キョトンとした顔でこちらを見られる。
……うん。アラン様は無理ね……。共倒れして山から滑落するわ……。
そこに豪快な声が響き渡った。
「はははははっ!!どーした、ビアンカ?怖いんだろう?先生が肩車してやろう!!」
!?
ダグラス先生が私をひょいと担ぎ、肩車された。
大柄な先生に肩車され、目線がかなり高くなり、とても怖い!
「せっ、先生!高すぎて怖いです!」
!?
「………きゃあ!!…」
高すぎて頭に枝が当たってしまった…!痛い……!!
「…………うっ!?何これ…気持ち悪…!?」
蜘蛛の巣にまで絡まる始末。
「先生、もう降ろして下さい!!」
「そーか、それじゃあ、抱っこしてやろう!」
そう言うと、今度は横抱きにして下さった。良かった……と安堵していたのだが………。
「ビアンカ、眠くないでちゅかー?もう少しでちゅきまちゅよー!ははははっ!!」
先生は私をあやす様に揺らし出した……。
…………………先生、私を赤ちゃんみたいに………バカにしてる………!
「先生!揶揄うのはやめて下さいっ!!」
「恥ずかしいか?ビアンカ?はははははっ!!」
降ろしてほしいけど……下は気持ち悪いし……他に誰か……?
チェスター先生は薬草採取に夢中だし、あの線の細い身体では頼りないわ。
イル先生は………?
あっイル先生と目が合った!
!?……眼光が鋭い……!怖くて頼めないわ……。
誰か、誰か他の騎士様は……?
ヘンリー様以外に四人もいらっしゃる!
その中のお一人と目が合った。二十歳位のネイビー色の短髪の騎士様だ。
「あっ、あの私を……………………。」
………抱っこして下さいなんて、恥ずかしくて言えない……!!
騎士様は見つめる私に爽やかな笑顔を見せて下さり、ダグラス先生は、相変わらず私を揶揄って……………。
「先生、揺らさないで下さい……!……うっ………!」
先生に揺らされ過ぎて気持ち悪くなってきた……。
「ヘンリー副団長!」
爽やかな騎士様がヘンリー様に声をかけられた。
「どうした?」
ヘンリー様はマーガレット様を抱き上げられたままこちらへ来られた。そして、私の様子を見るや否や顔を歪められ、マーガレット様を騎士様に引き渡そうとされる。
「おい、この御令嬢を抱えてやってくれないか?私はビアン…………。」と、言いかけられたところでマーガレット様がすかさず口を挟まれた。
「嫌ですわ!ヘンリー様と離れませんわ!!」
両手でヘンリー様の首に力一杯しがみつかれた。
「……………………………………………。」
「……仕方ない………。おい、ノア!ビアンカ様を抱いて歩いてやってくれ…。」
ヘンリー様が力なくそう言われると、
「はい!仰せのままに!」と、ノア様は元気よくこたえられた。そして、ダグラス先生から私を救い上げて下さる。
「はー、助かった………。」
……でもまだ気持ち悪い……吐いたらどうしよう……。
「大丈夫ですか?」
ノア様は爽やかな笑顔を向けて下さり、私を抱き上げたまま、背中を優しく撫でて下さった。
「……はい。ありがとうございます。」
……背中を撫でられると気持ちいいわ……。
……騎士様って皆こんなに優しいのかしら……。
ヘンリー様より細めだけれど、騎士様だけあって身体は鍛えられている。背も高めで手足が長いから、抱き上げられていてもすごく安定してる。
それにしても、騎士様って皆イケメンばかりだわ……というか、この世界の住民ってイケメンが多いよね……?眼福とはこのことだろうか……。
ノア様の美しいお顔をチラチラと拝見させてもらった。ネイビーの短髪にターコイズブルーの瞳。褐色の肌に端正で彫りの深いお顔をされている。活発な爽やかスポーツマンタイプ……学園にいたら絶対にモテているわ…。
「どうかされましたか?同じ姿勢でお辛いですか?抱き方を変えてみましょう。」
「………………えっ?!」
ノア様はひょいと私を縦抱きにされた。
!?
かっ顔が近い…………恥ずかしい………!
「あっ、いえ、その、さっきの抱き方がいいです……。」
私は目線を逸らしながらこたえた。
絶対に顔が赤くなっている………。
「……可愛い。」
ノア様は私の瞳を見つめられながら、何度も「可愛い」と言われる。ターコイズブルーの瞳に吸い込まれそうだ……。それに心臓もおかしくなりそう……。
その時、
「騎士様!?何をしていらっしゃるんですか?」
ラグエル様が怖い顔で覗き込まれてきた。
「勤務中だろう?」
殿下もじとっとした視線をノア様に向けられている。
離れた所からも「ノア!真面目に仕事しろ!」とヘンリー様の喝が飛んできた。
ノア様は「申し訳ありません!」と言って、私を横抱きにして下さった。その際小声で、落ちないようにしっかり私の首にしがみついていて下さいね!と言われたので、私はノア様の首にしっかりしがみついた。顔が近づいた時、「やっぱり可愛い」と耳元で囁かれた。
…………………!?
耳元で囁くの…やめて下さい………。
登りの時は寝てしまっていたから分からなかったけれど、結構このエリア距離が長いのね……。
こんな長距離を、私を抱いたまま歩いて下さって、ヘンリー様も大変だったろうなぁ…。しかも寝ていたからずっしり重かったでしょう…。
ノア様も今きっとお辛いわ…。
「ノア様、重いでしょう?私一度降ります。」
「いえ、大丈夫です。重くはありませんし、これも訓練の一環です。それにビアンカ様を抱いて歩けるなんて幸せです。誰にも渡したくありません。」
!?
彼の真剣な眼差しに言葉が詰まってしまう…。
「そっ…そうですか…。ではお言葉に甘えて…。」
「…………………………………………。」
彼の頬を一筋の汗が流れる。
それにしても褐色で綺麗なお肌。顔が小さくて、この方一体何頭身かしら?彫りが深くて、鼻筋も綺麗だわ…。
「……僕の顔、おかしいですか?」
ずっと見つめていると、ノア様が心配そうな表情で聞いてこられた。
「……いえ、綺麗なお顔をされているなぁと思いまして……。」
すると、彼の表情がパッと明るくなり、
「ありがとうございます!」と、元気よく言われた。その後も始終笑顔で、辛そうな表情は一度も見せられなかった。
殿下とラグエル様は時々側に来て、
「傷さえ負っていなかったら……!」と、悔しげにされていた。
ヘンリー様も時々遠くから「ノア!真面目にやっているか?!」と厳しい表情で声をかけられていた。
その度にノア様は「はい!真面目にやっております!」と元気にこたえられていた。
……本当にこの方、体育会系だわ……。
辺りに乾いた空気が流れ出し、地面も乾いてきた。
周りの植物も風景も一気に変わる。
やっと亜熱帯から脱出出来たようだ。
「ノア様、ありがとうございました。本当に助かりました。私、降ります。」
そう言うとノア様は私を抱いている腕にギュッと力を込められ、「…もう少しこのままでいさせて下さい…。」と私の肩の辺りに顔を埋められた。
「……………………………………。」
すーっと吸い込むような音が聞こえる……?
……えっ?!もしかしてノア様、私の匂いをかいでいる……?!!
その刹那、
バン!!! バン!! バシッ!!
ノア様の頭を、急いでやって来たヘンリー様とラグエル様、殿下が一斉に叩いた!!
「こら!何してる!変態!!」
「離れろ!」
「真面目に仕事しろと言っただろうが!!帰ったら訓練を倍増してやるから覚えておけ!!」
ここまで袋叩きにしなくても……。痛そう……。
「ノッ…ノア様大丈夫ですか……?」
ノア様は罰の悪そうな顔をして、笑っておられた。