第二十五話 騎士様の魅力は半端ない
「君達の魔法力や体力ではシャトゥン山脈に行くのは難しいな。それにご両親も許してはくれないだろう。」
「…………そんな!?お願いです!先生!?」
私とマーガレット様は何故か今、ハリー先生に自分達もシャトゥン山脈に連れて行ってほしいと懇願している。目の前のハリー先生の困りきった顔を見ると、無理難題を押し付けたみたいで申し訳なくなった。
「……もう諦めましょう?マーガレット様……。」
「何言ってるの?!殿下が危険な場所に行かれるのよ?それに何日も会えないだなんて……。」
………何日もって………たった二日程度でしょ?
「私達が行ったら足手纏いですわ。」
先生も『足手纏い』というところで大きく頷いている。
「………………………………………………。」
……もうっ!身の程知らずで、恥ずかしいわっ!
遡ること1時間前ーー
突然医務室に現れたマーガレット様が「私達も行くわよ?!」と言い、何が何だか分からないまま、私を無理やりハリー先生のところに連れて行ったのだ。
何でも殿下に「私も連れて行って」と懇願したが、聞き入れてもらえず(当たり前でしょ?!)、ハリー先生に直談判に行ったが聞き入れてもらえず(恥ずかしいわね…)今度は私を巻き込んだというわけ……。
「私達が行ったら迷惑よ?大人しく、無事を祈って待っていましょう?」
「そうだよ。今回は諦めなさい。そんなに山に行きたいなら、もっとレベルの低い山に連れて行ってやろう!」
ハリー先生も困りきっている。
「…………………嫌ですわ。」
中々諦めないマーガレット様……………しつこい!!
※ ※ ※ ※ ※
快晴の早朝だというのに、辺りは薄暗く冷んやりとしている。目の前に荘厳な『ウェルッシュ山脈』が迫り、その懐へ引き摺り込まんとする一本の荒れた道がみえる。
「…………はぁー。」
………………何故、私がここにいるのだろう。
私はこの壮大で恐ろしい山を前にして溜息をついた。
「俺がビアンカ様を絶対守る!」と、真剣な表情で左手をぎゅっと握りしめるラグエル様。その反対側には「僕が守ってあげるからね。」と右手指を絡め、秀麗な微笑みを向けてくる殿下。そして、「…怖いですわ。」と殿下にもたれかかるマーガレット様。
………怖いなら、私まで巻き込んで来なくても良かったのに……。
マーガレット様の執念は見事なものだった。何度も先生の元へ通い、我が公爵邸までも赴き、殿下も説得した。殿下もビアンカと一緒に行けるならと王宮騎士+3名という破格待遇を打ち出し、とうとう先生も両親も折れてしまった。そして、薬草に詳しいアラン様も同行することになった。
「足を引っ張らないよう頑張ろう!」
そう気合を入れていたのだが、
ラグエル様と殿下だけでなく、鍛えられた体躯の騎士様達にまで常に見守られ、水分摂取を促されたり、危険な場所は抱えて頂いたり……
………これって十分迷惑かけているわよね……?
………やっぱり、来なければ良かった……。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません…。」
私は消え入るような声で謝った。
「「「そんなことはありません!!」」」
迷惑なわけがない、どんどん頼ってほしい……等、口々に慰めて下さるが………。
ただ今、小川を渡るだけなのに騎士様に抱き抱えられている状況も恥ずかしすぎるっ!
「……あの、私歩けます。降ろして下さいませんか?」
恥ずかしい…顔が熱い…。所謂、お姫様抱っこの状態で騎士様を見上げ、降ろして欲しいと懇願するが「いけませんよ。濡れてしまいます。」と温かな眼差しを向けられるだけだった。
騎士様は25歳の涼やかな目元をした美丈夫だ。さすが騎士様だけあって肌に触れる腕や胸の筋肉が硬く、鍛えられていることが分かる。同級生に比べると落ち着いた大人の魅力もあり、かなり心臓に悪い。
お子様でない大人の色気があるわ…そんな人にこれ以上抱っこされていたら…………死ぬ。
小川を渡り終え、ようやく解放してもらった私は汗びっしょりだった!?……臭くなかったかしら……?自分の臭いをくんくん嗅いでいると、ラグエル様が側にやってきて、「次は俺に抱っこさせて。」と見つめてくる。
!? 何言ってるの?!
「私、歩けますから!」と焦りながらラグエル様を睨む。そこへ先程の騎士様が現れ、「駄目ですよ!ラグエル様、あなたはまだ子供ですから、私が責任持ってビアンカ様はお運びします。」と、またひょいと私を抱き抱えた。
「きゃー!」
驚き、反動で騎士様の首に両手でしがみつくと、端正な顔立ちのサファイアバイオレットの瞳がすぐ目の前に迫った。
!!?
騎士様は私の瞳をじっと見つめ、「…きれいだ……。」と甘く囁いた。
もう失神寸前だ……。
ラグエル様は「騎士様!早く降ろして下さい!」と騎士様を睨みつけている。
そこに、呆れ返ったような先生方の声が響いた。
「おい!何遊んでるんだ?!今日は薬草採取だぞ?!」
騎士様は私の耳元で「残念…」と囁き、降ろしてくれた。
!? 耳…耳元で囁くのやめて下さい…。
アラン様と先生達の側に行こう。このままじゃ、魔物が来る前に死んでしまう……。