悪のラスボス登場!
「ん、まあいいけどさ。あんたら誰?この辺の人じゃないわね」
「左様でございます。私は名を不二、こちらは六平太と申します。わけあって人を捜しておりまして」
「はあ、そうですか。あ、私は加奈。特にわけもなく、この食堂の娘やってます」
「あ、俺は地上げ屋、じゃねぇ極亜空建設の営業で西藤翔一っていうもんだ。よろしく」
丁寧に頭を下げる不二バァにつられてお辞儀する加奈、いつのまにか復活してきた地上げ屋のお兄さんも名刺を差し出しています。
「あ、これはご丁寧に」
「いえいえ、土地建物の件でお困りごとがありましたら遠慮なく……グギャッ!」
地上げ屋お兄さん西藤翔一の顔面が陥没し再びダウン。
容赦ない加奈の正拳突きでした。
動かなくなった翔一を六平太が錫杖でツンツンとつついています。
「弱いなー、このお兄ちゃん。めっちゃくちゃ情けねぇなぁ」
「クサレ地上げ屋なんぞに相談したら土地全部掠め取られるでしょうが。気をつけなきゃだめよ、おばあちゃん」
不二バァは何も答えず、ひっくり返った翔一を抱き起こします。
取り出した手拭いで土まみれの顔を優しく拭いてやり、話しかけました。
「ひどい目に遭ったねぇ、ええっと、翔一ちゃん」
気絶していた翔一はハッと気がつき不二バァの顔を見つめました。
しばらく不二バァの顔をジッと見つめてから、慌ててバッと跳ね起きました。
「フッ、心配は無用だぜ。ハードな人生を生きてきた俺にはいつものこと……」
「そうなの?今までこんなに大変だったんだねぇ、まだ若いのに」
「べ、別に、それほど大したこっちゃねぇよ」
不二バァの哀れむような言葉に翔一は言葉を詰まらせました。
動揺しちゃったみたいで視線をあちらこちらにそらせています。
汗を白いハンカチで慌てて拭いて、乱れたスーツを直しています。
「今日はこれぐらいにしておく、また来るからその時はいい返事を……」
「ばーか、二度とウチの敷居を……」
翔一と加奈の会話はキーッという急ブレーキの音で中断しました。
全員が反射的にそちらを見ると、いかにもソレ系商売ご用達の黒いリムジンが食堂の前に停車していました。
ビクッとして飛び下がる一同の前で、後部座席のドアがバンッ、と開けられてゴッツイ体つきの男が二人、無言無表情で降り立ちます。
それに続いていかにも高級スーツ、というのを着こなした、ちょび髭細身の男が姿をあらわしました。
翔一の顔から血の気が失せて、ほほのあたりがヒクヒクとひきつりました。
「社長?なんで、ここに…………今日は工事現場に視察じゃなかったんスか」
「おお、翔一。お前、こんなところにいたのか」
翔一の姿を見つけると社長はうれしそうに笑いました。
抱きしめようとするように大きく手を広げて近づいてきました。
翔一は怯えるように二、三歩下がろうとしましたが、ごっつい男の一人にさえぎられました。
「すまんな、商談の邪魔しちまって」
「は、い、いえ……ッ!」
ガシッ!社長に殴り倒されて翔一は前のめりに倒れました。
鼻血を押さえながら起き上がろうとする翔一の背に高級革靴の靴底がめり込みました。
「いっといたろ?商談は昨日までに終わらせとけって。半人前のお前でもそれくらいはできる、と信じてたんだがな」
笑顔を見せながら容赦なく何度も蹴り飛ばす社長に、最初は驚いていた六平太も怒りを覚えました。
翔一と社長の間に割って入り、両手を広げて通せんぼします。
「おい、おじさん!いい加減にしろよ」
「んー?なんだい、坊や。どいてくれないかな、今ちょっと無能社員の教育で忙しいんだ」
社長は六平太を押しのけようとしました、けれど。
「ん、なんだ?全然動かねぇぞ」
子供の小柄な体を社長は動かすことができませんでした。
まるで石かなにかでできているみたいに重かったのです。
「どうしたぁ?おじさん、おいらをどかせるんじゃなかったのかぁ?」
「このガキ!」
六平太にからかわれた社長の顔に朱が入りました。
子供ひとりどかせられない非力さをバカにされたと思ったのでしょう。
上っ面だけの紳士の仮面を投げ捨てて拳を振り上げました。
「あ、よしなさい!子供相手に……」
「大丈夫だよ、六平太なら心配いらんよ」
飛び出そうとした加奈を不二バァがニコニコしながら止めました。
「でも!」
「ア痛ァッ!」
叫び声を上げたのはぶん殴った社長の方でした。
頭をぶん殴られた六平太はよろけも痛がりもせず、少しだけ意地悪な笑顔を浮かべていました。
「手ェ、大丈夫か?お・じ・さ・ん」
「ッテテ、なんてぇ石頭のガキだ」
赤く腫れあがっていく右手を押さえながら、社長は顔に怒りをあらわにしました。
子供なら震え上がって当然な暴力団の狂暴な視線ですが、六平太は気にする気配もありませんでした。
殴られたおでこをさすりながら、得意げに胸を張っています。
「おいらの頭は最高級の御影石製なんだぜ。おじさんの貧弱な手じゃ割るのは無理じゃないかなー?」
その態度に腹をたてたのでしょう、社長は部下二人に目くばせで合図します。
二人は小さくうなずいて、六平太の左右に回りこみました。
そのまま腕をつかんでとっ捕まえようとしましたが。
「ウゲッ!」
「いい加減にしなよ、このクサレヤクザ」
加奈の放った蹴りを金的に食らって大男の片割れが倒れました。
残る一人が空手らしき型で身構えましたが、そこで動きを止めました。
店から飛び出してきた中年夫婦が、それぞれフライパンと大鍋を構えて加奈の背後に立っていたのです。
「う、ウチの娘に何する気だ」
「それ以上、何か、したら、警察を、呼ぶわ……よ!」
足がガクガク震えてはいましたが、それでも必死の形相で立ち向かおうとしていました。
予想以上の抵抗に部下は困惑しているようで、困ったようにチラチラ社長の顔を見ています。
そして社長は、小馬鹿にした態度でわざとらしく余裕を見せています。
「何って、そこの潰れかけ食堂の看板娘が、こっちの社員に暴行を働いたんだろ?だからこっから先は正当防衛というわけだ」
社長の言いがかりを聞いて、身構えた部下と起き上がってきた部下の怒りと殺気が膨れ上がります。
それを迎え撃とうとする加奈と守るように両者の間に立つ六平太と不二バァ。
「その乱暴な娘をやれ、ああ違うな。そこの凶悪娘から俺の身を守れ」