闘将?看板娘登場!
「グウェェッ!」
なんだか潰れたカエルみたいな声を上げてお兄さん、道路に這いつくばっています。
続いてエプロン姿の娘さんが食堂から出てきて、モップ構えて仁王立ちしました。
短めの髪を後ろで束ねた結構かわいいお嬢さんみたいですが、睨みつける目つきがかなり恐いです。
「なーにがお茶漬け定食だ!なーにが漬物大盛でお願いだ!ウチには地上げ屋に食わせる米粒はないわよ」
振り下ろしたモップがお兄さんの髪の毛をかすめてアスファルトを直撃!
ドガッと音がして道路に小さなひび割れが!
顔面蒼白なお兄さん、必死に抗議します。
「あ、あぶねぇじゃないか!飯食いにきた客になんてことしやがる!」
「やかましい!商店街地上げにきたヤクザなんぞお客様扱いする気はないわね」
「だ、だからって顔見たとたんに一本背負いで投げ飛ばすことないだろ!」
「あー?じゃあ顔面正拳突きがよかったかしら?柔道は二段だけど空手と剣道は三段よ、私」
「ぼ、暴力バーかよ、この食堂は」
「いいえ、ウチは堅気のお客さんがくる普通の食堂です。ただし!地上げ屋さんお断りの店ですわ」
「……の野郎、こっちが話し合おうといってんのに。頭にきたぞ」
お兄さんがユラリと立ち上がり拳を握って構えます。
対する娘さん、ニコリと笑ってモップを構えて一言。
店の中から「加奈、店の前で暴れるんじゃない」「ご近所にめいわくでしょ」とか聞こえるのは彼女の両親でしょう。
声には慌てた様子はなく、どちらかというとうんざりしたという調子ですから、日常的に繰り返されている光景なのかもしれません。
「柔道二段、空手剣道三段、合気道少々。どれで死にたい?」
「落ち着け、話し合おう、暴力はいけない」
幸いにも勝負は拳を交える前につきました。
男は戦う前に敗北を認め、女はモップを下げました。
「俺は何も違法なやり方で出て行け、といってるんじゃない。相場にイロつけるから土地を売ってほしいとお願いにきただけなんだ。ついでにお茶漬け定食を」
ゴッ!
見事なアッパーカットが決まりお兄さんは真後ろに倒れました。
加奈ちゃん、ボクシングもやっているのかもしれません。
「お前ら地上げ屋に売る物なんてこの商店街にはないってーの。というわけで、とっととお帰りくださいませ」
「ふ、そんなこといってると後悔する羽目になるぜ……」
切れた唇の端から滴る血をぬぐって地上げ屋の本性を垣間見せるような凶悪な笑み、加奈もゾクリと背筋に冷たいものが走るのを感じました。
見た目貧弱な下っ端男の背後にわだかまるドス黒い悪がちらりと見えた気がしました。
その時です。
シャン、シャンと清らかな錫杖の音が響きました。
「悪事はそこまでにしとけよ、悪徳地上げ屋!」
「左様、左様。弱者をいたぶる者に訪れる福はなし、ですよ」
「聞けば住む土地を奪い私腹を肥やす悪行三昧。これ以上の狼藉はこの六平太が許さないぞ」
「そうそう、この婆もそういう悪い子は叱りますよ」
少年と老婆が錫杖を構えて庇うように立ちはだかっていました。
いきなりの救世主の登場に被害者も驚いていました。
「あの、どうでもいいことかもしんないけどさ。聞いてもいい?」
「はいはい、なんでしょう?」
闘う看板娘・加奈がおずおずと尋ねました。
不二バァがニコニコ笑顔で答えます。
「なんでそっちを庇ってるわけ?」
錫杖を構える二人の正面には当惑顔の看板娘、後ろには悪の権化の地上げ屋お兄さん。
迎え撃つ方角が百八十度間違っているのです。
「あ……そうか。こっちが悪党だったっけ」
六平太と不二バァは後ろでひっくり返ってるお兄さんを見てうなずきました。
一応、加奈という食堂の娘を助けようと思って飛び出してきたのですが……
渾身の悪の決め台詞の後、六平太たちが割り込むまでの数秒の間に、お兄さんは顔がデコボコに変形するくらい殴られて気を失っていました。
一方的に殴られているのは地上げ屋のお兄さんのほうだったのでつい、そっちを庇ってしまったのです。
「あははは、悪い悪い。このあんちゃんの方が弱すぎたもんだからつい」
「あたしら弱い者の味方だしねぇ。オホホホ」
二人は実に明るく笑ってごまかして、倒れているお兄さんを錫杖で小突きました。
可哀想に、気を失っているはずのお兄さんの目から涙が流れました。