チンピラ君のハードな人生!
カッコつけて髪をかき上げるチンピラ君、ちょっとかがんでお婆さんに顔を近づけました。
「どなた、ってほどのモンじゃねえがよ。ンなとこで居眠りしてっと風邪ひくぞ」
「ああ、それもそうですねぇ。これはまた…………よっこらしょ」
お婆さんは実にゆっくりのんびりした風で立ち上がり、うーんと腰を伸ばしました。
小柄なお婆さんで、後姿だと着物を着た子供と間違えてしまいそうなくらいでした。
「どうもご親切に」
丁寧に頭を下げるお婆さんに軽く片手を上げて応えるお兄さん、『どういたしまして』とでもいうつもりで格好つけたのでしょう。
賽銭箱の前へきたお兄さんはポケットから小銭入れを取り出し、銀色に光る五百円玉を一枚。
「お?大奮発じゃん、あんちゃん」
つい声をかけてしまった少年ですが、お兄さんそのまま動きません、何か考えているようです。
しばらくしてクルリと振り向きました。
「おい、坊主。あ、ばーさんでもいいけど。この五百円玉崩せねぇか?五円玉があればちょうどいいんだが」
無言の三人の間を春にしては寒くて乾いた風が、ヒュゥゥと吹き抜けていきました。
暖かい陽射しの下で少年のまなざしが少しだけ冷めたく感じられました。
少年はポケットをさぐり、手を差し出しました。
お婆さんも懐やら袖やら探してみました。
「ごめん、二百円しかない」
「ああ、ほら。あったよ、五円玉が一個だけ。ほれ、どーぞ」
お婆さんが五円玉を差し出しましたが、お兄さんは受け取りません。
「両替できねぇんじゃ受け取るわけにゃいかねえよ」
「いえいえ、両替じゃなくて差し上げますよ」
お兄さん、両手で『ヤレヤレ』ポーズをきめて、フッと鼻息をひとつ。
「ますますダメだな。五円といえどタダで金もらうなんてハードな男のすることじゃないからな」
「まあまあ、お気になさらずに。お賽銭には穴あき銭じゃなきゃね。どうせこの五円も村の衆からもらった賽銭……いえいえ、こっちのお話。さ、遠慮なく」
「そうかい?じゃ、ありがたく頂戴するぜ」
結局、五円玉を受け取ろうと手を出すお兄さん。
「このへんに住んでるのかい?明日にでも返しにくるから、この神社で……おっと?」
受け取ろうとした時にうっかり反対側の手に持っていた自分の五百円玉を落としてしまいました。
賽銭箱の縁に当たった五百円玉は高ーく跳ねてそのまま箱の中へ。
チャリーン。
澄んだいい音がしました。
お兄さんは青ざめた顔でしばらく凍りついていましたが、気を取り直して拝礼し拍手を打ちました。
この不運な事故に少年もお婆さんも声をかけることができませんでした。
「さてと仕事にいくとするか!」
必要以上に明るい大きな声を出し、お兄さんは鳥居に向かって歩き出しました。
その後姿はちょっと寂しそうで悲しそうで、「ああ、お昼のサービス定食が」とか「三日連続お茶漬けだけ」とかつぶやく声が哀れをさそいました。
少年は思わず駆け寄っていました。
「ちょっと待って。あ、あのさ、これ……あげるよ」
「ん?」
差し出された少年の手には百円玉が二枚、お兄さんは受け取りかけた手を慌てて引っ込めました。
「ふん、お子様が大人に気を使うもんじゃねえぜ」
わざわざポーズを決めて笑うと、お兄さんは少年の頭を撫でてから境内を出て行きました。
いつのまにかそばまでやってきた不二バァがお兄さんの後ろ姿を見ていいました。
「今時の若いもんにしちゃなかなかいい子じゃなあ、六平太」
「不二ばーちゃん……」
お兄さんはどうやらお昼ご飯時のようです、食堂の引き戸をガラガラ開けて「ごめんよー、またお邪魔するぜ。いつものお茶漬けセットお願い」とかいいながら入っていきました。
「ん、確かに。都会者には珍しいタイプだね。けど」
思い出しても可笑しかったもので、六平太はプッと噴き出して言葉を続けます。
「どんな仕事だかわかんないけどさ、あんなお人好しじゃうまくいかないだろーね」
「ほんとにそうじゃなぁ。おやおや?」
六平太が断言してから十秒もたたないうちに推理の正しさが証明されました。
食堂の引き戸がガラッと開きまして、さっきのお兄さんが飛び出してきました。
いえ、飛ばされてきました。
文字通り空中を飛んでベチャッと路上に落下したのです。