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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

開けて悔しき玉手箱 

ひとりぼっちのかくれんぼ

作者: 秋山太郎

12000字と少しの作品となります。最後までお付き合い頂けると幸いです。


 俺の名前は怪道明雄。探偵だ。


 普段は浮気調査や素行調査などを主に行っているのだが、先日新しい仕事が入った。


「せんぱぁーい。これどうするんすか? 私はやりたいなー」


 こいつは学生時代の後輩で、斉藤小春という。俺はサイコと呼んでいる。


 大学時代に事故で大怪我を負った俺は、一週間以上も生死の境を彷徨った。


 やがて意識の戻った俺の所を訪れに来ては、励ましてくれたり、リハビリに付き添ってくれた、とても気の良いやつだ。そのままなし崩し的に俺の家で一緒に暮らしている。


「ああ、丁度今から出ようと思った所だ。サイコも準備しとけ」


「あたしの名前は小春ですぅー。ちゃんと名前で呼んで欲しいっていつも言ってるじゃないっすか。それに、あたしはこの依頼がやりたいっす」


「仕方ないからやるさ。やらなきゃ金が尽きそうだしな。お前もちょっとは働けよ」


「やったー! って、あたしいつも役に立ってるじゃないっすか。ほら、前のあれだって――」


「わかった! わかったから、とにかく事務所に行くぞ」


「はーいはいはい」


 まったく失礼しちゃいますよ、と呟きながらもサイコはこちらへ歩いてくる。


 そうして俺達は、電車で二駅の事務所へと向かうのだった。






 駅についた俺達は、中年男性の後ろに並びホームで電車を待っていた。


 そんな中、急に警笛が鳴り響き、悲鳴の様な甲高い音が耳に入ってくる。


「あっ」


 サイコの視線の先を追うと、空に向かって手を伸ばしながら、ふらりと線路に向かって歩いていく人間が遠くに見えた。


「サイコ、見るんじゃない」


 俺はサイコの頭を胸の中に抱え込んで目を逸らす。


 電車から発生する音は、全てを飲み込んだ。


 やや遅れて人々の喧騒が聞こえてくる。


「……先輩、ありがとうございます。もう大丈夫っす」


 サイコは腕をタップする。


「ん、あぁ。そうだな」


 サイコを解放してやると、少し顔を赤くしている。きつく抱え過ぎたかもしれない。


 騒がしいホームの様子を見ながらどうしようかと考えていたら、サイコがいきなり話しかけてきた。


「あっ先輩、アレ可愛いっすね。馬っすよ」


「ん? どれだ」


「あの女の子の髪飾りっすよ。まったくあの可愛さが分からないなんて――」


 口を尖らせながらもサイコは、胸ポケットから手帳を取り出して何かを書き込んでいる。


「どうしたんだ、サイコ」


 気になったので少し覗き込んでみた。


「何すか? 先輩が言ったんすよ? 気になった事があれば、忘れないうちに何でもメモしておけって」


 毎日やれって自分で言ったのに、とサイコはブツブツ言っている。


「あぁ、いやまぁ……そうだったな」


 俺は慌てて話題を変える。


「それじゃあ仕方ないから、事務所へはバスでいこうか」


「えっ、タクシーじゃないんすか?」


「金がないって言ってるだろ」


 不満顔のサイコを連れて俺達は事務所へとバスで向かうことにした。






 事務所に着いた俺達は、早速仕事の打ち合わせを始める。


 新しい仕事というのは、十年前に失踪してから行方が知れない少女を探すことだ。自宅から四つ目の駅に住んでいる老夫婦からの以来で、報酬も悪くない。


 少女の名前は安藤美香。当時中学三年生だった。非常に裕福な家庭に生まれた彼女だったが、幼い頃に母親が亡くなる。やがて父親も、彼女が小学校を卒業する前に事故に巻き込まれ亡くなった。


 多額の遺産を残していった両親であったが、それが彼女を苦しめたというのだから皮肉な話だ。


 金に目の眩んだ親戚達の手が四方八方から伸び、欲深い大人の視線に晒され続けた。


 依頼人からの電話で聞いた限りでは詳細まで語られなかったが、六軒もの家を転々とし三度も転校を余儀なくされているとの事で、幼くして中々に壮絶な人生を歩んでいたようだ。


 最後は老夫婦の元で、毎日怯えながら暮らしていたらしいが、十年前のとある日曜日から姿が見えなくなったと聞いている。






「それで、これが彼女の写真だ」


 そう言って俺はサイコに、中学校の卒業アルバムを見せてみた。集合写真の右上に丸く写っている。


「普通の写真はないんすか? かなり画質が悪いっすね」


「あぁ……残念な事に残ってないらしい。このあたりは田舎だから目撃者もいなかったみたいでな、警察も手がかりが少なすぎて捜索が難航していたと聞いている」


「警察が出来なかった事を、十年経ってあたし達に頼んでどうすんでしょうね」


「お前……それを言っちゃおしまいだろうがよ」


「ま、まぁまぁ! 先輩とあたしなら大丈夫っすよ! 成功報酬もあるんでしょ? 頑張りましょうよ!」


 サイコは笑っているが、確かに彼女の言う通りではあるのだ。


「とりあえず少女が預けられたという家を回って聞き込みからだ。まずはココとココ。それから――」


 壁に地図を広げて、場所をピンで留めていく。


「あれ、四箇所っすか?」


「もうこの十年で亡くなっている人がいるんだ。あらかじめ調べておいた」


「さすが先輩! 出来る男は違うっすねー」


「そういうのはいいから、さっさと回るぞ」


「あ、でも先輩。事故で電車止まってるんじゃないすか」


「あ……。はぁ……仕方ない。今から復旧まで待っていたら、向こうに着く頃には夕方過ぎだ。今日は事務所に泊まって明日行こう」


「やったー! じゃあ先輩、あのゲームの続きをしてほしいっす」


 そうして俺は、ノベルゲームの続きをサイコと一緒に進めて時間を潰すのだった。






 次の日の朝、しっかりと電車が動いているのを確認した俺達は事務所を出た。


 駅のホームで電車を待っていると、サイコが袖を引っ張って耳元で囁いてくる。


「先輩、見てください。今日はゴムにちっちゃい鏡が付いてますよ。何かちょっと可愛いっすね」


 昨日話していた女の子だろうか。


「でもサイコ、鏡をゴムにつけたって意味が――」


「んなっ! そういう問題じゃないっす! それに昔の先輩はこういうの可愛いって良く言ってましたよ!」


 顔を真っ赤にしてサイコは怒っている。


「ご、ごめんってば。そんなに怒らなくても良いじゃない」


「ほんっとーに先輩はそういう所がダメダメっすね」


 腕を組んでむすっとしたサイコを見ていると少し和む。


「だからごめんってば。ほら、電車が来たから行こう。一日に一軒ずつ回っていくから」


 サイコは何やらメモを取りながら電車に乗り込んだ。


 何を書いているのか気になる所だが、ひとまず俺も後に続いた。






 事務所から一駅先にある、目的の家までたどり着いた。


「着きましたね。アポは取ってあるんすか?」


「いいや、取ってない。恐らく断られるだろうからね」


「えっ大丈夫なんすか? 収穫無しで戻るのは嫌っすよ」


「まぁ任せておけ」


 そう言って俺はインターホンを鳴らした。


「はい、田中ですけど」


「あ、こんにちは。私、怪道という者です。近所に越して参りますので、ご挨拶に伺わせて頂きました」


「手に持ったそのお菓子はこの時の為だったんすか。しかし、よく平気でそんな嘘をペラペラと――」


 隣でサイコが何やら呟いているが無視する。


「あら、そうなの? 少々お待ち下さいね」


 ややあって、がちゃりと音を立てて玄関の扉が開くと、恰幅の良いおばさんが出てきた。


 サイコは何やらプルプルと震えている。


「どうもはじめまして。怪道と申します。こちら、つまらない物ですが――」


 そういって準備しておいたお土産を手渡す。


「あら、この焼き菓子はもしかして」


「ええ、三つほど離れた駅から越して来る予定でして、そこで購入してきました」


「あら、悪いわねぇ。私、これ大好きなのよ」


 その後、お菓子について当たり障りのない会話を重ねる。


 そうしてすっかりサイコを紹介するタイミングを逸してしまった。


「ところで、あなたはまだご結婚されてないのかしら?」


 意味ありげな笑みを浮かべながら、おばさんがそう尋ねてきた。


 一瞬で背筋がピンと伸びる。 


「も、申し訳ありません。えっと、それはですね――」


「こ、小春です。ここれからおおお世話になります。宜しくお願いしまつ」


 まったく、なぜ固くなっているのだ。俺は冷や汗を流しながらも自問自答する。


「あら、緊張しなくていいのよ」


 その後は穏やかな雰囲気で会話が弾む。


 田中さんの好きなお菓子は当然調査済みだった。上機嫌なうちに雑談を続け、頃合をみてから核心に迫る。


「そういえば奥様、聞きましたか?」


「あら、何をかしら」


「例の安藤美香さんの件ですよ。確かこの辺りに一時期住んでいましたよね。ほら、十年前に行方が分からなくなったっていう」


 おばさんの顔が少し曇る。


「それが、私も少し関係者でしてね。この間、警察が久しぶりに聞き取り調査に来たんですよ」


「まぁ! それで警察は何て?」


「どうも所持品が残っているか探しているらしいですよ。それで詳しい話を、なんて聞かれました」


「そう……そうなのね」


「私の手元には何も残っていないというのに――」


 そうやって何でもない風に俺が言うと、おばさんが小声で囁いた。


「あるのよ」


「えっ?」


「あの子が身に着けていた物よ」


「奥様、それは――」


「あなたの所にはもう警察は来たのよね? それならしばらく預かっていてくれないかしら。近所に引っ越して来たんでしょ? 黙っていてくれるわよね?」


 おばさんの顔は真っ青になっている。


「え、えぇ。それは構いませんけど……」


「本当にっ? よかったわ。ちょっと待っていて頂戴」


 そして家の中におばさんが入っていくと、サイコが横から話しかけてきた。


「いやーよくここまで引き出せましたね。先輩、詐欺師になれるっすよ」


「ぎりぎり嘘はついていないからな。引っ越して来たとは言っていない。あくまでも予定だからな。それに関係者なのも本当だ」


「あたしが妻なのも本当ですしね」


「あぁそう――んぁ!?」


 がちゃりと音がして、おばさんが戻ってくる。


「これよ。それにこの書類もお願い」


 そういって色々な物が飾りつけられたゴムが沢山入っている箱と、書類のファイルを手渡された。


「それじゃあ町内会の時にでもまた話しましょう。人に見られるとまずいわ。警察がくるまで、お願いね」


 それだけ言い残すと、おばさんはさっさと家の中へと戻っていった。


 それを見届けた俺は、笑いを堪えながら言った。


「何か、いかにもって感じのおばさんだったな。きっと日本中にいるおばさんを平均するとあんな感じだ」


 するとサイコは耐え切れずに吹いてしまう。


「ぷっ――ちょっと、先輩。だけど相当失礼っすよ。確かにどっかで見たことあるようなおばさんでしたけど」


 失礼な発言を咎めたいのか、それとも笑いたいのか。サイコは良く分からない顔をしている。


「でも正直言うと、最初に見た瞬間からそう思ってたっす」


「はっは、そうだろう」


 俺もついつい釣られて笑ってしまった。






 田中というおばさんの家から事務所に戻ってくると、預かってきた物の確認を始めた。


「確かゴムでしたよね。あとは書類関係っすか」


「そうだね」


「そういえば隣で聞いてて分からなかったんすけど、何であのおばさんが少女の所持品を隠しているって分かったんすか?」


「それは簡単だよ。仮に少女の持っていた大金が警察に届けられたりしてみなよ。血縁関係や親類縁者、そういった証拠になるものが残されていると考えるのが妥当でしょ」


「あーなるほど、確かに。でも何であのおばさんは青い顔してたんすか? 別にやましいことがなければ何の罪にもならないっすよね」


「やましいことがあったんだろうね。人当たり良さそうなおばさんだったけど、結局あそこの家には数ヶ月もいなかったみたいだから。きっと叩いたら埃が出るんだろう」


 へーあのおばさんがねー、と言いながらサイコはゴムをいじっている。


「そのゴムなんかも、提出しておくべき所持品だったんじゃないかな。忘れていて、出すに出せなくなったとか」


 そんなもんすかね、と言ってサイコはゴムをいじる手をとめた。


「それじゃ、他の家もこの調子で行きましょう! 先輩の詐欺師っぷりなら絶対うまくいくっすよ」


「詐欺師ってお前……。もうちょっと言い方ってもんが――」


 サイコは既に話を聞いておらず、何やらメモを取っている。


 はぁ、とため息をつきながら、俺は次の家の調査へと手をつけ始めた。






 その後も毎日、対象の家まで出向いて周辺の調査、家人への聞き取り、隣人への聞き取りなどを進めていった。


 結局収穫と言える様な収穫も無く、消えた後の足取りを掴むには至らなかった。


「さすがに十年も経ってると駄目っすねー。この写真も画質が悪くて正直あんまり顔が分からないっす」


 手元の写真に目をやりながらうなずく。


「あぁそうだな。それに今回色々と調べていった結果、依頼人の家までの足取りは掴めたけど、その後の足取りはさっぱりだ」


「これじゃ警察の調査結果とあまり変わらないっすねー多分」


「ゴムが増えたくらいだな」


 その時、サイコが起き上がってメモを見直し始めた。


「そういえばそのゴムについて何ですけど」


「あぁ、これも調べたけど、どこにでも売っている様な物だったよ。特に手がかりには――」


「いや、そっちのゴムじゃないっす。ほら、駅によくいる女の子のゴムっす」


「えっ、そっち?」


 俺は何を言っているんだと思い、サイコを振り返ってそう言った。


「可愛くて見かけるたびにメモを取ってたんすよ」


「何か度々メモを取っていると思ったらそんな事まで……」


「結構面白いっすよ。見てみます?」


 俺は手詰まりな上にやることも特になかったので、興味本位で見てみる事にした。


「良いっすか? この馬のゴムを見たっていうのが」


「ああ、あの人身事故の日だな」


「そうっす。あれが火曜日っす」


 それで、と言ってサイコは続ける。


「次の日にちっちゃい鏡を見ましたよね? それが水曜日っす」


 俺はなるほど、と言って先を促す。


「今日まで二週間以上も毎日電車に乗って移動したじゃないっすか。その後も日曜日以外は見かけたんすよ」


 正直全く気にしていなかったので、サイコがそんな事までメモをしているとは考えてもいなかった。


「月曜日には亀が付いていました。木曜日には牛と猿で、金曜日は猫っすね。どれも全部可愛かったっす。土曜日はゴムじゃなくてカチューシャしてました」


「なるほど。それで、その記録は先週の分なの? 先々週の分なの?」


「それが両方なんすよ」


「ん?」


「曜日ごとに同じものをつけていたんすよ」


 カレンダーを見ると今日は木曜日だ。


 という事は――。


「それじゃあ今日は猿と牛が付いているってこと?」


「多分そうっすね」


「そろそろいつも家を出る時間だし、何なら一緒に調べに行ってみる?」


 そう俺が言うと、サイコは笑顔になった。


「先輩もやっとあの可愛さが分かってくれましたか」






 特に用事もないのにホームへ下りると、サイコはすぐに女の子を見つけることが出来たらしい。


「あ、先輩いましたよ。あの子っす」


 俺はサイコが示す方に視線をやった。


「ふむ……なるほど」


「ほら、言ったじゃないっすか」


 可愛いっすね、とサイコは笑顔で言ってくる。


「まぁそれはちょっとよく分からないけど……」


 俺は少し気になる事を聞いてみた。


「お前、その女の子の顔は見たことあるのか?」


 俺は小声で確認を取ってみる。


「いや、それがちょっとメモに目を向けている間にどっか行っちゃうんすよ」


 サイコはそうやって小声で答える。


 俺はまじまじとサイコの目を見る。


「えっ、ちょっとやめてくださいよ。もしかして、また先輩のアレっすか? 例のお得意の」


「だってほら、もうその子はどこにもいないぞ」


 俺はそういってサイコに周囲を見るよう促した。


 辺りを確認し、現状を理解した彼女の顔からは血の気が一気に引いていく。


「いやいや、勘弁してくださいよ! 先輩が死に掛けた時に三途の川を半分渡った話は聞いたっす。その後にそういったモノを見たり触ったり出来る様になったってのも聞いたっすよ。でも、あたしはそういうの苦手だって知ってますよね?」


「そうは言っても見えるもんは見えるんだ、仕方ないだろ」


「あたしはそういうの見えないんで、あの子はちゃんと実在してますって」


「そうだと良いけどなぁ」


 サイコは気味が悪そうに周囲を見回すと、メモをしまった。


「きょ、今日はここまでっすね。事務所にもどりましょう」


 腕を引っ張るサイコを見ながら、何やら妙な事になったなぁと俺は考えていた。






 依頼主には、一月ごとに成果を報告する事になっている。


「とりあえず今月はここまで調べたことを報告すればいいけどさ」


 事務所でダラダラしているサイコにそう語りかける。


「来月以降はどうしようか」


「正直、やれる事はもう大体やり終えたっす。一月分の報告を上げて、今月までで契約は終わりって事っすね」


「はぁー、やっぱそうなるよなぁ」


「先輩が老夫婦を騙して契約を続けたいならそうすれば良いっすよ」


「心にグサッと来る様な事を言わないでくれよ」


「先輩の詐欺師っぷりはなかなかっすからね」


 サイコはニヤニヤとこちらを見てくる。


「それに――」


「それに?」


 サイコは何やら焦っているようだ。


「あぁ、アレっすよ。あの、そうだ! 来月からは女の子の正体を突き止めましょう!」


「何だそれ……お前がやりたいだけだろ。お金にならないし」


「良いじゃないっすか。どうせ来月は仕事入ってないんすよね?」


 正直に言えば、今回の仕事で二ヶ月分は時間を確保してあるので、来月以降は少し余裕を持たせた仕事量に調整してある。


「それなりには入ってるぞ」


「その言い方だと、二ヶ月分程度は余裕を持って時間を確保したってとこっすね。あたしの目は誤魔化せないっすよ」


 サイコは得意そうな顔でそう言った。


「くっ……」


 こいつはこういう時だけ無駄に鋭いのだ。


「分かったよ。本当に良いんだな? それならあと十日程度はあるから、依頼主への報告だけはまとめておいて、残りの時間を使おうか」


「さっすが先輩! 十日もあれば楽勝っすよ」


 サイコは輝くような笑顔でそう言った。






「とりあえず、また見失ったみたいだな」


「そっすね。やっぱりちょっと今回は――」


「お前が言い出したんだろ、途中で投げ出すなよ」


「そうっすけど……」


 俺達はまず、女の子を尾行してみることにした。しかし、何故かふとした瞬間に見失ってしまうようだ。


 そんな事を数日続けていた。


「よし、事務所に戻るぞ。少し思いついたことがある」


「ほんとっすか? さすが先輩!」






 事務所に戻った俺は、サイコに確認しながら言った。


「月曜が亀、火曜が馬、水曜が鏡で木曜は猿と牛、金曜が猫で土曜がカチューシャだ。ここまではいいな?」


「もちろんっす。今週で三回目だし間違いはないっす」


 サイコは自信満々でそう言った。


 土曜日の今日もやっぱりカチューシャだったしな、と言いながら俺は続けた。


「それでだ、女の子は必ず同じ方向の電車に乗ろうとしているんだったな。つまり行き先に何かヒントがあるはずだ」


 ふむふむ、と言ってサイコは何か考えている。


「そっちに学校でもあるんすかね」


「まぁその可能性もあるが……」


 俺は言葉を続ける。


「あの電車は俺達の自宅から五つ目の駅が終点だ。そのうち四つは調査で回ったな?」


「そっすね。一番奥でも依頼人の老夫婦が住む四つ目の駅まで。三つ目が田中っていうおばさんの家でしたね」


「そうだ。自宅から二つ目は事務所だし、隣の駅は調査済みだ」


 サイコは続きをせがむような目でこちらを見ている。


「それでだ、五つ目の駅はこの町でもかなりの田舎になるんだが――」


「山くらいしかないっすね」


「そうだな。だが、特産品があるんだ。知っているか?」


 えっと、と言ってサイコは考え始めた。


「あぁ、思い出したっす。確か、すっぽんの養殖が盛んだって聞いた事があるっす」


「その通りだ。つまりだな、実の所あの亀はすっぽんだったのではないか? というのが俺の考えだ」


 あっはっはっは、とサイコは大笑いした。


「せ、せんぱい! いくらなんでも……ヒッ……す、すっぽんを髪につける女の子は――」


 俺は少し顔が熱くなるのを感じたが、気にせず続ける。


「月曜日にすっぽんだ!」


「ヒッヒッ……やめてください、先輩! お腹がよじれて苦しいっす!」


 サイコは、はぁはぁと肩で息をしながら大笑いしている。


「くそっ! 俺は真面目に言ってるんだぞ!」


「だからおかしいんすよ! 本当に限界です。それ以上は――」


 ひーひーと言いながら転がっているサイコを見ながら俺は続ける。


「月にすっぽん、月曜日はおおざっぱな場所を表しているのではないかと俺は考えた」


「じゃ、じゃあ火曜日の馬は何すか?」


 サイコの笑いは少しずつ収まってきたようだ。


「分からん」


「えっ」


「ただ、月曜日が月なら火曜日は火、ならば水曜日は水に関係するんじゃないかと思う」


「確かにそれはありえるっすね」


「木曜日は木だろう? それで猿とくれば――」


「猿も木から落ちる、とかっすか?」


「そういう事だ。全部をしっかり洗いなおして考えてみるんだ」


 ようやく真剣に考え出したサイコを見ながら、俺も目を瞑り良く考えてみることにした。






「あ、先輩、一つ分かったかもしれないっす」


 しばらくしてサイコがそう言ってきた。


「金曜日なんすけど、金ってお金って意味じゃないですか。それで猫なら――」


「猫に小判か」


「どうっすか?」


「十分にありえるな」


 俺もじっくりと考える中でその可能性はあるのではないかと思い当たっていた。


「先輩は何かないんすか?」


「あるにはあるんだが、ちょっとあんまりにも強引かもしれないと思って」


「聞かせてみてくださいよ」


「分かったよ。サイコは武田信玄って知ってるよな?」


「あぁ、戦国武将ですよね。ふうりん……あ!」


「そうだ。風林火山がそうじゃないかと思った。馬は騎馬隊の事だったりするかと」


「ありえますね」


「そうだろ? 月とすっぽんが正しいのなら、五つ目の駅にある山と一文字かぶるしな。それにあの辺りは崖になっていて下は林だ」


 なるほど、と言ってサイコはうなずいた。


「水曜日がなぁ。水と鏡で水鏡じゃそのまま過ぎるよな」


「でもすっぽんの養殖に必要な湖があったりするんじゃないっすか?」


「ふむ……」


「それにほら! 夜の湖に月が反射したりして!」


「おぉ! なんかそれっぽいな!」


「あたしだってちゃんと考えてるんすよー」


 サイコは薄い胸を張りながらそう言った。


「あとは木曜日の牛と、土曜日のカチューシャだが――」


「カチューシャはそのままメイドだったりしないっすかね」


「安直過ぎるが、頭に入れておこう」


 さて、と言って俺は情報をまとめる。


「月曜日がすっぽんの産地で地方を表して、火曜日が風林火山で大雑把な場所を表すとすれば、だ」


「ふむふむ……すれば?」


「水曜日以降で、詳細な場所、時間、人物、理由、その辺りが当てはまるのではないかと思う」


「あぁ、昔先輩が良く言っていた六何の法則ってやつっすか? 5W1Hっていう」


「その通りだ」


「じゃあ水辺に近くて、木が生えてる所っすかね。時間は……」


「牛だからな。丑とも書くだろう、つまり草木も眠る――」


「丑三つ時っすね! それくらいなら分かるっす」


 そういうことだ、と俺はうなずく。


「あとは猫に小判だから、お金にまつわる理由っていうのもあるだろうな」


「あれ、それってなんだか……」


「あぁ、偶然の一致にしてはちょっとな。なんせ行方不明の少女は多額の遺産を抱えたままだ。中学生では到底本当の価値など分からない程の大金だ」


 サイコはちょっと顔色が悪い。


「あたしちょっと……」


「駄目だぞ。一度自分で言い出したんだ、最後までやり切るんだ」


 はい、と小さく返事をするサイコを見て俺は言った。


「じゃあ考えもある程度まとまった所で、現地に行ってみようか」


「えぇ、本当に行くんすか? 今からだと遅くなるっすよ。また今度にしましょうよ」


 駄目だ、と言いながら俺は大切な事を思い出した。


「あぁ、そうだ。山に行くんだからアレが必要だったな。サイコ、いつものアレを用意しておいてくれ」


「え、あの重たい装備持って行くんすか?」


「何があるか分からないからな。俺が持ってやるから心配すんな」


「へいへい、分かったっすよー」


 そうして俺達は現地へと向かった。





 五つ目の駅まで足を伸ばした俺達は、山のふもとまで来ていた。


「ほんとにのどかな所っすね」


「結構俺は好きだけどな、こういう雰囲気」


「あ、それあたしも何となく分かるっす」


「さて、それじゃあこの道を進むぞ」


「えっ? ここから先には何もないって、さっき錆びた看板に書いてあったっすよ」


 湖とか探さなくて良いんすか? とサイコは聞いてくる。


「山を登れば見晴らしが良いだろ? そこから湖が見られる場所が当たりじゃないかと思ってな」


「あーそういう事っすか。でもなかなかしんどそうっすよ、この坂道……」


 目の前にはなかなかの勾配で道が続いている。


「つべこべ言わずにさっさと行くぞ」






 かなりの長時間歩き続けた俺達は、山の頂上付近に立ち入りを禁止している道があるのを発見した。


「だいぶ暗くなったけど、電灯があってよかったっすね」


「こんな所の電灯がなぜ点いているんだろうな」


 まったくの謎である。


「意外とこういう所の電灯は謎に点いたりしますからね」


 この世の七不思議っすよ、とサイコは言った。


 言われてみれば意外と多かったりするかもしれない。


「でもこの先には一体何があったんすかね」


「あぁ、そこの看板を見てみろ。ちょっと錆びているがなんとか読める」


 サイコは言われたとおりに看板へと近づき読んでみる。


「電……波塔?」


「俺もさっき歩いている最中に見つけたんだけどな。どうやら大昔に使われなくなった電波塔があるみたいだ」


「へーこんなものあったんすねー。でも、電波塔にまつわる物なんてなかったっすよね?」


 俺はうなずいて肯定する。


「でも俺は実際にここまで来て確信した事がある」


 そう言って、電波塔へと続く急カーブしている道を指差した。


 そこにはカーブミラーと電灯が一本ずつ立っている。


「あれがどうかしたっすか?」


「あとはこれも見てみろ」


 そう言って地面で掠れている文字をサイコに読ませた。


「んー……止、まれ? あぁ、一時停止のアレっすね」


「そうだ」


「それがどうかしたっすか?」


 俺はすっきりとした気分でサイコに語りかける。


「いいか、水曜日は鏡だったな?」


「そっすね。水鏡っていう事で湖という――」


「いや、鏡はあのカーブミラーだ」


 ふむふむ、とサイコはうなずいている。


「そして止まれに電灯の明かりとくれば、水曜日は明鏡止水ってことだろう」


「おぉ! なるほど。見事にそれっぽい要素が集まっていますね」


「となれば、だ。すっぽんは地域を、風林火山は林が望めて風を感じる山頂付近を、明鏡止水は正にこの場所を、それぞれ示しているという事だろう」


「なんか先輩、名探偵っぽいすね。それじゃあ次は木曜日っすから、丑三つ時に猿が木から落ちるって事っすね」


「そうだと思う」


 そして俺はガードレールの下を見てみた。


 暗闇の奥に木々がうっすら見える。


「えっ、先輩。まさか――」


「ここを下りる」


「いや、さすがにそれはやばいっすよ。もう真っ暗ですよ」


 俺は持ってきた登山用の道具を取り出す。


「なんとなく予想はしていたんだ。だからこれを持って来た」


「はぁ……」


「サイコは俺に抱きついておけ。お互いの腰を縛って、俺がロープで下りるから大丈夫だ」


「はい……えっ?」


 サイコはみるみる顔が赤くなっていく。


「大丈夫だ、そんなに心配するな。それに、俺だって結構辛いんだ」


「そ、そっすよね。先輩も辛いしあたしだって我慢しないとっすよね」


「……あぁ、そうだ」


 俺は吹きすさぶ風を頬で感じながら、下を見下ろしてそう言った。






 カーブミラーの根元にロープをしっかりと固定した俺は、ゆっくりと慎重に崖を下り始めた。


 ヘルメットのライトもしっかりと点けている。


「先輩……もしかして、この下にあの女の子が――」


 耳元でサイコがそう呟いた。


「いるかもしれないな」


「もうそろそろ一時を回りますし……」


「このままのペースなら、丑三つ時には地面に下りられるだろう」


「そうかもしれないですけど……」


「お前が苦手なのは分かっているが、言い出した事は最後までやるんだ」


「分かってるっすよ。この下に小判があるんすかね」


「あるいは猫がいるかもしれないな」


「ふふっそれならちょっとは心が安らぐかもしれません」


「知っているか? 猫っていうのは寝る子供と書いて寝子っていうのが語源とも言われているんだぞ」


「へぇそうなんすね。あたしも寝るの好きなんで猫かもしれないっす」


 サイコは少し元気が出たようだ。






 地面に到着した俺達は、ロープを解くと辺りを見渡した。


「先輩、光がないと何も見えないっす」


「直に目も慣れるさ」


 そう言って少し先を照らすと、何かが転がっている。


「何かあるみたいっすね」


「……あぁ、そうだな」


 恐る恐る近づいてみる。


「せ、先輩。これは……」


 そこには、完全に白骨化した遺体が横たわっていた。


「うっぷ――」


「サイコは無理をするなよ」


「そうするっす」


 俺はそう言いながらそばにあった荷物を確認する。


 制服を着ているようだ。鞄の中には大量の飾り付きのゴム、預金通帳や印鑑、生徒手帳などがあった。


「名前は……安藤美香と書いてあるな」


 草木も眠る丑三つ時だ。


 静けさが支配する林の中で、俺は覚悟を決めて振り返った。






「先輩……今、完全に思い出したっす」


 サイコは呆然としている。


「そうか」


 胸が苦しい。


「そこにいるのは、私なんすね。安藤美香っていうのは――」


 サイコは震える声でそう言った。最後の方は掠れて聞き取れない。


「その通りだ。お前の名前は安藤美香だ。斉藤小春というのはお前の旧姓、そして改名前の名前だ」


 俺ははっきりとそう告げた。


「ううぅっ」


「あの老夫婦がお前を見かねて養子として引き取り、これ以上好奇の目に晒されないよう改名申請までしてくれたんだ」


「でもあたしは……」


「全てに耐え切れなくなって、価値も分からぬお金を持ったまま、冥土の土産にして飛び降りたって所だろうな」


 彼女は沈痛な面持ちで俯いている。


「じゃあ日曜日に姿が見えなかったのは――」


「お前が日曜日に命を落としてしまったからだ。落とした命は拾えないから、髪を結うことが出来なかったんだ」


「そう……そうだったのね。他の曜日のゴムは全てそこにあるのね?」


 俺はうなずいてから真実を告げた。


「お前はずっと自分の幻を見ていたんだ。だから俺には女の子の姿が全く見えなかった。きっとお前は、誰かに自分を見つけて欲しかったんだと思う」


 サイコの顔が一気に歪む。



 ――大丈夫だ、お前は俺が見つけたよ。



 ついには涙を流しながらぐしゃぐしゃな表情になっている。


「本当にありがとう」


 サイコが喉から搾り出す様にそう言い切ると、徐々に存在が薄くなっていった。


「さぁ、もう未練は残っていないはずだ。先にそちらで待っていてくれよ」


「はい。さようなら、先輩」


 あたしは――。


 彼女の口が何かを小さく呟くと、心がトクンと少し跳ねたような気がした。


「あぁ。さようなら、小春」






 ――おやすみ。






ここまで読んで頂けた方、本当に有難う御座います。


少しベタな展開だったかもしれませんが、一生懸命書き上げた作品です。

気に入って下さった方は感想なども頂けると嬉しいです。

宜しくお願いします。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 田中のおばさんに、サイコがさも見えているかのように書いてあったので、違和感に気付きませんでした。うまいです! [一言] こんばんは。 彼女が生きていれば結ばれた未来もあったのかもと思うと、…
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