CP7 黄河の場合
俺の名前は山田尊。今年で42歳のでぇベテラン中年だ。
ああ、異世界転生して、悪役令嬢とつるみてぇ。
自分で言うのもなんだが、かなりのこじらせ具合のいい歳をした中二病だ。
つける薬なぞ、ある訳ない。あったら、とっくにまともな人生を送っているだろう。
ふん、人にはそれぞれ生き方がある。なので、こんな生き方も悪くない俺はそう思っている。
どうして、誠実に生きるのは難しいんだろう。
なーんて、俺は阿保か・・・。
布団に潜り込み、俺は目を閉じる。
明日も変り映えのない平凡な毎日に備えて。
現実の毎日を送るのだ。
「たけっち・・・、おはよう」
俺は眠い身体を起こし、声のする方を見る。
いつもと同じで、ちょっとだけ世界が変わったように感じた。
俺の新しいはじまりがはじまる。
「たけっち先生、おはよう」
「・・・ああ、黄河か」
「どうした、しけた面して」
「いや、ぼーっとしていた」
「ははは、先生らしいや」
「どういう意味だよ」
「別に、先に行くよ」
黄河はくすくすと笑い、身をひるがえす。
紺のブレザー制服に赤いネクタイ、赤と黒のタータンチェックのスカートを着た少女は、長い髪をなびかせ走っていく。
知念黄河。18歳。かつて、愛用する武具方天画戟をひっさげ、森羅王朝の最後を見届け、栄国でも大将軍となり、別世界を救った少女。現在は沖南高校に通う三年生。尊の実家の隣に住み、昔からお互いを知っている。なぜか、運動部ではなく、尊が顧問をつとめる発掘調査隊(部。周りから馬鹿にされ隊とあだ名されている)に入部している。転生前の記憶はなかったが、最近思い出しつつある。
活発そうな日焼けした小麦色の肌に大きな瞳、ちょっぴり赤みがかった長い髪がトレードマークで、アタイが口癖の少女。
「・・・そうきたか」
尊は苦笑いして呟いた。
四限目の歴史の授業。
尊は教壇に立っていた。
彼は喋りながら黒板にチョークで文字を書く。
「西暦239年、卑弥呼は魏から親魏倭王の金印を送られる」
「なー、せんせー」
黄河が手をあげる。
「はい、知念」
尊は指さす。
「ひめっちは、どうなったんだ?」
「ひめっちって?」
「だから、ひめっち、ひめっちだよ」
「・・・お前・・・」
教室が黄河の質問に生徒たちがざわつきだしている。
尊は何食わぬ顔でさらりと授業を続けながら、
「ひめっちというのは、卑弥呼の後を継いだ壱与のことだな。彼女は女王の後を受け継ぎ、邪馬台国をおさめるんだ」
その場をかわした。
「そうか、良かった」
「知念の成績も良くなればいいけどな」
「余計なお世話だ」
教室から生徒の笑いがおこる。
放課後、発掘調査部部室にて。
幽霊部員三名+黄河。
実質開店休部状態の部室に尊と黄河はいた。
「いつからだ」
「何が」
「・・・記憶だよ」
「この前・・・突然」
「そうか」
「戻りたいか」
黄河は尊の質問に首を傾げる。
「いや、ぜんぜん」
「そうか」
「・・・それより」
「?」
「この気持ち、どうしてくれる」
黄河はじっと尊を見つめる。
その訴えかけるような真剣な瞳に思わず後ずさる尊。
「へっ、しゃあねぇな」
黄河はテーブルに置いた鞄を片手で肩に担ぐと、教室を飛び出した。
「・・・・・・」
尊は一人その場に佇む。
そして、学校は夏休みを迎えた。
尊は悶々と考え続けた。
沖縄の夏は暑い、ひたすら暑い。
扇風機では駄目だ!尊は壊れたクーラの部屋をあきらめ、図書館に行こうと外へ出た。
玄関先でバッタリ黄河と会う。
「よう」
尊は片手をあげる。
白いワンピースに麦わら帽の黄河は、ぎこちなく言う。
「どこ行くんだよ」
「どこって・・・うち、俺の部屋クーラ壊れて地獄だから、図書館で涼もうと思ってな」
「へー、奇遇だな、アタイも受験勉強しようと思って、図書館に行こうと思っていたんだ」
「ふーん」
「なんだよ」
「それにしちゃ、お前、手ぶらじゃないか」
「!・・・手ぶらでも、勉強は出来るだろうが」
「ま、それはそうだが」
そんな不毛な会話をしている内に、てぃだ(太陽)がかんかんに照りつける。
汗だくの二人。
「・・・じゃ、行くか」
「ああ」
図書館で尊は読みかけのラノベのページを開く。
「なんだよ。ラノベかよ」
「なんだよとはなんだ。おじさんが、ラノベを読んで悪いのか」
「いや、別に。で、何、読んでいるの・・・なになに『異世界召喚されたら、そこは悪役令嬢のハレムだった。~勇者俺様!皆の者、ひざまづけチートな俺のハッピーライフ♡』って、タイトル長っ!」
「しーっ、恥ずかしいじゃないか」
尊は周りを気にし、人差し指をたて黄河に言う。
「だったら、読むな、持ってくるな」
黄河は声をひそませて言う。
「・・・おっしゃるとおり」
「だろ」
「・・・って、俺のことよりも、お前、勉強は」
「ま、いいじゃん」
「よくないだろ・・・黄河お前、一応、進学希望だろ」
「一応ってなんだよ」
「ただでさえ、今のままじゃいけないんだぞ。ちゃんと頑張んなきゃ」
「もういいよ。そうだ、アタイたけっちに永久就職しようかなぁ」
「・・・・・・」
尊は無言で黄河の目をじっと見て、ラノベを閉じると、椅子から立ち上がった。
「・・・たけっち・・・ちょ」
尊は黄河の手首を掴むと図書館を後にする。
二人は海岸沿いの大きな木陰の下にいる。
夕刻時、少し涼しくなったものの、さっき買ったブルーシールのアイスは溶けだしていた。
尊は胡坐をかいて座り、クッキーサンド味のアイスを食べる。
黄河は気まずそうに、隣にちょこんと座り、ストロベリー味を食べ始めた。
「・・・ごめん」
黄河が謝る。
「いや、いい」
尊は集中してアイスを食べている。
「アタイ・・・不安なんだ」
「だろうな」
「だから、たけっちが・・・」
「黄河は、この世界で何がしたい」
「それは、たけっちと」
「うーん」
尊は唸った。
「俺はこの前までぐうたら中年だった。でも、黄河達と旅をしていろんな世界を見た。そして、分かった。この世界は素晴らしいって」
「たけっち」
「お前は、まだ若い。いろんな可能性を秘めている」
「・・・・・・」
「黄河が俺を好きでいてくれるのは、嬉しい。俺も黄河が好きだよ」
突然の告白に、黄河の耳が熱くなる。
「だったら・・・!」
「黄河、せっかくこの世界に来たんだ。その意味があるはずだ。もっと、世界をみて見ろ」
「・・・・・・」
「しっかり、頑張って納得して、この世界を生きてみて、それでも俺が好きなら俺の所へ来い・・・もう、その頃はじいさんかも知れないけど、待っててやるよ」
尊は笑った。
黄河の両目からは涙が溢れる。
「でも・・・アタイ、アタイはきっとずっとたけっちが好きだよ」
「わかっている、わかってるよ」
真っ赤な夕日沈む中、尊は黄河のおでこに優しいキスをした。
五年後、母校の教壇に立つ黄河。
誇らしげに胸をはる。
深く息を吸い込み、生徒に向かって挨拶する。
「みなさんの歴史を担当する山田黄河です。よろしくお願いします」
意外と長く書いてしまった。
はい、今回は7番手黄河さんです。後宮編からずっと彼女のキャラに助けられました、非常に描きやすかったです。ありがとう(笑)
教師と生徒、禁断の恋なのですが、甘酸っぱい仕様にしております(正直な所は書いている内にそうなりました)。若いときは様々な可能性があります、そういうところもね、おじさんとしては書きたかった(偶然です)・・・。なんちって。
残り、三回で完結させようと思います。いつまでもダラダラ書いていても、未練がましく作品も喜んでくれないでしょうから。
では、引き続き、よろしくお願いします。