カルテNO3 本編005 恋人(中編)
今日は帆稀と二人で、ゴールデンウィークの予定を立てた。
「ねぇねぇ、どこに行こうか? 帆稀は、どこに行きたい?」
「俺が決めていいんだったら、10万渡してくれたら決めてくる。若菜には当日まで、どこ行くかは内緒。どうだ?」
「えっ? 10万円。そんなにお金かけなくても楽しめる旅行が良いんじゃない?」
「じゃあ……5万。ふたりでゆっくり旅行しよう」
初めての2人だけの旅行だからケチケチしたいわけじゃないけど、そんなにお金をかけて贅沢をしたいわけでもない。2人で居られたらそれだけでいいのに、帆稀は違うのかなぁ。
帆稀は5万を受けとると、ひとり外へと飛び出した。
◇◆◇◆◇
旅行当日を迎えた朝のこと。
「帆稀。そろそろ支度しないと、今日だよ? 旅行」
「あぁ、わかってるって。うるせーな」
駅で待ち合わせとかしてみたかったんだけど帆稀は、めんどくさいからお前ん家に泊まるわ。と突然旅行前に泊まりに来ていた。
なかなか起きてくれない。
「ねぇ、帆稀ってば! 本当にもう起きないと……」
「うるせーっていってんだろ! 旅行は無しだ!」
「えっ! だってホテルとか予約してあるんでしょ! 行かなきゃ、せっかく2人の旅行なんだもん。遅れてでもいいから行こうよ」
「予約な。5万もらった金、全部ギャンブルに使ったわ。倍にして豪華にしてやろうと思ったんだけどな。あと少しだったんだよ」
「帆稀……。旅行なんてはじめから行く気なかったの?」
「俺は豪華にしてやりたかっただけだ。お前のことを考えてな」
そう言われても素直に聞き入れることはできなかった。
これが初めてのことではかい。
出会って少ししてから帆稀の態度が変わってきたのは感じていた。
食事に行けば財布を忘れたから、後から返すから一度払っておいてと言うが返ってこない。
買い物に行っても同じこと。
カゴに自分の必要なものを入れると、何処かに行って会計が終わると戻ってくる。
そして荷物が多くなると、歩くの面倒だからタクシーに乗りたがる。代金を払わず荷物も持たず一人さっさと降りていく。
さらに先日は、月末だし定時で帰ることが出来なかったので、帆稀にSNSでメッセージを入れておいた。
“今日中に終わらせないといけない仕事があって定時に帰れない。ごめんね”
既読になりすぐに返信があった。
“ふざけるなよ”
だったこれだけ。でも仕事をしないと生活だってできない。
“早く終わらせるからごめんね。今日だけ残業させてね”
既読にはならなかったが、休憩時間が終わるからロッカーに私物を片付けて職場に戻った。
定時より2時間遅くなってしまった。でも私だけではなく、みんなが残業していた。
家路に急ぐ。
「ただいま」
部屋に入ると、冷蔵庫に入っていたありとあらゆるものが食べ散らかされていた。
「ごめんね、今からご飯作るね」
そう声をかけてまず散らかっているゴミなどを片付けはじめた。
「おい、てめー、今から飯作るって言ったよな。そんなもん後でやれや!」
そう言われ殴られた。
運悪く壁に激突する勢い。
身体に痛みが走る。動けずにいたら帆稀は私の鞄から財布を取り出し、お金を抜き取り部屋を出ていった。
理由は全部──
“お前のためを思ってのこと──”
こんなことが積み重なっての今日に至っていた。
すると、帆稀も反省をしているのか、こんなことを言ってきた。
「なぁ、若菜。お前、実家から車借りて来い。それでどこか行こう。悪かったな」
「わかった」
一言だけ呟いた。
◇◆◇◆◇
翌日、若菜は実家から車を借りてきた。
「どこに行きたい? お前が行きたいところに連れていってやるよ」
「帆稀が行きたいところで良いよ」
帆稀の機嫌をとる事に疲れ、好きなようにさせるのが一番楽な事に気付いたから、あえて自分の意思は伝えなかった。
「俺、行きたいところがあったんだよ」
エンジンを掛けて、帆稀は私の知らない道を走り出した。
「帆稀? ここどこ? どこに行くの? こんな山道、大丈夫?」
「なんだよ! 信用してねーのかよ。そんなこという前にガソリンくらい満タンにしてこいよ! そろそろ着くから、降りる用意しとけ」
と、その時──
狭い道にハンドルをきり損なったふたりの乗った車が、崖を転がるように落ちていった──




