カルテNO3 本編005 恋人(前編)
目の前を歩く男性が、ポケットからハンカチを落とした。
「あの、こちら落とされましたよ」
(ふん。引っかかってきたぞ!)
男は愛想のいい笑顔で、振り向きながら謝意を述べた。
「すみません。ありがとうございます」
「いいえ。それでは」
軽く会釈して、離れていく女性の姿を目で追う男。
「偶然を装って、またあとで会おうか……カモさん」
いつも一人でランチしているのを知っていた。あの女の同僚が話しているのを偶然に聞いてしまったのだ。
“若菜って、会社と家の往復だよね。誘っても付き合い悪いし。溜め込んでるんじゃない?”
“それとも浪費家?”
“ないない。若菜だよ。絶対通帳見てニヤニヤしてるよ”
そんな会話を偶然耳にした。
今日の為に、南沢若菜についての下調べをしてきた男、風間帆稀は、お金目当てに女性に近づく最低な男だった。
「このあと行くのは、いつものカフェだろ? 先回りして待っててやるからな」
風間は裏道を通り、若菜より先に店へと入ることに成功した。
「ほら、来やがった。注文をして本を取り出して読むんだろ?」
いつも通りだろうと様子をみる。
「どのタイミングで見つけてやろうか。落とし物作戦はもう使っちゃったしな」
と、その時──
「すみません! 申し訳ございません!」
店員が持っていた水を、謝って若菜の近くの席に座る客にこぼしてしまったのだ。
若菜はバッグからハンカチを取り出すと立ち上がったので……。
「ここだ!」
風間も立ち上がり、ハンカチを持って駆け寄った。
「大丈夫ですか? 良かったらこれ使ってください」
そう言ってハンカチを差し出す。
若菜は風間に気付いたようで……。
「あの、先程はどうも」
「あぁ、あの時の! ありがとうございました」
(ふん、向こうから声をかけてきたな。ラッキー。射止めに行きますか)
「もしよろしかったら、お昼をご馳走させて下さい。こうして再会出来たのも何かの縁ですし。是非」
クズ男風間帆稀と、南沢若菜は、こうして出会ったのだった──