カルテNO1 本編009 自殺(後編)
看護師さん達が私の身体から、点滴を抜いたり生命維持装置のパットを剥がしたりしている。
「私……死んだんだ。やっと楽になれた」
生きている間に実感することが無かった“充実感”は、同時に虚しさを連れて、私の心へやってきた。
(何があったの? どんなに辛くても死んだらもったいないじゃない)
そう私に声をかけてきた看護師。
衛藤千代と書かれた名札を付けている。
私は衛藤看護師に、事の顛末を話すことにした。
「私、何をやってもうまくいかなくて。出来たと思っても、何かしら怒られて……一生懸命働いても報われないままなら、いっそ死んだら楽になれるんじゃないかと思ったんです」
誰にも相談出来ず、独り思い悩んでいたことを、私は溢した。
(何も仕事はそれひとつしかない訳ではないでしょう? 命を絶つ位なら、辞めることだって出来たのではないかしら?)
「……死んでも、怒られるのね」
そう思ったら涙が溢れて止まらなかった。
「生きていても死んでも怒られ、居場所なんて何処にもないんだ。もう良いや。死ねたんだから」
そう思い諦めた私がいた。
(あなたさえいれば、そこがあなたの居場所。もしその居場所がないと言うのなら、それは……あなたがあなた自身の存在を、否定しているのと同じではないかしら)
「いじめられて邪魔者扱いされてる場所が私の居場所? そんなのが続くなら要らないわよ!! どんなに惨めで悔しかったか、あなたにはわからないからそんなことが言えるのよ!!」
(“あなたさえいれば”と、私は言ったはずよ。あなたは選ぶことが出来た。そして、選んだのでしょ?)
「だから死を選んだのよ! 看護師のくせに私に説教なんてしないでよ! 看護師って白衣の天使だと思ってたのに……」
最後の最後で白衣の悪魔に出会った私は。
「もういいや、心穏やかになりたい」
そう思い、怒鳴るのをやめた。
「看護師であることで、綺麗事しか言えないというのなら、私は喜んでこの肩書きを捨ててあげる! そしたらあなたと、真正面から向き合えるんでしょう!」
「何が言いたいの? もう放っておいてよ!」
(放っておいたら、あなたはこの先どうするつもりなのよ! あなたはもう、死ねないのっ! あなたの命はたった1つだけ! いい? 私とあなたとで、決定的に違うことも1つだけあるの! それは、あなたにはまだ……続きがあるということ)
「続き? なに? 死んだ人に何があるっていうのよ? 適当なこと言わないで!!」
(いいわ。じゃあ見せてあげる)
看護師に扉の前に連れてこられた。そして、看護師が扉に手をかけた。
開いた扉の向こう側は、光など一縷もない闇の世界。蠢く何かの気配はするものの、それが何かは見ることが出来なかった。
(さぁ、あなたの番よ! 選びなさい! この先に堕ちるか、生まれ変わりの道へと進むか!)
「生まれ変わりの道? 人生をやり直すってこと?」
(あなたが2度と、命を絶とうと思わなくていい人生をね)
「できるものならそうしたい。でも自信がない」
(同じになるのか、ならないかは貴女次第じゃないかしら?)
私は少し考えてから、こう答えた──
「同じ過ちは繰り返したくない。こうして私に対して真剣にアドバイスをしてくれた人なんかいなかった。だから……頑張ってみる!」
空から光が差し込んできて、私を包み込んだ。
私は、新たな決意を持って、迷わず光の導きに従い真っ直ぐ前だけを見て歩みを進めた。