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深愛 ~看護師千代の物語~【完結編】  作者: 菜須よつ葉:監修 ひな月雨音
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後任看護師(後編)

 霊安室の中には、私と幽霊の二人。


 幽霊を“ひとり”とカウントしていいものかは謎だが、今はそんなこと、どうでもよかった。



「……ここで何をしてるんですか?」


(迷える魂を正しい道に導いているのよ)


「今引き抜いた光はなんです?」


(この世に未練の残る魂よ)


「霊が霊を……成仏させているというの?」


(約束したのよ。大切な人と……)


「大切な人? どんな方なんですか」



 興味が湧いてこの看護師さんのことをもっと知りたいと思うようになった。



(霊の話に耳を傾けるなんて、ろくなことにならないわよ?)


「霊のあなたに聞いているんじゃないわ。先輩看護師のあなたと楽しく話がしたいだけです。いけませんか?」



 お節介な後輩が来たと思いつつ、千代看護師はその口を開いた。



(あなた今の生活に満足している?)



 千代からの突然の質問に、千歳は一瞬考え込んだ。



「何です? 急に」


(大切なことよ。さぁ答えてみて)


「そうですね。まぁそれなりに、幸せだと思います」


(生活に刺激が欲しくて、こんなことに首を突っ込んでるの?)


「なっ! それと私が幸せとは関係ないでしょ! だいたい何であなたが、こんなことしなきゃいけないのよ! あなたこそ成仏したらいいのよ!」


(あなたは、何しにここへ来たの? ただの興味本位からでしょ? 自分の職場へ戻りなさい)



 千代に言われて、何も言い返せない千歳。



「地縛霊……なんですよね?」


(あなた看護師をしていて、そんなことでしか物事を見られないの? もっと本質を見極めなさい)



 千代は久しぶりに熱くなっていた。



「この世にいてはならない存在のあなたに、説教される覚えはありません」



 千歳も引かず、バチバチとした空気がこの場を支配する。



(あなた真木千歳さんっていうのね。看護師になって何年?)



 千代が折れて千歳に歩み寄った。



「5年目になりますけど」


(真木さん。あなた永井圭一郎という患者さんの担当看護師ではなかった?)


「えっ? あっ、はい。永井先生のことですか?」


(やっぱり)


「どうして、永井先生を知ってるんですか?」


(私が新人看護師の時に色々良くしてくださったのよ)



 懐かしそうに話す千代。


 千歳の視線は、千代の名札に移り……。



「衛藤千代さん。永井先生が生前、想いを寄せていた人と同じ名前……」


(ふふっ、そうね。懐かしいわ。看護師になり必死だった私に優しくフォローしてくれてたわね永井先生)



 千代看護師は、ポツポツと話しはじめた。



「でも数年前に亡くなられて……あっ! てことは、永井先生もここに?」


(ええ。お見送りしたわ。優しい言葉をくださったの。それだけで心が騒ついたけど、ここを離れるわけにいかなくて。でも先生はわかってくださったわ)



 あの時のことを思い出し、心に愛しさがこみ上げてきた。



「あなたは……衛藤先輩は、今でも永井先生のことが好きですか?」


(そうね。生涯私の心には永井先生しかいない。愛しているのも愛してほしい人も永井先生だけよ)


「……私なら、役に立てます」



 強い眼差しを千代看護師に向けて話す千歳。


 霊が視える千歳は、いざというときのために、霊を払う術を身に付けていた。



「私が千代先輩の代わりに、ここで迷える魂を正しい道に導いていきます。千代先輩は永井先生の元で幸せになってください」



 霊安室の冷たい床に手をつくと、千歳は持っていたお守り用のお塩を盛り、フッと息を吹き掛けた。


 すると──



(これは……地縛から解放しようとしているの?)


「きっと、あちらで永井先生待っていらっしゃいますよ。もう幸せになっても良いんですよ。ここのことなら安心してください。私が責任をもって皆さんを光の道へと導きますから」



 千歳は扉の前に立ち、ゆっくりと押し開けた──



「さあ、永井先生が待っていらっしゃいますよ。ここのことは心配しないで永井先生と幸せになってください。千代先輩、長い間お疲れ様でした」



 扉の向こう側。その光の中から、逆光のシルエットがひとつ。



「千代。待っていたよ」



 その姿と声とで愛しい人だと理解する。涙があふれて止まらない。



(圭一郎さん。私……ごめんなさい。待たせてしまって)


「待ってる間、千代のことを考えていたら、あっという間に時間が過ぎたよ。もう、千代をはなさないからな」


(…………はい)



 涙で声が詰まり、うまく話せない千代の頭を、優しく撫でる圭一郎。


 これから今までの分を埋めるかのように寄り添い、愛し合うふたりに幸あれ。と霊安室から見守っていた千歳。



(ありがとう。千歳ちゃん。私、圭一郎さんと幸せになるからね)



 千代と圭一郎は揃って、千歳へと頭を下げると、見つめ合いながら光の道を歩んでいった──



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