後任看護師(前編)
看護師として働き初めて数年がたったある日──
「……まただ」
私は人には視えないモノが視えてしまう体質で、小さい頃から苦労していた。
“病院なんて絶対視えるとこじゃん──“
友達にはそんな風に言われたが、どうしてもなりたかった職業だったので、それを言い訳に諦めることはしなかった。
「あの人、また霊安室の方に消えていったなぁ。何かあるのかな……」
ここで働くようになってから一度も、霊安室に入ったことは無いが、ご遺体が運ばれるタイミングで、必ず視える霊がいた。
「それにしても、あの白衣……大分昔のデザインのように見えたけど。いったいいつからいるのかしら」
「あっ、いたいた。もう探したわよ! そろそろ点滴交換の時間だから、準備しといて……って、また何かいたの?」
「でも、悪い感じはしなかったので、大丈夫だと思います」
「そう。視えるっていうのも大変ね」
先輩は私のこうした力を知っても、気味悪がらず同じように接してくれる数少ない味方だ。
「ほら行くわよ。そういえば霊安室に昔から出る幽霊の話があったような……」
「先輩! その話聞かせてください!」
「その前に点滴交換よ!」
「はいっ! 先輩早く! 急いでください!」
「誰が言ってんのよ。全く」
◇◆◇◆◇
先輩と二人、休憩をもらってカフェラテを飲みながら、私はさっきの話の続きを切り出した──
「それで霊安室に出る幽霊って……」
「しぃぃ! 声が大きいわよ。変な噂が立たないように、これはここで働いている人の中でも知らない者が多い話なの」
「すみませんでした」
カップに顔を近づけ、冷ますような仕草と共に、周囲の様子を窺う先輩。
「これは私も先輩から聞いた話なんだけど、霊安室にご遺体が安置されると、どこからともなく老婆の霊が現れて、ご遺体から光を奪うと、またどこかへ姿を消すのだそうよ」
「私が視たのはきっと、その人ですね」
「じゃあ、霊安室の話は事実なのね。正直ちょっと疑ってたわ」
「ご遺体から光を……いったい何をしてるんでしょうね?」
「さっぱりだわ。まぁ深く関わらないことね」
「明日夜勤だったなぁ……」
「あんた私の話聞いてた?」
その時、パタパタとナースシューズで走る音が近づいて来る──
「いたいた。千歳先輩。退院される担当患者さんのご家族がご挨拶したいといらっしゃってます」
「もうそんな時間かぁ。ありがとう。先輩、私明日確認してみます。じゃあ!」
「じゃあじゃないわよ。何かあったらどうするの? ちょっと! 千歳!」
先輩の声は、私の好奇心の壁を越えることは無かった。
◇◆◇◆◇
そして、翌日──
私はこの地に縛られた霊の、覚悟と切ない想いを知ることになる──