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深愛 ~看護師千代の物語~【完結編】  作者: 菜須よつ葉:監修 ひな月雨音
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カルテNO5 本編010 老人(前編)

 病院の中庭で色付く楓の葉を眺めながら、とこに伏した山田徳次郎は、亡き妻のことを思い出していた──



◇◆◇◆◇



 結婚が決まったと言われ相手も知らずに当日を迎えた。初めて会った珠代は、可愛らしく恥ずかしそうに俯いていて、なかなか俺と目を合わせてくれなかった。思い出すと自然に頬が緩む。



「珠代さん。あの……き、綺麗です。とっても」



 ますます俯いてしまった珠代。



「はじめまして。徳次郎さん」



 小さな小さな声が聞こえた。


 間がもたなかったのか、珠代は続けて口を開く。



「今日は天気がいいですね。楓の赤が陽に映えます」


「素敵な言い回しをされるんですね」



 ほのぼのとしてあたたかいものに心が包まれた。


 一吹きの風のいたずらか、珠代の頭にひとひら楓の葉を乗せた。


 そんな事を思い浮かべていた時だった──



◇◆◇◆◇



「山田さん、何か良いことあったんですか?」



 担当してくれてる看護師の声が聞こえた。



「そうそう、山田さん。見てくださいよ。昨日ウチの子供の誕生日だったんです」



 すると、看護師は白衣のポケットに入れていた写真をおもむろに取り出した──



「可愛い盛りじゃなぁ」


「ありがとうございます。まだ指で3歳の3がうまく出来ないところを撮ってやりましたよ」


「昔は今みたいに病院で産むなんてことが当たり前じゃなかった時代だったな」



 看護師の話を聞きながら、自分が親になった日のことを思い出していた──



◇◆◇◆◇



 朝から家の中がザワザワとして落ち着かない。



「そんなとこに突っ立ってないでお産婆さんに来てもらって!」



 俺はお袋に言われるがまま、坂の下の助産所まで走った。


 あまり運動が得意ではなかったが、おそらくこの時ばかりは、人生で一番速く走ったに違いない。


 お産婆さんの住むお宅の扉を叩き、出てくるのを待つ。



「はーい」



 中から声が聞こえた。



「珠代に陣痛きました。お願いします。診てやってください」



 マイペースに歩くお産婆さんの少し先を、何度も振り返りながら、急ぐよう煽る俺。



「急いでください! 産まれちゃいますよ!」


「産むのはあんたじゃなく、珠ちゃんじゃろう。赤子はそんなすぐには産まれはせんよ」



 産婆さんの言葉もスーッと通り過ぎていく。とにかく痛がる珠代の事が心配で仕方がなかった。


 家まではあと少しのところで、お産婆さんをおんぶすると、そのまま家の中へと駆け込んだ。



「珠代! 連れてきたぞ! もう安心だ! って、あれ? 珠代? 痛がってない。なんで?」



 呟く俺に、お産婆さんの声が背中から聞こえる。



「陣痛の間隔じゃ! 降ろしてくれんと診察できん!」



 お産婆さんを降ろすと……。



「男は部屋から出て行きんさい」



 そう言われて、渋々部屋を出る。


 何も出来ない俺は、隣の部屋をパタパタと歩き回り、時折聞こえる珠代の痛がる声に、拳を握ることしか出来ずにいた。



「あぁ。無力であることを、今だけは男であることを恨むぞ」



 やがて陣痛の感覚が短くなり、その時がやってきた──



「オギャー、オギャー」



 天を衝くような赤子の声に、自然と涙が込み上げてきた。



「は、入ってもよろしいですか」


「そこで待っていなさい」



 部屋の中からお袋の声がする。


 廊下をウロウロすることしかできないでいる。


 ふと赤子の声がきこえなったので……。



「どうした! 泣き声がしなくなったぞ! 何かあったのか!」



 お袋が部屋から出てきた。



「うるさいわね。もっとドシンと構えていられないの?」


「そんなことより、赤ん坊の鳴き声が聞こえなくなったぞ」


「珠代の乳を吸わせてるんだ。もう少し待ってなさい」


「母さん」


「なぁに?」


「性別は、どっちなの?」


「おめでとう。男の子よ」


「息子かぁ……そうか。息子かぁ」


「やだねぇ。父親になった男が泣くなんて。どっちが子供か分からないよ」



 こうして山田家に、跡継ぎが誕生した──


 懐かしく思い出し頬が緩むのを感じた。



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