カルテNO4 本編004 突然死(後編)
「ここって……霊安室だよな」
寝たきりの早瀬は、自分の死を受け入れられずにいた。
「なんで? 俺ここにいるの?」
記憶を思い返そうとするものの、倒れてからのそれは、全くよみがえることはなかった。
「あなた、検査入院を勧められていたのにどうしてそれを無視していたの?」
「えっ? どうやってここに入ってきた! あんた何だ!」
「私はここ、霊安室専属の看護師よ」
「霊安室……やっぱりここ、霊安室なんだな。じゃあ俺は……」
「そう。亡くなったのよ」
「そんな……で、でも今あんたと話してる! あんたここの看護師なんだろ? 死んでたら会話なんて出来ないじゃないか!」
「あなたが正しい道に進めるように、私がいるのよ」
「正しい道……」
千代看護師をじっと見つめる早瀬は、その姿が透けていることに気がついた。
「……あんたも……死んでるのか?」
「夜勤の帰り道でね、車にはねられたの」
「じゃあ、あんたはどうして進まない? その正しい道とやらに」
「私がここに残らなきゃ、誰があなたみたいな人達のお世話をするの? 正しい道に進めなくてこの世を彷徨い続けることになるのよ」
使命感から言葉に熱が帯びる千代看護師。
「あんたのようにか?」
「私は彷徨っているんじゃないわよ。ここを任されたのよ。専属の看護師としてね。だから私の居場所はこの霊安室。でもあなたは、数時間でここを出なくちゃいけない。正しい道に進めたなら来世が期待できる。しかし、正しい道に進めなかったらあなたはずっと永遠に彷徨い続ける。迷っている時間はないわよ」
来世という言葉に、ようやく実感したのか、早瀬は覚悟を決めたようだ。
「……わかった。ここのことは忘れない。ここにあんたがいたことも、俺達のような者の為に、ここで正しい道に導いてくれたことも……俺は忘れないからな」
「ありがとう。あなたが会社でやり残したことは、同僚達が必ず形にしてくれる。あなたが行ってきたことに間違いは無い。来世に向かって新たな扉を開きなさい。あなた自身の手で」
目を閉じ、千代看護師の言葉を胸に刻むと、優しく輝く光の道が早瀬の頭上から伸びてきた。
「私は間違っていなかった。あなたと出会えて、そう思えたわ。ありがとう」
早瀬の新たな旅立ちを見届けた千代看護師は、足取り軽く霊安室を後にした。