番外編 4 魔女の生活
それから、彼女は毎日何を楽しんでいるのか私に話して聞かせてくれた。
朝露競争以外にも、小鳥の巣立ちの日を当てる競争。
綺麗な宝石を見つける競争。
甘い木苺をつむ、天気を当てる、流れ星をたくさん数える……
そんな日常の中から、楽しい事を見つけだし精霊と楽しんでいるという。
王子として生まれた時から、決められた世界で、時に分刻みのスケジュールをこなして生きて来た私には、彼女はまぶしい。
小さなものから、楽しみを見つけだし全身で楽しんでいる。
現に、花から朝露を口にする彼女はとても楽しそうで、美しかった。彼女と共にいれたら、私も彼女の様に生きられる様な気にさせてくれる。
彼女の話を聞いているだけで楽しい気持ちになる。
ベティーは話続ける。くるくると表情を変え、どんな事が楽しいのか私に一生懸命説明してくれる。可愛いらしい。
そして不意に私に言う。
「チャーリーって王子様みたいね!」
そう言われて、初めてベティーが私を王子と認識していない事に気づいた。街では髪の色も変えていたが、今日は森で何があるか分からないため、魔法による変装はしていなかったのだ。
金の髪で気づいているものだとばかり思っていた。
彼女は私が王子だと知ればどう思うのだろう。
「私はこの国の王子だからね」
気持ちとは裏腹に言葉は、するりと出る。
「そうなの! やっぱり王子様なの?
すご~い! 王子様って本当にチャーリーみたいなのね!
ん? チャーリーみたいな人が王子様なのね……?
……?? とにかく!チャーリーは王子様みたいって事よ!
あっ! 王子様だから、みたいじゃないのよね。
やだ。私ってば……もう!」
「クックッ……ベティーが私を褒めてくれている事は分かったよ。ありがとう。
王子様みたいだと言われたのは、初めてだよ」
彼女は私が王子と分かっても、何も変わらない。媚びを売る訳でもなく、変に畏怖するでもなく最初にチャーリーとして出会ったままだ。
魔女は私達と同じ感覚で生きて居ないからなのか、それとも彼女が特別なのか……。
それでも、私個人を一人の人間としか認識せずに、普通に接してくれる彼女に心惹かれる。
ひとしきり笑うと、彼女は拗ねた様に文句を口にしてきたが、可愛らしいだけだった。
「もう! 笑わないで!
でも、なんで王子様がこんな所に来たの?」
「ああ…本当は、この国の結界を調節出来る様にしたくてね。
そのために、新しい魔方陣を組んだものを森の数ヶ所に設置したかったんだ」
「そうなの。森の中は精霊が迷路を作ってるのよ。
だから、変なところに出たり迷子になって出られなかったりするの」
「それで、消えたと言われるのか」
「あ! 消えるのは別よ!
それは『呪い』ね」
「呪い?」
「そう。母の叔母さんは有名な『呪いの魔女』なの。
彼女がこの森に住んでいるから、この森に悪意を持って入る者に呪いをかけてるみたい。
私は会った事ないから、わからないけど……私を含めると今は五人の魔女がいるらしいわ」
「精霊は関係ないのか……」
「うーん。何処かに飛ばされちゃうのは、精霊かもね」
「なるほど……
ありがとう。森の仕組みが少し分かって助かったよ」
お礼を伝えると嬉しそうに笑い返してくれる。彼女は純粋だ。まるで子供の様な反応をする。
「うふふ。その魔方陣を置くの手伝うわ。楽しそうだし。
チャーリーだけだと、迷子になっちゃうわ。私が森の中を案内してあげる」
「いいのかい?」
「ええ。もちろんよ!
そのかわりに、私を一度街に案内してくれる?
何か美味しい物を、ごちそうしてちょうだい」
「そんな事でいいのか?とても助かるよ」
「それで、何処に置きたいの?」
「ああ……そうか。困ったな。
友達が森の入り口で泥まみれになってるんだ。彼らに地図を渡したままだ」
「あら、大変。お友達がきっと、あなたの事を心配してるわね。
じゃあ、今日は帰ってあげて、また明日にしましょう」
ベティーは周りの精霊に話かけ始める。姿が見える様にして貰えたが、声は聞こえないのかと……少し残念に思う。
「チャーリーを連れて来てくれたの、誰?
――ふふふ。そうね。ありがとう。
――うん。そう。お友達のところに連れていってあげて。」
「じゃあ、チャーリーはお友達のところに戻る?」
「ああ。お願いしてもいいかい?
……そして、明日はどうしたらベティーに会える?」
「んー?森に入って呼んでくれたら、この子が連れて来てくれるから大丈夫よ」
「そうか。
……ベティー今日はありがとう。君と話せてとても楽しかったよ。精霊達も彼女に会わせてくれてありがとう。
また明日ね。」
そう言って、ベティーの手にキスを落とす。
それだけで赤くなる彼女が可愛らしい。
そんな彼女を見つめていたかったが……あっという間に世界は真っ白になり、気づくとハロルドとカインの蒼白な顔の前に……落とされた。
そこから、ハロルドは半泣きで私が戻った事を喜び抱きついてきた。子供の頃から泣き虫なのは変わらないんだな、と思うのと同時に二人に心配をかけ、申し訳なく思った。
精霊に運ばれた事。
魔女に会った事。
魔女が魔方陣の設置を手伝ってくれる事。
森の精霊の事。
呪いの魔女の事など二人に説明し、気づいた時には日も暮れていたので、宿に帰る事にした。
泥まみれの二人と、とりあえず風呂に向かう。
私は汚れていないが、二人は可哀想な程に泥まみれだ。王宮で浮き名を流す男にはとてもみえないな。
そんな二人を見ていたらジロッと睨まれたのが、また可笑しくて笑ってしまった。つられて二人も笑いだす。
ああ。友に恵まれた。
風呂からでて、食堂で食事をとりながら二人に向き合った。
二人とも、すぐに何かを感じとり私に向き合う。
「二人には話しておこうと思うが……
私は今日、恋に落ちたんだ。
彼女を妃に迎えたい。」
ハロルドは目をぱちくりさせて、口を開けたまま……言葉が出ないのかパクパクしている。
カインも目を驚く程みひらき、ポロリとチキンを落とした。
「えっと……チャーリーが、落ちたのか?
その……恋に? 泥に落ちたんじゃなくてくて?」
「いや、泥に落ちたのは、ハロルドお前だろ。
ああ。不思議な気持ちだ。
誰かを好きになるなんて思わなかったな」
「私達の方こそ驚きましたよ。
まさか、一番恋愛から遠いと思っていたあなたが、そんな事を言い出すなんてね」
「イヤイヤ。良くねぇな。
お前、正妃のアレクサンドラ様に話を通してからにしろよ」
「だから、アレクサンドラは戦友なんだよ。
もう、私達の間で話合いはすんでるんだよ」
「そうは言っても、側妃を娶るのに……いざとなったら嫉妬とかあったりするんじゃないのか?」
「すまない。
……詳しくは話せないのだが……
私達の間で決め事があるから、大丈夫だ。
問題は、ロートシルト家とアンダーソン家だな」
「……その前に、その彼女の気持ちでしょう?
まだそんな話になってないのでしょう?」
「そうだった」
「おい! なんだよ!
驚いたろ!」
「いや。まだ話してないが、私は彼女を迎えるよ」
「魔女相手に、王位は通用すんのかね」
「全然、通用しなさそうだった。
そこがいい。」
私はニヤリと笑い、この初めての恋に浮かれている自分に気づくと、更に不思議な気持ちになるのだった。
お読み頂きありがとうございました。