番外編 3 魔女との交流
この日は精霊達と『ヤマユリの朝露を誰が一番早く飲むか競争』をしていた。
一年に一度の私と精霊の競争。
私の背丈程もある、白いオオヤマユリの花が咲くこの季節。誰が今年初咲きの花から一番最初に朝露を飲むかという競争。
毎年競争しているが、精霊達の勘は鋭く、なかなか勝てない。
前回の『薔薇から朝露を誰が一番早く飲むか競争』は負けてしまっていたので、今回はなんとか勝ちたいと意気込んで、朝からオオヤマユリの前で朝露が落ちるのを待っていた。
今回は私が勝てるかしら?
向こうのヤマユリも朝露が落ちそうで、ドキドキする。
じっとヤマユリの朝露を見つめ続ける。朝日を浴びたヤマユリは白く朝露を纏いキラキラと輝いている。そして白い花弁に唇を寄せて待っていた私に、やっと朝露が落ちて――その水を口にした。
私の勝ちか、精霊の勝ちか判定を……と思った所で、小川の向こうの森の方から音がした。
はっとして森の方を見ると、木に寄りかかったままこちらを見ている美しい人がいた。
金の髪に碧い瞳の物語の王子様の様な美しい人。
たくましい身体つきに、柔らかい物腰。ひとつひとつの仕草が絵の様だった。
こんな綺麗な人見たことない。
精霊のいたずらなの? それとも夢でも見ているのかと思っていると、美しいその人はこちらに歩いてきた。
「驚かせてすまない」
言いながら、木陰から一歩出て姿を現す。
「気がついたらここにいて、君を驚かせるつもりはなかったんだ」
彼は真っ直ぐに私を見つめている。
この人は実在する人なの? 柔らかい微笑みを浮かべながら紡ぎだす声まで心地好い。
「私はチャールズだ。友はチャーリーと呼ぶ。
素敵なレディーお名前をうかがっても? 」
彼がそっと近寄ってくる。
人と話すのは何十年ぶりかしら。緊張してしまう。
「……私は、ベアトリクス……友達はベティーと呼ぶわ」
「そうか、ベティーよろしく」
そういって私の手をすくい唇を落とす。
そんな仕草まで素敵で、私はドキドキして耐えられなかった。いまだに握られた手を、どうしたら良いのかわからずにいると、彼が私の手をスッと流れる様に引き、先ほどのオオヤマユリの前まで歩いていた。
エスコートされた!
すごいわ! 王子様のエスコートはこんなに自然で、流れる様に彼の思い通りなのね!
私は初めてのエスコートに驚きとトキメキとで、彼が何か話しかけていたを全然聞いていなかった。
「……ベティー? 」
「……あ、ごめんなさい。全然聞いてなかったわ」
「ん? そうなのかい?
ふふふ。ベティーは面白いね」
「そう? 面白いかしら? 」
「それで、この花の前で何をしていたの? 」
「そうよ! 『ヤマユリの朝露を誰が一番早く飲むか競争』の最中だったわ!
ねえ! 誰が一番だった?
え? 私? やったぁー!! 」
あんまりにも嬉しくて、ぴょんぴょん飛び跳ねてしまったけれど……。
いけない。彼の前だった……。
我にかえった私は、恥ずかしかったけれど、おそるおそる後ろを振り向くと……それはそれは優しい微笑みを浮かべた王子様が私を見つめていた。
ああ……穴があったら入りたいわ!
こんな素敵な王子様の前で、はしゃいでぴょんぴょん飛び跳ねるなんて……私のバカバカ。
「……あの……ごめんなさい。
久しぶりに競争に勝ったものだから、嬉しくて…つい……」
「うん。とても嬉しそうだったね。
ところで、ベティーは誰と話しているの? 」
「あ! チャーリーは、精霊が見えないのね。
少し待っていてね。
あなたに魔法をかけてあげるわ!
そぉーれー」
私の魔力を周りに振り撒くと少しの間、他の人も精霊が見える。魔力はキラキラと粉の様に周囲に振り撒く。
ふふふ。と振り向くとチャーリーは目をまん丸にしていた。
「驚いた? 」
「ああ……本当に、久しぶりに驚いたよ。
そして、精霊に会わせてくれてありがとう。ベティー」
「えっ! お礼を言われる様な、そんなたいした事していないわ!」
「いや。精霊に会えるなんてすごいことだよ。
精霊に会えるなんて思ってもみなかった!
……君は魔女なのかい?」
言われてなんて答えて良いのか、わからなかった。
私がよっぽど困った顔をしていたんだろう。チャーリーはそっと私の手を引いて、二人で切り株に腰かけた。
「ごめんね。なんて言っていいのか……。
そうといえば、そうなんだけど……。
でも……私は落ちこぼれの魔女だから、魔女じゃないのかもしれないわ」
「どういう意味なのか聞いても? 」
私はコクンとうなずいてから話しだす。
「魔女はね、自分の魔力と魔法の適性があって、成人する頃にはその才能を伸ばしているの。
私の母は『薬師の魔女』と呼ばれる魔女でね。
おばあちゃんもそうだったんだって。
二代続けて同じ事に興味を持つ事も珍しい事なんだけど……
とにかく興味を持った物なんかを研究したりするものなんだって。
……でも私は、こうやって精霊と遊ぶ事以外に、なんの興味もないの。
食べ物も精霊達が集めてくれて、生活は魔法でなんでもパパっとやっちゃって、楽しい事以外な~んにも、なぁ~んにもしてないの……
あっ」
言ってから、恥ずかしくなってしまった。
何にも考えずに、本当の事だけど……こんな話なんかして……自分で自分が嫌になってしまう。私ったら本当に何にもない。
ちらっとチャーリーの方を見てみると、彼は面白そうに微笑んでいるだけだった。
「……自分で言うのなんだけど、本当に落ちこぼれなの。
何にも出来ないし、何にもない。
ただの魔女から生まれただけの……魔女なの」
「……でも、楽しむ事が出来るんだろう?
どんな事が楽しいのか、私に教えてくれるかい? 」
その言葉に、ハッと顔をあげる。
私は本当に驚いた。
いままで、そんな事を誰も言ってくれなかった。
本当は、いつも何にもない自分が嫌だった。
どんな魔法にも、薬草にも、生き物にも、勉強にも、食べ物にも、たいした興味は持てなかった。
魔女なのに。……研究に全てを捧げるのが魔女なのに。
私は他の魔女から『落ちこぼれの魔女』だったり、『魔女ではない』と言われていたのを知っていた。母は『いつか見つかるわ』と言ってくれていたけれど、母が亡くなる前に見つけて安心させてあげる事は出来なかった。
彼は、誰とも違う。
温かい気持ちが、胸いっぱいに広がっていくような気持ちになる。そして、私の瞳から温かいモノがボトボトと流れ落ちる。
それを見たチャーリーが、焦った様に慌てて立ち上がるのを見て私は、声を出して笑った。
それは独り立ちしてから、初めての事だった。
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