番外編 2 魔女に会う
「あ"あ"~頭痛てぇなー」
「まったく、ハロルドは懲りた方がいいですよ」
翌朝は飲み過ぎて二日酔いのハロルドに、カインが回復魔法をかける事から始まる。いつも通りの光景だ。
「いやいや。これ情報収集だから。
仕事だからね」
昨夜は、食堂で子供の頃に『魔女の森に挑戦した』者達から話を聞いていたために、飲み過ぎたらしい。頭に氷袋をのせたまま、視線だけこちらに向けてくる。
「で? 成果はどうなんですか? 」
「んー子供の挑戦は、森から戻ってこられる印象だな。
だいたい悪夢を見たり、お化けを見たりが多いから、幻惑のような魔法をかけられているんじゃないかと思う。
戻って来ない子供は、他の事件…例えば誘拐とかに巻き込まれているんじゃないかな。
それを魔女のせいにしているんじゃないか、という印象を受けた」
私はカインに治療されるハロルドの方に向いた。
「子供は……なのか? 」
「ああ。大人はそうはいかない様だ。
悪意あるものは、大抵戻らない。
うっかり善良な民は……あまり入らないから分からないとしか言えない。
ただ、昔はこの近くに『薬師の魔女』が住んでいて、薬草や薬の取引をしていた者がいたらしい。
もう五十年は前で、詳しい事は分からなかったが、森に魔女は実在していた様だな」
「そうか……薬師の魔女か……」
「有名な魔女ですね。
確か……どこかの町で20年程前に姿を見たのが最後ではないかと、噂になりましたね」
「やはり、今も魔女が住んでいるのだろうか? 」
「さあ……薬師の魔女は比較的、人間と友好的だったと聞きますし、生きていたら今でも噂になるでしょうね」
「魔女が居ない可能性が高いとなると……
森に何かしかけがあるのか、子供を許しているならば本当に精霊かもしれないな。
これは、厄介だな」
「そうですね。精霊は好き嫌いが激しいと聞きますし……
私達には精霊が見えませんからね」
「闇魔法は相性がなぁ……精霊を怒らせるのは良くねぇしな」
ハロルドの使う闇魔法を精霊は嫌う(らしい)。なので、迂闊に闇魔法を使用すれば、すぐに敵認定されてしまうだろう。
カインの癒魔法は攻撃には向いていない。
私の聖魔法か、それぞれの剣が頼りだ。
「まぁ、考えていても始まらない。
私の結界が精霊相手にも上手く作用すると良いのだが……
とにかく行ってみよう」
些か不安要素の多い出発だったが、もとより分かっていた事なので私自身は特に気にせずにいた。
森に入って一時間も経たない内に、辺りの様子が変わった事に気づいた。
森の中は木々が鬱蒼と生い茂り、日の光も届きにくく薄暗い。時折、鴉や他の鳥であろう鳴き声が聞こえてくる。
足元は、シダ植物で覆われていて地面が見えない。更に湿気で泥濘んでいて既に二人の靴は泥々だった。
「くっそっ。チャーリー!
お前だけ汚れないなんて、ずるいぞ!」
「いや。私も結界が泥まで弾くのがあるとは知らなかったよ。
二人にも、防御結界は張ってあるんだが……
果たして私の、どの結界が泥を弾くのか、私にも分からないんだ。
ははは。悪いな」
「不快ですが……今、泥を弾く結界を探す訳にも行きませんから、堪えましょう。
ところでハロルド、今どの辺りが分かりますか? 」
「ああ。地図でいう……この辺りだろうな」
「しかけてくるとしたら、そろそろか? 」
「そうですね。情報によると……このまま進むと、川辺に出る様ですね」
他の者には見えないだろうが、我が国の結界に沿って私達は進んでいたので、まっすぐ進んでいる。そして、一歩反対側はガネージャの国だ。
――――クスクス。すごいね!
――――どろどろだね!
――――キラキラ王子様みたいだね!
――――あ! 白いの転んだよ! べちゃべちゃだー
――――黒いのは、まっくろけー
――――キンキラだけ綺麗。
――――ベティーが喜ぶかな?
――――そうだね!
――――連れてこー!!
――――キラキラしてるから、喜ぶカモー!
――――楽しいカモ!
「……っっ! 」
風が、わっと舞い上がったと思ったら、辺り一面真っ白になり……
気がつくと、見た事のない木々に囲まれた所にいた。
何故だ。
向こうに視界の開けた明るい所が見える。……花畑だろうか。色とりどりの花が咲き乱れ、小さな小川が流れている様だ。
そちらに歩いて行けば、そこに小さな人影が見えた。
こちらの木陰から、少し様子を見ようと目を凝らす。花畑はあまりに明るく、小川の水がキラキラ反射してまぶしい。
長い豊かな黒髪が腰辺りまで緩やか巻いている。真っ白な肌に薔薇色の頬、長い睫毛は髪と同じ黒で瞳は黒い。
シンプルな白いワンピースで立つその姿は、大人とも子供ともいえない、微妙なバランスで妙な色気を感じる。
美しい女性だ。目が離せない。……いや。まだ少女なのか?
何をしているのだろう?
背の高い花に唇を寄せている様に見えるが……。
花に唇を寄せる美しい彼女の姿を、木に寄り掛かり眺めていた。こうやってずっと眺めていたい。
――――ポキンッと木の枝が折れて、足元に木の実が落ちてくる。
彼女は、はっとこちらを振り返り……大きな瞳を更に大きく見開いている。
「驚かせてすまない」
言いながら、木陰から一歩出て姿を現す。
「気がついたらここにいて、君を驚かせるつもりはなかったんだ」
彼女は真っ直ぐに私を見つめている。
――警戒されてしまったかな?
「私はチャールズだ。友はチャーリーと呼ぶ。
素敵なレディーお名前をうかがっても? 」
彼女の近くにそっと歩みを進めても、逃げられないのにほっとした。
「……私は、ベアトリクス……友達はベティーと呼ぶわ」
「そうか、ベティーよろしく」
そういって彼女の手をすくい唇を落とす。
顔だけではなく、身体中真っ赤に染まる彼女が愛しく感じる。おかしい。今まで女性に対して、そんな事を感じた事はなかった。
彼女の事が、知りたい。
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