その後
あれから、私達三人のライバル令嬢のお茶会にドロシー様も加わってお茶をするようになった。
クリスのくれる様な手紙は精霊も絡んでいるので、ドロシー様には使えない様だった。
あの日の宣言通り、新たな手紙の魔法を組んだと張り切ってみせて貰った手紙の恐ろしい事と言ったら……今思い出しても涙が出そうだ。夜中には絶対送らないで欲しい。
得意の『呪いを飛ばすのを応用したんだ! 』と、どや顔で我が家にいらしたドロシー様の手紙は、悪霊が飛んで来たのかと思う代物だった。黒いモヤモヤに囲まれた手紙が追いかけてくるのだ。
『気づかないといけないからな! 』と、謎の気づかいの元に呪怨の様な声(音?)付きだった。
恐怖以外の何者でもない。悲鳴をあげて泣いた私は悪くないと思う。
なんとか改良して黒いモヤモヤを消して貰う事と、リーンと言う鈴の音が届けた人に聞こえる様にして貰った。
でもいまだに怖いのはなぜだろう……。
そして、学園ではお兄様やリチャードと一緒に闇魔法の研究をしているらしく、毎日楽しいのだそうだ。
他の人と一緒に研究した事がなかったドロシー様も、二人とは話が合う様子だった。長年ドロシー様の呪いを研究していただけあって、お兄様の呪いの造詣は深く特に話が合うらしい。
お兄様の話をする時のドロシー様は本当に楽しそうにしている。ドロシー様の時間が動き出すのも、時間の問題かもしれないと私は思っている。
こうして、ヒロインではなかったドロシー様を含めた私達は、穏やかな学園生活を送っていた。
魔術研究学部の私とクリスの研究室で、ドロシー様が魔女についても教えてくれる。本来ならばクリスのお母様が教えてくれる事なのだそうだ。
ドロシー様のお話を聞いて、クリスが真剣な顔で考えこむ事が多くなっていった。
そして、定期的に他の王子達とリチャードとお兄様を交えて何か話し合いをしている。
クリスの事は心配だけれど、ちゃんと私に報告してくれると信じているので待つ事にした。
冬も中頃にさしかかり、雪がちらちらと舞う日も増えてきた。王都はうっすらと雪が積もる事はあっても、銀の領地の様に膝まで積もる事はない。
学園は冬の長期休みに入り、一学年は領地に帰る人達が多い様だった。
春がきて新年度になったらクリスの成人の儀と、王太子が選ばれ立太子の礼が執り行われる。その後は婚約の儀が待っている。
そうした式典に合わせたドレスを準備したり、アクセサリーを用意したりと忙しいので、今年は王都に残る事にしていた。
お兄様も成人の儀の対象なので、我が家は大忙しだ。
ちなみに、私の社交界デビューもある。
社交界デビューは、基本的にその年のいつしても良いのだが、本人の誕生月にする事が多い。
しかし、私達ライバル令嬢は王子の成人に伴い、社交が必要となる事が増えるため、年度明けすぐに社交界デビューする事に決まった。三人で一緒にデビュー出来て嬉しいし、心強い。ちなみに、ジェラール殿下も一緒にデビューする。
順番としては、成人の儀、立太子の礼、婚約の儀、社交界デビューとなる。
婚約の儀ではクリスが衣装を全て用意してくれると言うので、楽しみにしている。残りの四着も、クリスの衣装と合わせて仕立てる予定なので、一緒の仕立て屋に注文したり意見を取り入れて準備している。採寸や打ち合わせ等の予定がたて込んでいて、のんびり話す暇も無いので、こんな時はお手紙をすぐにやり取り出来る事が、嬉しい。
この日は大雪で、朝から予定がずれ込んでいた。
王都にこんなに雪が積もる事は珍しく、馬車も走らないので交通機関は麻痺していて、打ち合わせ予定だったデザイナーの到着が遅れていた。
クリスは一人でしれっと転移魔法を使い、お昼過ぎに我が家に来ていた。護衛騎士達もまだ到着出来ないらしい……。護衛の必要なさそうだけれど、そうもいかないのだという。騎士さん達、可哀想に。きっと大騒ぎだろう。
そんな大騒ぎとは無縁の我が家では、クリスと二人でお茶をしていた。久しぶりにのんびりと出来そうで、騎士さん達は申し訳ないけれど少し嬉しくなる。
雪の日はいつもよりも妙に静かだ。まわりの音が聞こえない。
「リリィ…ちょうど良かった。
ゆっくり話したい事があったんだ」
紅茶のカップを置いたクリスは、いつもより真剣な顔で私を見つめている。
「話したい事? 」
「そう。今後の事」
とうとうこの時が来たんだと思った。
少し緊張してしまう。
「……決めたの? 」
「最終的には、リリィの気持ちも聞きたいと思っているから。
決めた訳じゃない」
「そう……。わかったわ。
聞かせてくれる? 」
クリスは頷くと、ゆっくり話し始めた。
ゆっくりとした話し方だが、ぐっと手に力を入れて、握りしめていた。クリスも緊張しているのだろうか。
「ずっと考えていたんだ。
リリィの事だけじゃなく、兄弟や側近……
そして、国や国民にも関係があるからね」
クリスは真剣な表情のまま立ち上がり、私の側に歩いて来た。私も立ち上がり、じっとクリスを見つめていた。私の手をとり、クリスの手に重ねる。
「リリィ、私は王になろうと思う。
それでもリリィ以外を王妃として娶るつもりはないよ。
リリィ、私の唯一の王妃として
私と共に生きてくれる? 」
言われた言葉をうまく理解が出来ない。
……クリスは王になる。
私を正妃に迎えてくれる。……唯一の王妃と言った?
王なのに? いいの?
クリスが王になったら、私以外の人を妻を迎えるのが嫌だった。きっと嫉妬で苦しくなってしまうから。想像しただけで辛かった。
ヒロインに奪われてしまうかもしれないと思うだけで、あんなにも苦しかったのに。
実際に、もう一人の実在する妻に会ったら……
どうなってしまうのかわからない。
クリスは答えを求める様に、手を繋いだままじっと私を見つめている。
重ねられた手は、ほんの微かに震えていた。
「クリス、私はあなたと結婚したいの。
あなたが王様でも、臣下でもどちらでも構わないわ。
私だけを王妃にしてくれるなんて……
そんなの……嬉しいだけだわ」
それが出来るかどうかわからないけれど、私だけを妃としてくれるなんて嬉しいだけだった。
もちろんクリスと結婚したい。
それが王でも、臣下でも関係ない。
私は、ただクリスと結婚したいのだ。
クリスは答えを聞くと、苦しいくらいに私を抱きしめてくれた。抱きしめながら頭の上から話し続ける。
「リリィ、ありがとう。
理解を得られるまで……苦労をかけると思うけど、リリィだけを愛し続けるよ」
ほっとしたのか、一度離れると手を引かれ、お互いに赤い顔のままソファーに並んで座った。
クリスは手を組んで、正面を向き俯いたまま話し続けた。
「本当は王位なんて、興味がそんなになかったんだ。兄弟二人が相応しくなければ、王族として私が王となる義務があるだろうな……くらいに考えていた。
それよりも、私はリリィ一人を幸せにしたかったからね。
だから魔女の試練を乗り越えて、力が増え誰よりも強くなったけど……だからといって王になるつもりはなかったんだ。
アーサーだって素晴らしい王になると思ったしね。
でも事情が変わった。
ドロシーだ。
彼女に魔女の力について教えを受けた中で、金の一族を根本から変えられるかもしれない教えを受けた。
金の一族は子供が出来にくい事はリリィも知っているだろう? 強い結界の力によるものなのか、魔力の相性がどの一族とも合いにくいのか、遺伝に問題があるのか……原因は良くわかってはいないが、事実として子供が一人もいない事も珍しくないし、いてもたくさんの王妃のうちの何人かが、やっとの思いで授かるというくらいに子供が出来ない。
今回は三人も、年の近い王子が生まれた。
これが魔女の力の影響かどうか、知りたかったんだ。
ドロシーに確認したらすぐにわかったよ。
やっぱり魔女の力が絡んでる。魔女は時を動かす代償に、子供を授かりやすくなるらしいんだ。それも魔女の希望に沿う形でね。
そうでなければ、魔女の血筋はとっくに途絶えてしまっていただろうね。
血筋って不思議だな。
ちゃんと種族を残そうとしてるんだろうね。
母が王子を望んだ事が、私が生まれた要因だ。
そして、母が他の王妃にも王子を望んでしまった事が、兄弟の要因なんだ。
直接、母の魔力が他の王妃に影響した訳じゃなくて、父を介して魔女の力が影響したんだと思うというのが、ドロシーの見解だ。
金の一族の悲しい運命を、魔女の力で乗り越えられるとわかってしまった。だから、私は金の一族の運命も変えてあげたい。
私が王になり、金の一族の王に魔女の力を取り込む事で、大きな利点がある。
まず、王家の血筋が絶える事が無くなる事。
これによってシグナリオン国の結界の維持にも影響し、国の安定に繋がる。そうすれば、民はより安定した生活がおくれるだろう。
次に王妃を何人も娶る必要もなくなる事。
子供が望めるからね。正妃一人で良くなるんだよ。我が国でも王以外は一夫一婦制なのだから、余程の事が無い限りその方がいいに決まってる。
もちろん私だって、リリィ以外を娶るつもりはないからね。
他にも、対外的に魔女の力を持つ、強い国王というのが脅威となって、攻めこまれにくいとか。まあ……あげればきりがないんだけど……
欠点としたら、時を動かさないと半永久的に生き続ける王族が出てくる点かな。
婚約者とか、恋に落ちる環境さえ整えてあげれば、大丈夫だと思うけどね。そこは…私達の子供達を、信じてあげよう」
と笑った。
そして、私の方に向き直り……
「好きだよ。
……私の唯一」
嬉しくて涙が出てくる。
「好きだ」
私も応えようとするけれど、声がでなくてコクコクと頷く。
おでことおでこをコツンと合わせて、甘く息を吐く。
「愛してるよ」
「……私も大好きぃ」
やっとの事で絞り出した声は小さかったけれど、クリスが嬉しそうに笑うから、クリスに届いたんだとわかった。
そして、そっと頬を寄せて静かに
唇を重ねた。
優しく、優しく、そして甘い口づけ。
甘くて痺れるような、酔ってしまうような酩酊感がある。
なんだろうこれ。うっとりとして、もう、クリスの事しか考えられない。
ぼーっとしたまま、クリスの胸元に頬を寄せしがみつく。
「っ! ……ヤバいな。
運命の相手って……そういう事か……」
クリスは口元を押さえ、上を向きながら何か呟いていたけれど……私は、ぼんやりとただ酔いしれていた。
少し落ち着いた頃に、クリスは話を変えようと思ったのか……
「そういえば、やっぱりリリィに話すのは緊張してね。
うっかり精霊に色々話したら、張り切ってこんなに雪を降らせちゃったみたいなんだよね。
困ったね」
困った様に笑いながら、小首をかしげていた。イケメン恐るべし。そんな仕草もカッコいいけど……。
大雪の原因は、クリスだった。
お読み頂きありがとうございました。
明日、一応完結予定です。
いつもブックマークや評価ありがとうございます!最後までお付き合いくださると嬉しいです。