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前世

 ……リーン



 チリーン  チリーン



 ああ……風鈴の音が聴こえる。


 この風鈴の音はお兄ちゃんのお土産の風鈴の音に似ている。

 病院からお家に帰って来られたのかな?

 髪を揺らす風が生暖かいなんて久しぶりだな。

 そういえば消毒の臭いもしない気がする。


 今年の夏はお家に一時退院出来るかな?って心配だったけど……

 帰ってこられたんだよね?

 一度でいいから、近所の神社の夏祭りに行ってみたいな。

 でも、もう目も開かないよ。

 行ってみたかったな。お祭り。


 お母さんの声が聴こえる。泣かないでお母さん。


 お兄ちゃんも風鈴、たくさんありがとう。


 お兄ちゃんは修学旅行のお土産に、とても可愛い青いガラスのイルカがついた風鈴を買って来てくれた。

 ガラスの風鈴はチリチリとした小さな音がなる。



 風鈴のガラスに窓の外から光がさして、青や透明な光が無機質な病室を、キラキラと輝いたものにしてくれた。

 光がくるくるまわる。

 透明な光と青く細長い形の光。

 くるくるとまわり輝く美しい光の影を一日中見つめていた。



 朝の光は白く入り込み、まるで私が万華鏡の中に入り込んだ様に感じた。


 昼は太陽が真上に登りきって病室に光が直接入らないけれど、濃い影の中にうっすらとした、青の影が入り込む。

 そんなときは、忍者が病室の中で忍んでいる様に見えた。


 夕方の西日が一番のお気に入りで、オレンジに透明に青に緑の光がくるくるまわる。

 まるで宮殿のシャンデリアみたい!なんて綺麗で素敵なの!私はお姫様になって、宮殿で踊る姿を夢みた。


 病室のベッドの上で眺める風鈴からの光は私にとって、特別だった。その光でいつでも空想の世界に飛んで行く事が出来た。




 お兄ちゃんからの初めてのお土産。


 私が喜んだからって、その後はたくさんの風鈴をくれる様になった。……風鈴ばっかりこんなにいらないよ。病室には風が吹かないからね。鳴らないの。他の患者さんの迷惑になるから、鳴らしてもいけないと思うし。


 南部鉄器の風鈴は、とても良い音がした。


 あんまりに良い音でずっと聴いていたかったけれど、病室には置いて置けないから、家に持って帰ってもらった。


 お家に帰ってこの風鈴の音を聴くの楽しみにしてるね!そのために頑張るね。

 というと、お兄ちゃんもみんなも喜んだ。

 風鈴は、もちろん好きだけど……お土産が嬉しかったの。

 私のせいで旅行にも行けなかったもんね。


 物心着いてから家に帰ったのは何回だろうか。


 私はほとんどの時間を病院で過ごしていた。幼い頃から何度も手術をしていて、最近はベッドの上で起き上がるのもつらかった。



 こんな私にとって、死は身近で魅力的だった。



 この痛みが無くなる。

 この胸の苦しさ、息苦しさを感じない。

 熱が出ると全身が重く苦しく痛みに感じた。 

 ベッド上から起きあがれない私は、お腹も空かない。

 栄養状態も悪く、床擦れが出来ない様に看護師さんに言われる様に身体の向きを定期的に変えるのも辛くなっていた。



 それでも生きたかった。



 学校にも行ってみたかった。

 部活動にも入ってみたかった。

 放課後、お友達と買い食いをするのも夢だった。

 お友達や先輩、後輩が出来るらしい。

 修学旅行やキャンプファイヤーなんて行くらしい。

 旅行にも行きたかった。

 自転車に乗ってみたかった。

 外で走ったりもしてみたかった。 

 そして……恋をしてみたかった。


 みんなみんな、夢にみていた。


 いつか出来るかもしれないと夢みて、つらい治療も手術も頑張った。


 お父さんもお母さんも辛かったの知ってるから、いつも頑張るね。って笑うように心がけた。


 お兄ちゃんも妹も私のせいで旅行も行けないし、お母さんが病院に来なくちゃいけなくて寂しかったと思う。

 入院していない子供は小児病棟に入れないから、病棟側に私とお母さん。ガラスの向こうにお兄ちゃんと妹がいた。

 このガラス一枚が私には越えられない、何か大きな壁に感じていた。


 小児科のガラスごしに、二人もお見舞いに定期的に来てくれていた。



 優しい家族。

 みんなの負担に気づいた時は、絶望した。

 私がみんなの負担になっている。



 私は十六年間、死を隣に感じながら生きていた。


 だから、きっと普通とは違う感じに大きくなった。普通に経験出来る事が出来なくて、我慢と大人の顔色をみる事を覚えていく。

 大人の言う事もよく聴いているんだよ。

 他の家族、面会の人、看護師さん、お医者さん、みんな直接私に関係ないと思って、子供だと思って油断して話している。

 廊下の声もよく聴こえてる。


 そこで私は家族の負担でお荷物だった事に気づいた。




 たった一度だけ……十五歳になった頃かな。


 一人だけ……病院で友達が出来た。

 同い年の女の子。彼女と喧嘩……とは言えないかな。とにかく喧嘩して……

 私は何度目か分からない手術を受けるか受けないかの選択をしなくてはいけなくて……

 身体は辛くて辛くて……何もかも嫌で……



「ずっと辛い治療を頑張っていたけど、私がいない方が本当はよかったんだっ!」


 って泣いたら、お母さんに叩かれた。

 後にも先にも初めて叩かれた。


 お母さんも、そこにいたお兄ちゃんも泣いていた。

 その時の事は今でも後悔してるけど、それからみんな必ず抱き締めてくれるようになった。


 本当はちゃんとわかってた。

 こんな私でも家族はみんな愛してくれていた。


 だから、私も気持ちが伝わる様にいつも抱き締め返した。



 そして……もうダメな事もわかっていたんだ。


 少しでも元気のある内に何回か手紙を書いた。

 十六歳になれて嬉しかった事から書きだした。

 明るい話題から始めたかったから。

 書いては消して、書き足して、書けなくなるまで書いていた。

 みんなに口では言えなかった沢山のありがとうの気持ちを込めた。

 しあわせだった事。

 悲しまないで欲しい事。

 家族みんなに、ひとりひとりに書いた。

 唯一の友達にも書いた。



 チリーン

 チリン チリ チリ



 お兄ちゃんの風鈴の音。やっぱり大好き。


 やっぱりここはお家だ。最後にお家に帰ってこられたんだ。

 お母さんお父さんお兄ちゃん妹、みんなの顔はもう眼があけられないから見えないけど、私を呼ぶ声は聴こえるよ。

 今も聴こえているよ。ありがとう。


 伝わるといいな。

 ……ありがとう。



 笑えているといいな。



「お姉ちゃん笑ってるね」


 よかった。笑えてた。




 神様っているのかな?

 このお別れでみんなが悲しまない様にして欲しいな。

 素敵な家族に巡り合わせてくれてありがとう。



 ああ、どこも苦しくない。


 みんなが近くにいるのがわかる。

 ありがとうって伝わってるね。きっと。

 手紙いらなかったかな?

 でもいいか。ありがとうがたくさん伝わるといいな。



 お父さんが私の名前を呼んでる。



 声の方に向きたい。

 みんなの声が遠くになってしまう。


 風鈴の音も、いつの間にか聴こえなくなっていた。






いつもありがとうございます。


たくさんのブックマーク、評価ありがとうございます。

誤字報告ありがとうございました。感謝です。


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