魔女
「あははは!
すごいじゃない! 」
手をパチパチ叩いて笑っている。とても楽しそうだ。その姿は、はしゃいだ子供の様にも見えるし、獲物を狙い定め狩りをする前の興奮した猫の様にも見えた。
姿はヒロインの様に見えるが、まるで別人だ。
……これが魔女。圧倒的な存在感と魔力だった。
「それで、だぁれ?
私の組んだ『呪い』を、こんなにバラバラにしたのは」
一瞬、目の奥がキラリと光った様な気がした。
「そうですね。
自己紹介が遅れまして申し訳ありません。
私が解析したランスロット=ロアーヌです。
レディのお名前をお伺いしても? 」
お兄様は全く怯む事なく一歩前に出ると、それはそれは美しい笑顔で自己紹介を始めた。
なんて心が強いの。お兄様。尊敬します。
魔女は一瞬、驚いた様に目を丸くしたがニヤリと笑ってお兄様の近くまで、音もなく近寄った。
「へぇ~やるわね。あなた。
気に入っちゃったわ」
「ありがとうございます。
レディーの様に素敵な女性に言われると嬉しいですね」
お兄様は、すっと魔女の手をとり手の甲にキスを落とした。驚いた事に、魔女はカァっと顔を赤く染め上げて動揺している。
しかし、動揺したのは一瞬で直ぐに話し始めた。
「私はドロシーよ。
魔女のドロシー。よろしくね。
クリストファーの曾祖母の姉よ」
そう言ってクリスをチラリと見た後、私を見て近寄ってくる。……ちょっと怖い。
「あらん。そんなに警戒しないで。
うふふ。警戒しないでって言う方が無理か。
でも、ずっとあなたに興味があったのよ。
必ず誰かが近くにいて、近寄れないし」
ドロシーは私の目の前に来ると、じっと見つめてくる。
「何にもしないわよ~。ただ興味があるだけ」
音もなく私の指輪、アンクレット二つに、ピアス二つをドロシーの手の内に転移させる。
どれもクリスに貰った魔力抑制のアクセサリーだ。
「すごいわぁ! 魔女よりもすごいわ。
どおりで、私の『呪い』を破る訳ね!
こんなに魔力を持ってるなんて……
あなた人間なの? 」
え? 人かどうかも怪しいレベルなの? 私?
「たぶん……人間だと思いますけど……」
「もちろん、僕の可愛い妹は人間だよ」
「へぇ~おもしろい。
……なぁに? あなた……何か持ってる?
おもしろいわ! 何かしら?
よく見えないけど……女の子が見える……
やっぱり興味あるわ! 」
じゃあ返すわね! と私の魔力抑制アクセサリーを元に戻してくれる。それでも、楽しそうに私をみたり、お兄様をみたりしている。
「あなた達、本当に興味を、そそられるわぁ~」
ニコニコ楽しそうにしている魔女にクリスが話しかけた。
「そんな事より、ドロシー。
二人の呪いを解いたら試練は終了で良いんだな? 」
「え? ああ! もちろんよ。
予想より、早くて驚いちゃったけど……
こんな二人がいたら簡単に解けちゃうわよね~」
「リリィ『解呪』をお願いしていい? 」
「もちろんよ」
私はにっこり笑ってから、ピアス二つと指輪をはずした。そしてお兄様の解析してくれた『呪い』を見ながら『解呪』を試みる。
相変わらず、美しい芸術的な呪いだ。
――――― ―――――― ――――――
リリィは二人の王子の『解呪』を始めた。相変わらず美しい呪いだ。そしてそれを解いていくリリィも、とても美しい。
いつまでも、この美しい画を見ていたいが……正直、私はこの呪いを作る魔女にとても興味がある。
「クリスの『呪い』もドロシーでしたね」
「ええ。そうよ。ああ~そうだわ。
クリストファーにかけた試練で、まさか死にかけるとは思わなくって、流石に焦ったのよ~。
『魔封じの試練』は魔女にとっては、かなり一般的なものだから直ぐに親が解いちゃって、つまんないと思ってさぁ。
オリジナルの『魔封じ』をかけたんだけど……
まさかベティーが、ああ! クリストファーの母親ね。魔女の力を目覚めさせてないなんて思わなくてさぁ。
いやぁ~焦ったわ。
まぁ、一般的な魔封じもベティーには解けなかっただろうから、同じなんだけどね。
そしたらクリストファーったら、自分で運命の相手を見つけるわ。
その娘が解呪する前に私の『呪い』の上から魔法かけるわ。
何千年も生きてきて一番驚いたわ。あはは」
「……やっぱり、二人は運命の相手でしたか」
「どういう事だ? ランスロット」
「ああ、クリスにも話してなかったかもね。
リリィがクリスを見つけた時、助けを呼ばれたと感じた事。
大丈夫だと確信があった事。
運命の相手は『魔力で引き合うらしい』と聞いた事があって、引き合った二人は運命の相手なのかもしれない。と思っていたんだ。
確証が無かったので言わなかったけれども……まぁ、来年の『婚約の儀』で判明しただろうし、良いかと判断しただけだよ」
ニッコリ。
絶対、婚約がきちんと整う前に、二人にキスなんてさせないよ。と心の声が聞こえるように、圧をかけておく。
もしそんな事したらわかるように、あえてリリィには伝えなかったのだから。
そう。運命の相手は体液の交換で判るらしいのだ。簡単なモノでキスをするとか、血液を一滴ずつたらして混ぜ合わせても判るらしい。
運命の相手とまでいかなくても、本来なら『婚約の儀』を交わして、相手との魔力の相性をはかる。
婚約するのは魔力持ちの貴族で、政略結婚がほとんどなのだから、相性が良くなければ婚約は成立しないのだ。いかんせん子供が出来にくい為に他の相手を探さないといけない。
今回は王家の都合で『仮』の婚約だったため、正式な婚約ではなかった。そのために三人とも『婚約の儀』を済ましていない。成人の際に王太子を決め、婚約の儀を行う予定になっていた。
大方、相手の魔力相性が悪いとか文句をつけて、他の婚約者と入れ替え自分の娘を王太子妃にしたいのだろう。
他の公爵家の思案が透けて見えるようだ。
それは置いといても、不埒な真似をさせるつもりはないからね。ふふふ。
ドロシーは私達の話は気にせずに話し続ける。
「それでクリストファーの試練の時に、二人の王子に魔女の力の影響を見つけて、試練の担当になれる様に準備してたのよ。
だってこの二人は魔女の力も得られないし、魔女の祝福も得られないのに試練だけあるなんて、可哀想じゃない?
だから、来年の『婚約の儀』で愛する人とキスしたら呪いは解ける様に、新たな呪いを生み出してあげたのよ~。
オマケしといたのよ。これでも。
まぁ、婚約者の相手が可哀想だったけど、愛の試練ね。
乗りこえられたら、魅了も解けて婚約者も手に入ると……ね。
わざわざ、問題無いように私が相手役をしてあげてたんだからね。
本当に別れたりしたら、困るじゃない! 」
ドロシーは勝手に話し続けるが……本人的には親切心での行動らしい。
うん。美しい呪いの作成者だけの事はある。私達の感覚とは少し違うが、優しさがあった。
「これで、二人の試練も終わったけど……
私、あなた達に興味があるから、少しここで厄介になるわね。
一応このまま男爵令嬢のままでいるわ。
じゃ~またね。ランスロット、リリアーナによろしくね。
うふふ」
笑いながら、来たときと同じ様に空間を歪めて消えて行った。
丁度、妹が『解呪』を終わらせた瞬間だった。
妹によって解かれた『呪い』は、ほんのりとピンクや水色の光を纏い、いまだ部屋の中をキラキラと舞っている。
その中心に妹がいて、耀いているのは妹ではないかと見間違う程に妹は美しい。
妹を支える様にクリスが近寄って手をとる。まるで物語か別の世界の様に見える。
「……あの時を思い出しますね。
あの時も、私とクリスとランスロットが彼女の解呪を見届けましたね。
……美しいですね。やっぱり」
リチャードは、熱い眼差しを妹に向けていた。昔リチャードが妹を密かに想っていたのは知っていたが、今も変わらず想っていたのかと思うと切ない。
リチャードのクリスに対する思いは本物だ。
クリスを王として支えたいのだろう。
そこには自分の恋心まで犠牲にしても支えたい、強い気持ちがあるようだ。まあ、妹もクリスに恋しているからね。妹の気持ちが変われば……リチャードはどうするのだろう……。
いや、もしもの話はやめておこう。
二人の様子を窺うと、クリスが妹の手と腰を支えている……うん。ちょっと近いな。引きはなそう。
私とリチャードが二人の元に近寄って行くと、アーサー様とジェラール様が目を開けた所だった。
「二人とも気分はどうだ? 」
「……クリストファー、それにリリアーナ嬢もありがとう。
私達は魅了はされていたが、意識はあったからね。
辛かったよ。
解放してくれて助かったよ」
「……兄様……やはり私達が、近く生まれたのは魔女の力が関係していたという事なのですか? 」
「やはりそうらしい。
詳しくは、また話そう。
それよりも良いのか?
婚約者に話しに行かなくて」
クリスは少し意地悪な顔して、ニヤリと笑う。
アーサー様は慌てて立ち上がり、私とリチャードにも簡単に礼を言い、また後日ちゃんと礼をさせてくれ! と叫びながら……もう部屋を出ていた。
ジェラール様は真っ青な顔のまま、丁寧にお礼を私達にした後……ふらふらしながらも急いで部屋を出て行った。
残された私達は、それぞれやりきった気持ちでいたが……
妹だけは心配そうに扉の向こうを見つめていた。
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