抗いたい
シルビアの話を聞いた後、私達三人は静かに泣いた。
出来る事なら、大声で泣き叫んでしまいたいと二人に話したら、二人とも自分達もだと笑ってくれた。
シルビアの気持ちを想像するだけで、心が痛い。
ただシルビアの話を聞く限り、まだ相手は特定出来ていない様子だった。私達もジェラール様の様子をよくみるように、気をつけて行こうと思った。
その夜クリスには手紙を書いて、お兄様には直接話す為に夕食後お部屋に向かった。
「お兄様、少しよろしいですか? 」
ノックの後、声をかけるとお兄様は扉を開けに来てくれた。お兄様のお部屋に入るのは久しぶりだ。たくさんの書物があって、紙とインクの匂いのする部屋だ。
お兄様は、この部屋もそうだが……見た目とのイメージと違い過ぎる。それがまた魅力的だとも思う。美しくお洒落で優しい紳士。ほとんどみんなそう思うらしいが、本当は真面目で研究好きの勉強家で……少し策略家な黒い一面を持つ事を私は知っている。伊達に黒の闇魔法を得意としている訳ではない。ついでに、シスコン気味だ。
「ああ……リリィ。どうぞ」
ニコニコと優しく微笑みながらソファーまでエスコートしてくれる。こんな所も紳士だ。
「お兄様、ジェラール様の事を何かご存知? 」
「うん?クリスじゃなくてジェラール様かい?
うーん……これと言って特に聞かないなぁ。
ジェラール様がどうかしたの? 」
「ジェラール様は、シルビア以外の他の誰かに好意を持ってるんじゃないかって。
今日シルビアに相談されたのよ」
「ええ? お二人はとても仲が良さそうに見えたけど? 」
「私達もそう思っていたわ。
でもシルビアが言うには、もうジェラール様はシルビアをそう思って見てはくださらないそうなのよ」
「そんな事……リリィ……
まさか……」
「わからないけれど……少し調べて欲しいの。
そして、クリスとアーサー様を絶対にヒロインに近づけないで欲しいの。
お兄様お願い」
「もちろん、リリィのお願いだからね。
それよりも、原因はその男爵令嬢……ヒロインだっけ?
その子なのかい? 」
「その辺は私も調べてみるわ! 」
「いいかい、私も協力するからリリィは絶対無理はしないでね! 」
「はい。お兄様」
「クリスには、もう伝えた? 」
「ええ、先程お手紙を送ったわ」
「……そのゲームの通りにならないと良いのだけれど……。
リリィ……もし、ゲームの通りになってしまったら、どうするつもりなんだい? 」
「……わからないわ。
ただ……抗えるならば…………抗いたい。
今までの私達の時間は、ゲームには無い事だし……そのゲームは予言の書という訳ではないもの。
たくさんの物語の道筋があって、たくさんの終わり方があったもの。
ただ……本当になぜあの物語があって、似た世界なのかは、わからないから何とも言えないけれど……」
「そうだね。
確かに、努力次第で今後は変わっていくものだから、頑張ってみようね」
リリィ偉いね。と言いながらお兄様は私を抱きしめてくれる。お休みのキスをして、自室に戻る。
部屋に戻ると、クリスからの手紙が届いた。
ああ……何度見ても、やっぱりとても綺麗な魔法だわ。キラキラした耀きを撒き散らしながら、部屋の中を小鳥の姿で舞い飛んでいく。『届けてくれてありがとう』姿は見えないけれど、届けてくれた精霊にお礼を言って手紙を受けとる。
クリスの魔法に少し癒された所で、手紙を読む。
やはりクリスにも、まだジェラール様の変化は感じられない様だったが、動向は気にしておいてくれるとの事だった。
そして、お兄様と協力してヒロインには近づかないと約束してくれた。
前世の記憶のないクリスからしたら、変な事を言っているであろうのに、クリスはやっぱり優しい。
とにかく、今は出来る事をやるしかないわねと、気持ちを引き締めた。
やはり、時間が経つにつれジェラール様は、ヒロインに傾倒している様にみえた。
もちろんシルビアも相手がヒロインだと今は気づいている。
更に関わりの少なかったはずのアーサー様が、ヒロインに落ちた。
やはり何かおかしい。
アーサー様もジェラール様も、ちゃんと婚約者と想い合っていたと思う。
ゲームの強制力というものがある事は知っている。
でも……本当に?
この世界はゲームに似ているけれど、ゲームではない。私達はここで生きているのだ。
この世界をモデルにしたゲームだったのだろうけれど、今は『今』進んでいるのだ。
そして不思議な事に、アーサー様とジェラール様の二人以外にヒロインは接触していないそうだ。
攻略対象のリチャードやクリスにも近寄らないし、話したこともなければ、学年も違うため見たことも無いという。
そして、騎士様や文官様にも近づいている様子も無いという。
……一体どういう事なのだろう。
ヒロインにも前世があって、アーサー様とジェラール様狙いだった?
それともゲームは全然関係なくて、ただ二人が狙われた?
何もわからないまま、時間だけが過ぎていく。落ち込むアリシアとシルビアに、私はお兄様と原因を探っていると話していた。
二人は無茶をしないで欲しいと言っていたけれど、現状動けるのは私達だけだ。
王子であるクリスが動いたり、アリシアやシルビアが動くと五人の関係がより目立ち今後に影響しかねない。
リチャードも協力を申し出てくれていたが、彼は攻略対象だ。攻略されかねない。丁寧にお断りしたが……この世の終わりみたいにガッカリしていた。なぜ、あんなにガッカリしていたのかしら?
あまり時間が経つのは良くない。
王子達の不貞と噂される前に、原因究明と対策をたてなくてはいけない。だって、絶対おかしい。
例え本当に心変わりしたのであるならば、今までの関係性から考えて何か一言あるはずだもの。
何も言わずに、心変わりなんてあるはずがない。
この世界の魔法にはなさそうだが……前世の記憶を頼りにすると『魅了』の様な魔法があるのかもしれない。これは属性から考えて、精神に作用するので闇魔法にあたるのではないかしら。
リチャードとお兄様に相談してみよう。
お読み頂きありがとうございます。
次回ヒロイン(?)出てきます。
やっとです。
このお話も後少しです。皆様お付き合い頂けるととても喜びます。…主に私が。