リリアーナ秘密 1
トントントン。
早すぎる時間のため小さくノックしてから、そっと扉を開く。もし寝ている様ならば、部屋に戻るつもりだった。
「お兄様……」
「こんな朝早く、レディーのお部屋に来てごめんね。
大丈夫かい? 眠れた? 」
リリィは困った様に微笑んだ。
「眠れないよね。
実は私もだ」
二人で顔を合わせて小さく笑い合う。リリィはいつから目覚めていたのか、室内用の簡素な……しかし品のいい白いワンピースのドレスを着ていた。
困った様に眉を寄せて、小首をかしげていた。
「クリスの魔法で精霊に会う事が出来るの。
さっきまで、彼女の可愛い姿に慰められていたわ」
「そうか……良かった。
クリスの魔法はすごいね。
それは……例の手紙の魔法?
私がクリスから貰っているのとは違うんだね」
「お兄様のは違うの? 」
「ああ。見た目は封蝋だし、普段は普通に封蝋として使っているんだ。柄の部分にクリスタルの飾りが施されている、豪華な封蝋にしか見えないよ」
「実用的なのね」
クスクスと笑う。
「リリィのは可愛いんだね。小鳥か」
「精霊はもっと可愛いわ!
私の魔力をクリスタルに流すと少しの間だけ、姿が見えるのよ。
お兄様も見える? 」
「いや、試した事ないな……今日クリスに聞いてみようか。
……リリィ、話したくなかったら、いつでも私に言うんだよ。
私はリリィに無理をして欲しくないし、無理に秘密を暴きたいとは思わない」
リリィは真剣な顔でこちらを見ている。そして、その瞳に強い意思をこめて見つめかえしてきた。
「お兄様ありがとう。
不安がないといったら嘘になるけれど……
もう決めたから大丈夫よ」
「そう。じゃあ、二人で庭ピクニックの準備をしようか。
私達三人でお昼に会うんだから、ピクニックにしなきゃね」
私はウィンクひとつして、準備は任せて! と部屋を出る。少しでも妹が話しやすくしてあげたい。
そのために出来る事をしようと、厨房へ急いだ。
今日は二学年は必須科目もないので、クリスは午前中に来るだろうと思っていた。朝食に合わせて早馬で手紙が届いて、返信したらすぐに来た……。
さすがに父はもう登城していたから、私が代表してクリスを迎える。……クリスと目が合う。『君も眠れなかった様だね』お互いに目で会話して軽く定型の挨拶を済ませ、庭へ案内する。
「ではクリストファー殿下、よろしければ庭へどうぞ。
リリアーナの体調も良い様ですので、そちらに向かわせましょう」
「ああ」
このタウンハウスの庭園は、領地の庭園の様に広くはないけれど、領地に咲く花や木々を植えたり王都の流行りも取り入れたりしていて、とても素晴らしい庭園になっていた。
庭師は妹が喜ぶものだから張り切って手入れをしているのだ。
「流石に向こうみたいに、シートには座れないからね」
そういって四阿に案内する。ここは妹が食事したり、お昼寝したりするためしっかりとした造りになっていて、四阿というより庭にある別棟の様に作られていた。
開放感があるので私達は四阿としているが、普通に生活出来そうな部屋に出来上がっている。庭へ続くバルコニーの代わりに屋根のないテラス席や近くの木にはブランコまでつけていた。
「ここにもブランコがあるんだな」
「ああ。リリィのお気に入りだからね。こっちにも作ったんだ。
……? クリスはブランコを見たことがあったっけ? 」
「いや。たまに精霊がブランコに乗るリリィを見せてくれたからね」
クリス……それは、なかなか犯罪ギリギリだよと思ったら、顔に出てしまっていたのか……クリスが慌てて言う。
「……違う。私に悲しい事があったり、つらい時に精霊が慰めようとして見せてくれたんだよ。精霊の好意さ」
……そういう事にしておこう。
しばらくすると、マーサによって支度された妹が部屋から降りてきた。薄い桃色のドレスは可愛らしくみえるが……きっと顔色の良くない妹の為に、マーサが選んだのだろう。動きに合わせて揺れるドレスは、妹をいつも以上に妖精の様に見せている。
「クリス様、御見舞いありがとうございます」
にこりと微笑んで美しいカーテシーをみせる。ひととおりの定型の挨拶をして、四阿の中のテーブルセットに着席した。
人払いを済ませ、私達三人になるとクリスが防音の結界をかけた。
一気に緊張感が増す。
妹はひとつ大きく深呼吸をしてから話し出した。
「私には、私以外のもう一人の人生を生きた記憶があるの。
その子はこの世界とは全く違う世界で生まれて、そして十六歳で病で亡くなった女の子。
この世界とは違い魔法や精霊はいない世界で、科学や医療がとても発達した世界だった。
でもその世界で彼女の病は治す事は出来ず、こちらで言う治療院の様な施設で、生まれてからの十六年間をずっと病と戦いながら生活していたの。
そこで彼女は思うの。
学園に行きたい。
旅行に行ってみたい。
ごはんをたくさん食べてみたい。
外に遊びに行ってみたい。
お友達が欲しい。
ピクニックをしてみたい。
……恋をしてみたい。と。
彼女が私なのか、私が彼女なのか……分からないけれど……。
向こうの世界では『輪廻転生』といって、死んだ魂がまた戻ってきて、生まれ変わるという考え方があるの。
それには前の人生を『前世』今の人生を『今世』と呼んでいて、さらに次は『来世』という感じなの。
これは本当にあるのか、無いのか向こうの世界でも分かっていなかったわ。宗教によっても考え方が違う様だったけれど、私の知る彼女はそれを信じていたわ。
死ぬ間際は、彼女の家族や周りの人達への感謝の気持ちをもって静かに亡くなったけれど……、私は知っているの。
彼女が小さく、本当に小さく『来世は普通に生きたい』と願った事を。
彼女の事を思い出したのは、魔力暴発の時。
それからは、彼女が出来なかった事を積極的にやったわ。ピクニックやブランコもそうなの。
彼女は外でごはんを食べる事もなかったし、そもそもあまり食べられなかったから……私自身も、そのひとつひとつをとても楽しく幸せに感じていたわ」
妹の話す不思議な話は……理解は出来たが、余りにも突拍子もなく、ただただ聞いて理解するのに精一杯だった。
違う世界の、違う人生の記憶を持つ。そういう事だ。
妹は静かに顔を伏せて続ける。
その内容は確かに、信じて貰えない可能性が高く、妹が話したがらなかった理由もよくわかる。
どうやら向こうの世界は、文化もとても発達しているとのことだ。
映像をそのまま色鮮やかに切り取る機械。どんなに離れていてもいつでも話せる機械。本だけでなく映画といった動く物語、大小の箱から流れる映像や音楽。
想像すら出来ないが……この世界にはない、様々な文化があるらしい。
問題はその中の『ゲーム』との事だ。
物語を、プレイヤーと呼ばれるゲームをやる人が動かす物語らしい。
冒険をしたり囚われの姫を助けに行く等の、たくさんの種類のゲームがあって、その中に『好きな異性と結ばれる』ゲームがあるそうだ。
そのゲームのひとつに、今と全く同じ状況があるという。
共通点は、攻略対象の三人の王子の名前も見た目も性格も、概ねゲーム通りだという事。
さらに残りの攻略対象も地位も見た目も名前も同じだそうだ。
攻略する時にライバルとして出てくるのが、婚約者のアリシア、リリィ、シルビアという事まで一緒らしい。
「そして、その物語のヒロインと攻略対象はライバル令嬢を断罪して、婚約破棄。二人が結婚して物語は終わるの。
平民として育ったヒロインは私達が入学した年の夏に、本当の父親である男爵に迎えられ、貴族令嬢として学園に途中入学してくるの。
髪はピンクで、赤の一族ですが……白が混ざる、不思議な能力を持っているそうよ。ゲームでは、聖女と言われていたけれど……特別な聖女の力はゲームには出てこなかったわ。
聖なる乙女という扱いかもしれないわ」
「……何故、婚約破棄なんて…………」
「……私にもよく分からないの……
恋の障害なのかしら……?
でも、攻略対象は全員ヒロインに恋をして婚約破棄するの。
……私は、それが現実になるのが……怖いの。
ゲームの通りに絶対なるなんて思ってないわ。
だけど余りにも共通点が多すぎて、否定が出来ないのと……
私は、彼女の人生を無かった事には出来ない」
それまで、一言も発する事の無かったクリスは……静かに怒っているようだった。
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