ヒロインが現れた
たたかう どうぐ
じゅもん そうび
→ぼうぎょ にげる
私は思わず現実逃避してしまった。
ゲーム違いなんだろうけれど、こんな映像を思い浮かべて立ち尽くした。
でも、ヒロインが現れるかもしれないと思っていたのに、本当に目の前に現れたら、こんなに取り乱してしまっていた。
と言っても……守衛さんにヒロインらしき人は連れて行かれてしまったから、見かけただけなのだけれど……
これからどうなるのかしら……不安でいっぱいになってしまう。どうしよう。誰を選んでしまうのかしら……
目の前が暗く感じる。だんだん手足の感覚がなくなって来てしまった。
「……今のは……なんだったのかしら」
「本当ね。淑女としてありえませんわ。
……ねぇ? リリアーナ? 」
「っっ! リリアーナ! ちょっと!
あなた真っ青じゃない! 」
「リリアーナ……っっ! ……リリ…………」
私はそのまま意識を失ってしまった様だった。気がつくとクリスの個室のベッドに横になっていた。お兄様とクリスがソファーで話し合っている。
私達、婚約者候補の個室には鏡台やクローゼット、ソファーやテーブルといった家具はあったが、ベッドまでは無いのでクリス達、王子の個室に連れて来られたのだろう。
さすがに私達を保健室に寝かせておく事は、警護面や人目もあるので出来ないのだろう。
「リリィ気がついた? 」
お兄様がこちらに来て手を握ってくれる。
「私……」
「大丈夫か? 急に倒れたと聞いたが……
何かあったのか? 」
クリスも心配そうにこちらに来てくれる。
どうしよう。ヒロインが現れたと言う事は、彼女の気持ち次第で今後が変わってしまうかもしれない……
クリスは特に攻略対象だ。
ゲームの強制力というものがあるかもしれない。クリスに冷たくされたり、婚約破棄されたりするなんて悲し過ぎる。……想像しただけで、涙が溢れそうだ。
「「リリィ! 」」
涙は勝手に溢れてしまう。お兄様もクリスにもこんなに心配をかけてしまっている。
……かもしれない。
かもしれないけれど、私は……私だったら?
婚約者に何もかも全てを話す必要は無いとは思う。でも、お互いに相手を信頼する必要はあると思う。大きな秘密を持つ場合……関係なければ、わざわざ言わなくてもいいのかなと思うけれど……これは関係無いとは言えない。
私はこんな話をして、頭のおかしい者だと、頭がおかしくなったのではないかと、思われたくなかった。
だって……突然そんな話を聞いたら、そう思われても仕方ないもの。いえ……そう思う事も理解出来るもの……。
どうしていいのか分からず、涙も止まらない。
お兄様はゲームに全く関係ないから、お兄様に相談するのはどうだろう。
……でも、お兄様は知っていてクリスには話さないのは……
逆の立場ならば辛い。
どうして私に話してくれないのかと思うだろう。秘密を言って貰えない、価値がないと思うだろうか……
もう……『だろう』『かもしれない』ばかりで嫌になってしまう。涙も止まってはくれない。気持ちがぐちゃぐちゃになって、整理出来ない……苦しい……。
二人はただ静かに、私が落ち着くのを待ってくれていた。
どれくらい経ったのだろうか……私は二人に『話す決意』だけ伝える事にした。
「私には、誰にも話せない秘密があったの。」
お兄様もクリスも息を呑んだのが分かった。私にそんな秘密があった事に気づいていなかったからだろう。
「……正直に言うと、まだ本当は話したくないの。
二人にその話をして『頭がおかしい』とか『気持ちが悪い』とか思われたくないって言う、そんな私の弱さから話せなかったの」
小さくごめんなさいと頭を下げる。
「今日はまだ私自身も混乱していて、うまく話せないと思うから……
ちゃんと時間をとって聞いて欲しいの」
「リリィ……君の悩みに気づいてあげられなくて、ごめん」
クリスは悲しそうな辛そうな顔で顔を伏せる。お兄様も悲しそうな顔をしてギュッと握る手に力をこめていた。
「違うのよ。悩み……という感じではないの。
特殊というか……まさか私も本当に起こるか分からなかったし……」
二人を悲しませたくは無いのだ。嫌われたり嫌がられても、もう引くことは出来ない。
「きちんと気持ちを整えるわ。
だから、なるべく早めに時間を作って貰いたいの」
「もちろんだ。
リリィが大丈夫なら明日にでも。
今日はこのまま帰って、明日は二人も休むといい。
私が明日、公爵家に御見舞いに行こう。
……それでいいか? 」
「ええ。クリスありがとう。
……それと、クリスは編入生がいる事を知ってる? 」
「……? ああ、確か男爵家のご令嬢だろう?
赤の一族に混じりものが入った珍しいご令嬢らしい、くらいは知ってるけれど……どうして? 」
「また明日話すつもりだけど……さらっとでいいのでその方の事を調べて来てくれる? 」
「ああ、わかった」
クリスは真剣な顔で頷いてくれた。それだけで少し安心する。お兄様はまだ心配そうに話しかけてきた。
「リリィ? 大丈夫? 嫌なら話さなくていいんだよ」
「いいえ、お兄様。二人の事を信頼してるし、何よりこれから起きるかもしれない事だから……聞いて欲しいの」
お兄様は、ため息をひとつついて『リリィがいいなら……』と笑った。
――――― ――――― ―――――
さすがに昨日の今日は、早すぎるんじゃないかと思ったが……クリスの気持ちも分からなくない。妹が話したくない程の『リリィの秘密』だ。
一晩でも気が気じゃないだろう。
もちろん私も寝耳に水だった。妹がそんな秘密を抱えていたなんて、思ってもみなかった。
真っ青になって倒れている妹をみて、あの魔力暴発を思い出した。……また妹を失うかもしれないという恐怖を感じ、一瞬動けなくなった。
そうだ、リリィの秘密が何であれ、例えクリスが受け入れられなくても、私だけは妹の理解者であろう。
妹を失うなんて考えたくもない。
本当は話したくないと言う、その秘密は私達に嫌われたくないが為の秘密だった訳だ。
それならば、受け入れるしかない。受け入れない選択肢は私には無いよ。
『頭がおかしい』とか『気持ちが悪い』とか思うはずがない。
それこそ、違う意味で妹を失うだろう。
ただ……どんな話が出てくるのか想像もつかない。
夜もなかなか寝付けずに、朝早くから庭を眺めていた。まだ外は薄暗く、日差しが弱いため夏の朝の爽やかな空気が立ち込めていた。暑さは感じない。その爽やかさが、私の気持ちとは正反対で居心地が悪い。いたたまれずに部屋に戻る。
悩んでいてもしょうがない。
私は気持ちを切り替えて、同じような気持ちでいるであろう妹の部屋に行く事にした。
お読み頂きありがとうございます。
なんと総合評価も5000pt超えて、ブックマークも2000近くまで…
皆様、本当にたくさんのブックマークや評価、応援をくださりありがとうございます。
感謝でいっぱいです!
そんなありがたい気持ちでいっぱいの回に冒頭…楽しんで書いてごめんなさい。
ちょっとリリィの悩みが重たい回だったので、少しでも明るくしたくて…