前世の記憶が目覚める時
チリーン
遠くで風鈴の音がする。
風が吹いている……
夜の匂いを運んでくる冷たい風が、私の頬を掠め通り過ぎていく。
風が当たるのはなぜだろう。
病院の窓を夜間に開ける人がいるのだろうか……?
身体が熱くて堪らない。
しかし、いつもとは違う身体の辛さにふと違和感を覚えた。
いつも通りに右腕を上げようとしても腕が上がらない。不思議に思って腕の方を見る……私の右手の上には、燭台の光を受けて銀色にキラキラと揺れる美しい髪の毛の男の子が見えた。
七歳くらいだろうか……泣きはらしたであろう目元は赤く腫れていた。そんな涙で濡れた顔に、サラサラストレートの髪がかかっていて邪魔そうだ。肩の辺りで切り揃えられた美しい銀の髪だった。顔にかかる髪を直してあげたいが、私の右手は彼によってがっちり掴まれていた。
そうだわ。……お兄様だわ。
今日の衝撃的な出来事と、思い出した前世に記憶が引っ張られてしまっていた様だ。
二つの記憶が溶け合って……自然と理解した。だってどちらも私だもの。
この人はお兄様だ。
一つ年上の過保護な兄だった。
その日は残暑の日差しが残る蒸し暑い日だった。朝から教会に母とお兄様と、五つ年下の妹と慰問に出かけたのだ。
予定していた教会の慰問を終えたが、司祭から気になる話を聞き、もう一件、他の教会に急遽寄る事になった。
その教会に着いて建物の中に入った直後、妙な違和感を感じた。ホールから生活棟のある扉を出てそちらに向かった時だ、教会の子供達を誘拐しようとする場に遭遇してしまった。
運良く私達が訪問したため、私達公爵家の護衛や我が家の護衛兼侍女達が応戦し事なきを得る……筈だった。
狙いは孤児とはいえ、ここは「銀の一族」の領地だ。その力を狙う誘拐犯達の数は少なくなかった。護衛と誘拐犯達との間に圧倒的な力の差はあれど、中には手練れが数名いる様だった。
最後の悪あがきとばかりに暴れた誘拐犯の一人が、滅茶苦茶な魔法を辺りに手当たり次第投げつけた。
魔法に驚いた馬が嘶き暴れまわる。
目の前の惨劇、砂ぼこりと血の匂いに身体が固まってしまう。
戦闘が続く混乱の中、建物の端に母とまだ一歳の妹がいた。私とお兄様はお母様達と少し離れた場所にいたため、まだ幼いお兄様が必死に私を庇い、近くの木の影で抱き締めてくれていた。
母が妹を抱き抱え、護衛が暴れる馬に対応した瞬間だった。母と抱き締められている妹に、炎の魔法を纏った矢が向かっていくのが見えた。
まるでスローモーションの様だった。
矢が母の身体に刺さり炎をあげる。魔法の炎の勢いは強く止まらない。あっという間に母と妹が炎に包まれる。
「……あっ……あぁ……ああー」
言葉にならない音が漏れる。
果たして、私のものか、お兄様のものか。
その時、私は感情と共に魔力の暴発を起こしてしまったのだ。
爆音と銀の光に辺り一面包まれる。
銀の魔力は回復魔法特化だ。
お兄様の腕の中から、母と妹の姿を目の端にとらえ確認出来た所で、意識を手放した。
その後の事は覚えていない。
あの時、視界の端に火傷ひとつなく、髪の毛一本燃えた形跡の見えない母と妹をとらえた。多分、無事だろう。
ほぅっと息が漏れた。
このがっちりと掴まれた手は、お兄様に心配をかけてしまった表れだろう。魔力の暴発と魔力切れを起こして生死をさまよう事は、高位貴族の子供では良く聞く話だ。
基本的な魔力量が生まれつき多く、かつ強かった私もお兄様も、暴発を起こさない為の制御装置を着けている。
それを壊す程の暴発を起こしてしまったのだ。
あの後どうなってしまったのか……想像する事すら恐ろしい。
チリーン
遠くで風鈴の音がする。
でも、これは風鈴じゃない。
私は倒れていた間、懐かしい夢をみていた。
いつも遊びに来てくださる方も、はじめましての方もお読み頂きありがとうございました。
ヒーロー登場させてから、こちらの場面に行こうと試みましたが…流れが悪くなるので、やめました…無念。
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